第百三十話 ヨコシマな装備のお話
『グロリアス』メンバーとの遭遇もあった一日を終え、俺は『花鳥風月』のギルドホームへと帰還。時刻は二十三時を回ったくらいか。中に入ると、フレイ以外のメンバーが揃っていた。
中学生組は丁度ログアウトする所だったようで、軽く挨拶だけして二階へと上がっていった。
「しかし、クノ……。フレイって、本当にタイミング悪いわよね」
「ん、フレイがどうかしたのか?」
残ったのは、俺、エリザ、カリン。
最近、この三人だけで話すことが多い気がする。いつメンというやつだろうか。いやまあ、俺がギルドホームに帰って来る時間帯的に仕方ないことなんだろうけど。
「ついさっきまで、三十分くらいログインしてたんだよ。勉強の息抜きとか言っていたかな」
「へぇ。それはまた……確かにタイミングが悪いかもな」
「もうそういう星の元に生まれているんじゃないかと、本気で疑うよあの子は……」
苦笑気味に言うカリン。たしかにあいつは、いろいろとタイミングが悪いな。……しかし、勉強の息抜きね。
そういえば、カリンも高校生だったはずだ。テストとか、どうなんだろう?
気になったので尋ねてみる。それに対する答えはこうだ。
「テスト? あるけど。私はクノ君と同じ側の人間だよ」
「なるほど」
カリンも普段から勉強をやっている派のようだ。
……俺と同じかそれ以上にゲームにかまけている所からすると、授業で十分な方かな。
と。そんなことを考えていると、少し得意げだったカリンの顔が、何かに気付いたようにみるみる内にしょんぼりとなっていき……
「……ああいや、それは語弊があるか……。すまないね、私なんかと君を同列にしてしまうなんて……」
「なんかこの間から卑屈すぎない?」
「立場をわきまえたんだよ」
ギルマスがなに言ってんですか。
「まぁ、カリンの気持ちも分からないでもないわね……
ところでクノ、装備が仕上がっているのだけれど。受け取ってくれるかしら?」
エリザが流れるように紅茶を用意し、俺の前に置くと同時に提案してきた。
即座にカリンに対する微妙な気持ちを切り替え、エリザの方を向く。
「勿論! 今度はどんなのになったか、楽しみだな」
「……私達の装備も、相当えげつないものになっていたんだけどね。それがクノ君用ともなると、どこまでぶっ飛んでいることやら」
カリンが着物の袖をひっぱりながら言う。俺以外のメンバーも、全員『ヘル』モード素材で装備を一新したんだよな。見た所特に変わっては……いや、若干カラーリングに黒が増えているか?
「私も少し、驚いたのよね。『ヘル』モード素材で作った装備は、全部特殊効果が付くんだもの」
「この装備があれば、『グロリアス』のメインパーティーともやり合えるかもしれないね」
装備が無くても、やり合えるとは思うけどな。メンバーに俺が加われば人数的にも同じになるし、今度親善試合的なものでも申し込んでみるか?
というような話を、今日の決闘のことも踏まえながら話すとカリンは凄い勢いで首を振った。
彼女が訴えるには、『グロリアス』の皆さんが可哀そう、だそうだ。
「クノ君は本当にもう……。
ていうかそれ、君一人で『グロリアス』壊滅させられるから。むしろ私達がいらないから。五人に一人追加するんじゃなくて、一人に五人がぶら下がっちゃうから」
まくしたててくるカリン。むう、そうか……
しかし、どうだろうな。俺一人であのパーティーに太刀打ちできるかと言えば……ヤタガラスだけ速攻で始末すれば、なんとかなるだろうか。あいつは待っててもパターンに嵌ってこないから厄介なんだよ。
と。そんなことを話しているより、今はエリザの防具だな。
その彼女に促されて、俺達はカウンターではなく丸テーブルに移動する。大き目のテーブルの上に、エリザが装備を並べた。
「まず防具の方だけれど……デザインは変えずに、能力だけ上がった形ね。特殊能力はいろいろと吟味してみたわ」
そう言って微笑む彼女が指さすのは、もうすっかり慣れた魔王ルック。
俺が今着ているものとほとんど同じだな。相変わらず豪奢である……というか、あれ。なんか金具とか鎖とか増えてる……?
「もうちょっと大人しめというか、自己主張の少ない感じでも問題無かったんだけどな。
まぁ、エリザが作ってくれたものなら、何でも最高なのには変わらないけど」
エリザが俺のためを思って用意してくれたと思うと本当にもう……胸が熱くなるな。
「……あう」
「の、のろけるねークノ君も」
「ん? 常識だろ。ほら、紅茶とかご飯とかでもそうだけどさ」
「…………うう」
「まぁ……うん。そうだね。君は天然で言ってるのかどうか、判断がつかないのが厄介だよ」
赤くなって俯くエリザ。カリンはというと、何故か少し引き気味だ。
しかしこのゴスロリ娘さんは、いつになったら褒められ耐性がつくんだろう。なんか別のところには凄い勢いで耐性がついてるっていうのに。その点に関しては俺はちょっと寂しいぞ。
……まぁ赤くなるエリザは可愛いから、別にいいか。俺の表情が鉄面皮で無ければ、ニヤニヤと顔が緩むのを抑えきれなかったこと請け合いだな。
「えと……んっ、んん! あ、ありがとう、クノ。
……それでその、防具なのだけれど。性能を見て貰えるかしら。貴方の反応次第では、少し作り変える必要があると思うから……」
咳払いで誤魔化しを一つ。エリザはぶんぶんと腕をふると、俺に防具のステータスを見るように促してくる。作り変えるってのはまた……そんな必要ないだろうに。
魔王服をインベントリに入れると、詳細なステータスをウインドウに表示する。カリンもひょい、とのぞきこんできたそこには……
『《邪具》黒百合・魔式』(inner,tops,bottoms,shoes,others)Str+264(五種合計)
特殊効果(五種合計):
最大MP上昇+40%
自身の攻撃威力上昇+10%
与ダメージ1.01倍
最大HP減少-60%
被ダメージ1.5倍
防具の損耗値を2倍にする
防具装備時、状態異常〈衰弱Ⅲ〉を常時付与
「ねぇ……私の見間違いかな。《邪具》ってついている気がするんだけど」
「そうね。それはさておき、どうかしらクノ。性能面ではなかなか優秀だと思うのだけれど」
「いや待って。さておかないで」
「〈衰弱〉って確か、被ダメージ増加と、状態異常への抵抗性低下だったか? 動きに支障が出ないなら、全く問題ないな」
「待って!! おかしいよね!? 《邪具》だよ? 防具一式全部《邪具》だよ!? 問題しかないんじゃないかな!?」
「「カリン、うるさい」」
「なんでっ!?」
エリザの慣れを、カリンに移せないものなのか。
別に全身《邪具》になるくらい、普通だろうに。正直『ヘル』モードの素材を見た瞬間、『あ、これ呪具くらいなら作れるな』という予感はあったし。それがエリザの匠の技によってワンランク上のものになっただけだ。
俺とエリザが叱りつけると、『理不尽だ』というような顔をして、椅子にどかっと座ってしまうカリン。
「決め手は『千怨神樹』の素材ね。あれを使うと、《邪具》が作り出せるみたいなの。あと、実は最近【解呪師】が【カースマスター】に上位変化したから、それの影響かもしれないわ」
〝呪いの黒姫〟なんていう称号も付いてきたわね……などとぽつりと漏らすエリザ。
なにそれ素敵。まるでおとぎ話にでてきそうだ。エリザならお姫様役にぴったりだな。
「なるほど、流石はエリザだな。……『others』だけ性能が低いみたいだけど、これは?」
黒い手袋の部分なのだが、付いているのはStr+40と与ダメージ1.01倍、そして最大HP減少-40%と被ダメージ1.25倍のみだ。
「元々そこは性能が低いのだけれどね。どうせ『茨の黒手』もあるからということで、外しても良いような効果を入れておいたわ」
「なるほど。確かに妙にデメリットが偏ってるな……」
「……まあ、本人達がいいのならいいんだけどさ……」
カリンの呻くような声に「いいんです」と返して、俺はその場で『黒百合・魔式』シリーズを着る。光の粒子が飛び散り、一瞬で着替え完了だ。
……そういえば、MP上昇効果のついた装備はこれが初めてだな。
ステータスを見てみると最大MPは5863となっていた。
『偽腕』が十九本出せる! そして【多従の偽腕】で更にその倍だから、最高三十八本!
自前の腕と合わせて、四十本同時に剣が操れるよやったねまた追加で頼まないといけないのかよおい。
……いや、嬉しい事ではあるんだけど。
と。ウインドウを見て少し思案していると、こちらをじっと見るエリザの視線に気付く。
「うん……うん。良い感じね」
「外見はほぼ変わってないと思うんだがな。まあ、良い感じと言うのは否定はしない。むしろ積極的に肯定しよう」
その場で少し身体を動かしてみると、エリザからお褒めの言葉を頂いた。ありがたき幸せ。
細々とした装飾品のせいで少し重いかとも思ったが、そんなことも無かった。
「変わって無くても、新しい防具なのだし。万一おかしな所があったら困るでしょう?」
……それで、あとはこの剣ね」
テーブルの上に残るのは、一本の剣。
柄から剣先までが漆黒で統一された、どこか気品漂う長剣。
鞘は無く、グリップやガード部分には絡み合う植物を模した精緻な細工が施されている。蓮の花を模したシンボルが控えめな主張をしており、美術品としても十分に価値を見いだせる逸品である。
「いつみても、本当にエリザのデザインは素晴らしいな」
「うん、それには私も同感だよ。私の『セレスティアル』やフレイの『白銀蜻蛉』なんかもそうだけど、なんていうか、洗練されていて優雅だよね。武器とは思えないくらいだ」
「ふふふ、有難う」
頬に手を当て、微笑むエリザ。……むう、赤面をしないところに少しがっかりしてしまった俺はもう、どうしたらいいんだろうね。
多少の自己嫌悪に陥りながら、ウインドウにステータスを呼び出す。カリンに覗きこまれるのを見越して、テーブルの上にウインドウを大きく広げる形だ。
当の彼女は、目をつぶって、恐る恐るといった様子で薄目にしていたが。目がつぶれるわけでもなかろうに。
『《邪具》黒蓮・魔式 No.030』Str+371
特殊効果:
武器Strに、自身の基礎Strの25%を加える
武器の損耗値を1/2にする
装備者の防具のVit減少-80%
武器装備者に状態異常〈麻痺Ⅴ〉を常時付与
武器装備者に状態異常〈呪いⅣ〉を常時付与
武器装備者に状態異常〈石化Ⅳ〉を常時付与
武器装備者に状態異常〈出血Ⅴ〉を常時付与
武器装備者に状態異常〈眩暈Ⅴ〉を常時付与
「目がぁぁああ!! 目がぁああああああ!!」
のけぞるカリン。
彼女をおかしくしたのは、《邪具》という部分か、No.030という部分か、やたら状態異常が並ぶ特殊効果の内容か。
まあ、全部かな。
「これは凄いな……」
「『千怨神樹』の素材は、極限までランクを落として数を確保したの。これによって、《邪具》の量産が可能になったから、三十本の剣を全て《邪具》にしてみたわ! しかも先を見越して更にあと三十本分は有るし、大量の『ヘル』モード木材を固めれば、『千怨神樹』素材と同じように《邪具》が作れることも実験済みよ! もちろん、『エクスカリバー』のインゴットもストックがあるわ!」
「『エクスカリバー』のインゴットってなんだい!? 他のプレイヤーが聞いたら卒倒するよ!?」
わあ、もうエリザさんたら目がキラキラしてる。
まさか、三十本もの剣を全て《邪具》でこしらえてくるとは……期待以上の仕事っぷりに、流石の俺も驚きを禁じ得ないよ。しかも、追加分のことまで視野入れて入れている。劇的ビ○ォーアフターの匠もびっくりだ。とりあえず、あと十本は追加で頼むことは確定してるけど。
「それに貴方、武器は"装備しない"んでしょう? だったら状態異常系のデメリットは関係ないから、そこは完全に無視してメリットの方を選ばせてもらったわ」
「ほう」
ここに書かれている状態異常は、どれも常時付与だとすれば俺も尻ごみするようなものばかりだ。というか、ラインナップだけなら完全に俺を殺しにきている。
〈麻痺〉と〈石化〉と〈眩暈〉は行動制限……というかここまで来ると行動封殺だし。〈呪い〉はMP減少、〈出血〉はHP減少だ。
そんな凶悪な状態異常達の効果を、"装備してない"が故に無効化できる俺には、この剣は確かにぴったりだろう。
ちなみに装備者の防具のVit減少-80%とあるが、これは真にどうでもいい効果だ。
ステータスを割合で減少、増加させるスキルや特殊効果は、対象ステータスが0未満の時には効果が発揮されないということが検証の結果明らかになっているからな。
たとえ茨の黒手を装備したとしても、そのvitが増えるということはないのだ。
考えられたデメリット付与の仕方……
エリザの思いやりが伝わってきて嬉しいな!
「いやクノ君……これ、思いやりというか……怖い、怖いよ……」
死に体のカリンが、ガタガタと震えながら途切れ途切れに声を発する。おっと、言葉に出していたか。
エリザを見ると、うふふ、と微笑んでいるがその目はここにあらずといった所だ。
無理もない、こんな素晴らしいものを披露しているんだしな。特にこの"武器Strに、自身の基礎Strの25%を加える"と言う効果は、破格といっていいだろう。俺の極振りStrとのシナジーは最高だ。
「ああ。そういえば元の『エクスカリバー』にも、似たような効果があったような気もしないでもないが……まぁあんなしょっぱい物とエリザの剣では比べ物にもならないな」
「喜んでもらえて何よりだわ」
「なんだろう。いま、『護光の勇者』が聞いたら耳から血を噴いて崩れ落ちるような言葉を聞いた気がする」
それから俺は残りの二十九本の『黒蓮・魔式』もエリザから受け取り、代わりに追加で『黒蓮・魔式』を十本追加注文。快く引き受けてくれたエリザに、大満足でログアウトした。
ちなみに三十本の『黒蓮・魔式』(付与される状態異常に若干のバリエーションがあった以外は、効果は統一されていた)を一本一本チェックして、そのたびに『ぐはっ』などと言っていたカリンが印象的だった。
ダメージ受けるなら見なきゃいいのに、と言うと『怖いもの見たさという言葉があってね……ふふふ……』だそうだ。まあ、であれば何も言うまい。
『魔剣ダーインスレイヴ』とかそれっぽい名前にしようかとも思ったのだけれど、そのうち名前被りが発生しそうだからやめたわ byエリザ
割合でステータスを減少させるスキルは、対象ステータスが0未満の時には効果が発揮されない、という旨を本文に追加。