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第百二十九話 リベンジのお話

 2月8日、火曜日。


 そういえば昨日、玲花はログインしてこなかったなぁなんて考えながら学校に行く。

 教室に入っていつも通り駆けよって来た彼女に質問をすると、こんな答えが返ってきた。


「……ふぇ? だって、もう期末テストまで一週間ないじゃないですか。流石に遊んでばかりもいられませんよぉ。九乃さんはどうですか?」


 期末テスト。

 学生の身である以上、避けられないものだな。ここで成績が奮わないと、残念ながら留年なんてことになってしまう人もいるらしい。……留年。まぁ、俺もしてるんだけどさ。

 しかし今回に限っては全く問題ない。なぜなら、


「俺はもう、全教科0点でも進級できるからなぁ。この一年、全てのテストを受け続けた俺に死角は無いんだよ。ってか、一回やった範囲だし。テスト勉強も必要ない」


 俺の場合、テスト勉強なんてものはしたことがないんだが。基本的に授業で全て覚えてしまえるしな。

 こともなげに言うと、玲花がむぅっと頬を膨らませる。


「九乃さんは本当にもう……なんていうか、ズルいです!」

「なんでだよ」

「私が一生懸命勉強してるって言うのに! むー!」

「玲花が一生懸命勉強してる間、俺は一生懸命ゲームしてるぞ?」

「そういうのがズルいって言ってんですよぉー!」


 割と本気めに拳を振りかざしてくる玲花を捌きながら、俺は思案する。定期テストは確か、2月14日から18日まで。月曜から金曜までの五日間にわけて行われる。

 期間中は早く帰れるので、その分遊べる訳だな。テスト様々である。




 ―――




 学校から帰って『IWO』にログインする。

 一階に降りるとエリザがいて、驚いた顔をされた。


「あら? クノ達の学校はもうすぐテストだとフレイに聞いたのだけど」

「そうだな」

「……あなた、テスト勉強とかしないタイプなのね」

「まあ、したことはない」

「それでいつも学年トップというのだから、恐れ入ったものよ……」


 まあ、テストなんて所詮は記憶力勝負だ。

 数学だって物理だってなんだって、問題を解いて解き方を覚えれば、恐れるに足らないのである。


 そんなことより。

 俺はテストの話題をそこで打ちきると、装備の出来についてエリザに尋ねた。


「ええと、ごめんなさい。昨日は少し買い物に行っていて、疲労のあまりログインはできなかったのよね……装備の方も、まだだわ。今日中には全て仕上げるから、もう少し待って頂戴」


 なるほど。装備に関してはエリザに一任しているので、時間が多少掛かった事で俺が文句を言うことは絶対にないのだが……しかし。買い物に行っていてというのが気になるな。

 俺の記憶に新しいのは、現実でのエリザ――近衛理沙――との出会い。あの時は、スーパーの帰りにぶっ倒れたとかいっていたが。今回は大丈夫だったのだろうか。

 心配になって尋ねると、彼女は微笑んで大丈夫だと言う。


「あなたの助言にしたがって、これでも三食ちゃんと食べているのよ。大抵お弁当だけれど、自分で料理をする頻度も増えたし、少しは体力も付いたから平気だったわ……家に帰るまでは」


 最後にぼそっと付け加えるエリザ。

 その眼は俺を捉えておらず、中空を彷徨っている。


「待て待て。帰るまでは、ってなんだ」

「その、帰ったら安堵と疲れがどっと押し寄せてきてね……筋肉疲労も相まって、数時間動けなかったわ」

「おおごとじゃねぇか!」


 あっぶな! エリザさん何やってるんですか。


「買い物くらい、素直に通販使ったらどうなんだよ」

「いえその……行けるかなって、思ったのよ。ずっと籠り切りだと、流石に身体に悪いしね」


 むん、と小さく拳を握るエリザ。その姿は凛々しいし、家にたどり着けたなら良かったんだが、最後まで気を緩めないで欲しいものだ。


「何その自信、どっから出てきたの……。あんまり、無茶しないでくれよ。心配になるだろ」

「……う」

「買い物くらい、言ってくれればいつでも付き合うのに。なんなら学校にいる間でもメールしてくれればサボれるし、買い物代行だってお手の物なのに」

「いえ、気持ちは嬉しいけれど、そこまでしてもらうのは気が引けるわよ……。

 それに、今回の買い物は貴方に付き合ってもらう訳にはいかなかったしね」


 そう言って、悪戯っぽく微笑むエリザは、俺にとって一日ぶりだ。心のなかで大きく深呼吸をしてその笑顔を受け止めると、心が穏やかになっていく。これがアロマセラピーを超えたエリザセラピー。効果は抜群、これさえあれば水と空気もいらないんじゃないかというレベル。

 どうやら俺はもう、彼女無しでは真の癒しを味わうことはできないようだった。


「俺が付き合えない買い物……あー、うん、なるほど」


 あれかな。女の子特有の必需品とかかな。

 ……そら確かに、俺が付きあったり、ましてや代行で買い物行くなんて少し恥ずかしいけれど。


「ちょっと、無表情で何を想像してるのかしら?」

「……いやちょっと…………やっぱり色は黒かなぁ…………」

「無表情で何を想像してるのかしらっ!?」


 おっと、口に出していたか。

 これは不覚。


「なんでもないよエリザ。

 さて、じゃあ装備ができてないならボスにも挑めないしなぁ。ちょっとレベル上げでもしてこよっと」


 両手を振ってエリザに答えると、訝しげな表情をしている彼女から逃げるように、俺はギルドホームを出たのだった。


 そして『グレンデン』の北フィールド。


【多従の偽腕】を展開させ、襲い来るモンスターの波を薙ぎ倒していく。

 全方位から迫るモンスター達だが、その本数を三十本近くに増やした『偽腕』の層の前には為すすべもないようだ。

 鎧袖一触。漆黒の腕の前にモンスターが立ちはだかるたびに、黒い軌跡が閃いて、彼らを白い光の粒子へと還していく。

 とりおり炎の魔法(ファイアボール的な何か)や、鋭い棘のミサイルが遠距離から飛んでくるが、それらは全て【バーストエッジ】で吹き散らす。【斬駆】を使うまでもない貧弱な攻撃手段だ。


「くっははははは!」


 こうして脳を酷使して、無心でモンスターを撃退していく時間は楽しい。努力をした分だけ自分に返ってくるし、それは経験値やお金、ドロップアイテムといった分かりやすい形を取っているのだ。俺はやはり、こういう地味に思える積み重ねが好きな人間なんだろう。

 まぁ、それ以上に戦闘自体が楽しいんだろと言われれば、否定はできない訳だが。闘技場に通っていた時なんかは、『真のバトルジャンキー』などといって、PvP専門ギルドのリーダーに敬礼貰ったこともあるし。




「――――ふぅ」


 モンスターの波が、一段落した。『誘香の腕輪』の効果がクールタイムに入ったのだろう。これから二時間は、愛鳥(?)であるレイレイの出番だ。早速インベントリから騎獣を呼び寄せようとして……


 ふと、視線が気になる。【危機把握】の端っこで、チラチラと捉えていた反応だ。

 後ろを見やると、来た時には俺以外に誰も居なかったフィールドには六人のプレイヤーがいた。……そういえば、いつからそこに居たのだろうか? 約一名を除いて、一様に口をポカンと開けている。

 そして俺が振りむいたのを確認したのか、約一名がこちらに話しかけてきた。


「九の字さんちぃーす。あいっかわらず無茶苦茶な戦い方してるよね~、見てよこれ。『グロリアス』のメインパーティーともあろう集団が、大口開けてポカーンですよ。まじうけるんですけ、どォ!?」


 投げつけられたナイフにビビって後ろに倒れ込む、白黒の髪のむかつく口調をした青年。

 まぁ、お察しの通りだとは思うが、ヤタガラスだった。


 俺は挨拶代わりにナイフを投げつけた相手に近づくと、その傍らでようやく動き出した『グロリアス』のメンバーに手を振った。


「どうも。何だ、見学会か? 俺はモンスターを特殊ポップさせてるから、オルトスさん達は気にせず狩りをしててくれていいんだけど」

「……お、おお。いや、なんかお前さんの戦い方が、凄かったからよ。

 動画でも見たんだが、やっぱ生で見ると違うっつーか、お前さん進化しすぎだろっつーか」


 俺の苦労はなんだったのかと、絶望感すらわくぜ。

 そんな意味の分からないことを言って、オルトスさんは額を抑えた。


「だから言ったではありませんか。甘いですわと」

「おうおう。砂糖の砂糖漬け砂糖風味~砂糖を添えて~くらい甘かったにゃー。オルトスは駄目だねー」

「うぐっ」


「それただの砂糖じゃねぇか」


 ヤタガラスの意味の分からない発言にも慣れたものだが、今回のは輪を掛けて意味が分からない。

 見た所クリスとヤタガラスの二人がオルトスさんに対して何やら勝ち誇っているようだが……


 と、その時。なにやら言い合いをしていた三人が一斉に俺の方を見る。

 そして、言った。


「九の字、このわからずやに現実を見せてあげるんだ!」

「そうですわ! 遠慮はいらないですわ!」

「お、おうよ! 臨むところだおらぁ! 

 クノ、俺と決闘だぁあああ!!」




 ―――




 飛んできた決闘申請を速攻で受けた俺は、今オルトスさんから十メートルほど離れた位置にいる。

 剣も防具もメイン装備ではないが、PvPでは些細な問題だろう。第五のボス撃破の肩慣らしとしては丁度いい。俺は高揚した気分を抑えきれなかった。


 もう一度戦ってみたいとは思っていたが、割と早くその願いはかなったようだ。


 俺の周りに現在浮遊するのは、それぞれが黒剣を持った二十六本の『偽腕』。さらに先ほどの戦闘開始を受けて赤黒い瘴気が立ち込め、客観的にみるとかなり不気味な光景となっていることだろう。

 HPは戦闘開始直後、【覚悟の凶撃】のパッシブ効果によって既に1だ。これ、良く考えたら大威力攻撃を初撃に限定されないってことなんだよな。結構利便性は上がってら。


 ……〝復讐者〟は、使うまでもないかな。どうやら今回は、防御力を馬鹿上げするアイテムは準備していないようだし。


「っし! ……こいよ、クノ。俺だってトーナメントで負けてから、ただ黙ってお前さんの背中を見てた訳じゃねぇんだ。俺はここでお前さんに勝って、それを証明してみせる!」

「威勢いいなオルトスさん」


 テンションMAXといった具合だった。自慢の大剣のぶんぶんと振りまわす彼。だがしかし、闇雲に突っ込んできたりはしない。……ナイフとか、警戒してるんだろうなぁと思う。今回はナイフに頼らなくても、手数は十分なんだけど。

 とにかくこちらから行かないと、何時までたっても状況は変わらなそうだった。という訳で、


「んじゃあ、行くぞ」


 俺はオルトスさんに向かって、一歩踏み出した!


「おう! …………おぅ、おう?」


 一歩ずつ地面を踏みしめ、ゆっくりオルトスさんに近づいていく俺。


 オルトスさんが訝しむ声が聞こえるが、許して欲しいものだ。なんせ、戦闘中にこれおさんぽ以上の速度を出そうと思ったら、ぶっ飛ばなくちゃいけないからな。

 拍子抜けしたようなオルトスさんの後ろでは、ヤタガラスが無駄にでかい声で実況解説役をやっていた。


「おおっとここでクノ選手、まるで相手に残された時間を刻むように、ゆっくりと近づいていくぅー! その足取りは絶対の自信の現れか! 闊歩する魔王の威圧感に、さしもの人類最強も気圧されているぞぉー!」

「うぜぇな」


 ヒュッ、とナイフを投げつけたが、当然決闘フィールドの端でエネルギーバリアが出現し、あえなく弾かれる。ヤタガラスはというと満面の笑みだ。ちっ。


「……クノ。こっちとしては、真面目にやって欲しいんだが」

「俺は十分、真面目にやってるよ――――ほら」


 彼我の距離が最初の半分ほどに縮まった瞬間。

 俺は周囲に展開していた『偽腕』をニ本、先行してオルトスさんに飛ばす。先ほどまでの歩行速度と比べると、なかなかの速さだ。ギョッとしたオルトスさんだが、すぐさま大剣を構え……


 ガキン、と一本の『偽腕』の攻撃を受け止めた。

 青いエフェクトがパッと散り、そのHPバーは欠片も減っていないことが確認される。


「……っしッ! いける!」


 オルトスさんは小さく頷く。


 ダメージ無効化系のスキルか。

 効果は【危機把握】で看破できた。武器でタイミング良くガードを行うと、ダメージをゼロにする、ねぇ。

 まぁとにかく、俺の一撃を防げたなら大したものだ。これなら、少しは持つだろうか。


 続く二撃、

 三撃、四撃、五撃、

 六撃、七撃、八撃、九撃――――


「い、ちょ、まっ!?」


 徐々にオルトスさんの顔からは余裕が無くなり、必死の形相となる。口から漏れるのは、意味の伝わらない切れ切れの音のみだ。


 送りこむ『偽腕』の数を更に増やしてみる。オルトスさんが死に物狂いで対応しているが、ダメージ無効化は武器でガードしないといけない。そしてオルトスさんの武器は一つしかない。


 いくらVRで反応速度が上がっているからといって……まぁ、二十六本もの『偽腕』による同時攻撃についてこれるはずもないか。


 というか、三本送りこんだ時点で一撃ヒットし、彼の残存HPはレッドゾーンギリギリにまで落ち込み。


「うわ、わ、わぁぁああああ!?」


 そこから残りの『偽腕』全て、わしゃっと送りこむと、

 瘴気による削りダメ―ジか、はたまたこちらが振るった剣が直撃したのか。


 傍から見るとよくわからないまま、"人類最強"さんは赤黒い塊に呑まれて、消えたのだった。

 ……ちなみに本当の決まり手は、瘴気でした。これはガードもダメージ無効も効かないからなぁ。わりと凶悪である。


 オルトスさんからしてみれば、何人ものプレイヤーを同時に相手にしているようなものなのだ。

 しかも間合いを取ることも難しく、『偽腕』は反撃をすり抜けてしまう。その剣筋は『腕』というパーツのみで振るわれ、『肉体』という枷を持たないがゆえに非常に読みにくいし、操っているのが一個人だから統率がとれているなんてちゃちなものですらない。さらに剣速は目にも止まらず、一撃喰らえば致命傷とくれば、こんなものだろう。


 我ながら理不尽だなぁ、とは思わないでもない。うん。

 正直、オルトスさんとここまで差が開いていたとは……なんというか、ちょっとがっかりだ。メイドさんに触発されて、少し頑張りすぎたかもしれんな。


「けッちゃくぅぅぅぅうううううう!!! クノ、うぃん!」

「うわぁ……見事に予想通りでしたの」

「……マ、マスタぁーーー!?」

「え……えげつない。見るに堪えない鬼畜の所業っすよ……」

「わー、クノ、カッコいいなー。わたしも戦いたいなー」

「ダンプのメンタルは、どうなってんすかねぇ……」


 決闘フィールドは淡い青の壁を揺らして、あっさりと消え。

 残されたのは、口々に感想を言い合う『グロリアス』メンバー達。そして、そのすぐ近くに転送され、おいおいと慟哭するオルトスさん。

 俺はというと、やっぱり『偽腕』を動かせるって、絶大な結果をもたらすものだなぁなんてしみじみと頷くのであった。


 ちなみにその後。

『グロリアス』からダンプティという名前の、茶色で短めの癖っ毛に眠そうな瞳をした少女が俺に決闘を挑んできたのだが。


 ……結果は、言うまでもないだろうか。


 強いてコメントするなら、砕け散る色とりどりの武器が綺麗でした。

 ……まあエリザの武器の方が何倍も綺麗だけど! 出来上がりが楽しみだなぁ。



テルミナの頃と比べると、随分隙あるし戦い方も雑だよね byヤタガラス

兄さんの全盛期なら勝てますの? byクリス

……あっちからハイエンドPC持ってくればね byヤタガラス

クノって何レベだったっけ…… byオルトス

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