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第百二十八話 カリンと狩りのお話

2月7日、月曜日。

今年は年の境目に大雪となったが、そんな冬の寒さも少し薄れ始めてきた、とある一日。

俺はいつも通りに『IWO』にログインすると、軽快な足取りでギルドホームの一階部分へと降り立った。


「よっすー」

「あぁ、クノ君。こんにちは」


階段から降りてすぐに俺に声をかけてきたのは、近くのテーブルに座っていたカリンだった。はろはろー、などと口走りながら、ひらひらと誘うように手を振っている。

特に急ぎでやることもなかった俺は、カリンに合わせて手を振りながら同じテーブルに席を取ることにした。


「しかし珍しいな、一人か」


俺の眼はカウンターの奥に人影を求めて彷徨っている。

しかし、そのどこにも愛らしいゴスロリさんの姿は見当たらない。


「まぁね。今日は皆、都合が悪いとかで、今ログインしているのはクノ君と私だけなのさ。本当に珍しいことに、エリザすらいないのだよ」

「ふぅん……。じゃあカリンは大変だな。一人じゃ満足に狩りはできんだろうに」

「ふふふ、そう思うかい?」


なにげなく発した言葉に、なにやら笑みを浮かべるカリン。それはまるで、悪戯を思いついた無邪気な子供のようにキラッキラと輝いていた。

そしてずい、と俺に迫ると、チッチッチと人差し指を振る。


「甘いね、クノ君! いつもパーティーで狩りをしているからといって、私を見くびってもらっちゃあ困るよ。私は『氷刃』カリン。数多のイベントで好成績を残す、泣く子も黙るベテラン『IWO』プレイヤーなのだから! もちろん、ソロでの狩りもお手のものだよ!!」


声を大きくして、大げさな身振りで俺に語るカリン。

そんな彼女に、俺は誤解していたことを詫びる言葉を掛けようとするが――


「だが、しかし!」


その前に、カリンから続く台詞が発せられた。

タイミングを失って、とりあえず黙りこむ俺。カリンはというと絶好調だ。


「そんな私であっても、ソロでの狩りは確かに負担となる」

「お手の物じゃなかったのか」

「確かに負担になるっ!」

「あ、うん。そうだな」


数瞬前の言葉をあっさりとひるがえした彼女。更にはそれをゴリ押ししてくるあたり、この面の皮の厚さもギルドマスターたる素質なのだろうか? 


「さっきのはアレだ、言葉の綾だ。決して勢いで見栄を張ったりした訳では無いのだよクノ君」

「そうだなー」


急にしおらしくなってこちらを見つめてくる彼女に、俺は生温かい姿勢を送る以外に無かった。ツリ目がちな瞳と勝気な眉がさがり、少し頬を赤くして早口になるカリンだ。レアなようで、その実最近は割と高確率で見ることのできる表情であった。

そんな彼女は、俺からとりあえずの肯定を聞くと、「よし」と一つ頷いてから再び顔を上げ、傲岸不遜にこちらを見下ろすと――


「と、言う訳で。

 クノ君、私と一緒に狩りに行こう!」


元気いっぱいに、お誘いの言葉を発したのだった。

その後、「クノ君への対抗心? ハハハ、捨て去ったさ」と清々しい表情で告げる彼女は、何故かとても生き生きしていたが、同時に物悲しさも漂わせていたという。




―――




『グレンデン』の東フィールド。その門の前に、俺達は立っている。辺りには多くのプレイヤーが居て、遠巻きにこちらを窺っている様子が見て取れた。あちこちで「魔王だ魔王だ」と声が上がり、鬱陶しいことこの上ない。

俺達がこの場所にいるのには訳がある。

適正レベルは二人とも北フィールドなのだが、人数の不利と"俺が全力を出せない"ということを鑑みて一つランクを落としたのだ。

俺は別にこの状況でも北フィールドに突っ込めるのだが、カリンから待ったがかかってしまった。


「しかしクノ君……まさか、パーティーを組んでいると効果が無くなるような称号まで取っていたとは、驚きだよ。本格的にソロを極め始めているよね……」

「これが無いだけで、Str-50%、基礎Strも150近く落ちる」


その称号とは、〝ベルセルク〟のことだ。この称号の効果は、パーティー結成時には無効化されてしまうという、いままで気にしたことすら無かったデメリットがあったのだ。


「うわぁ……。と言いつつ、まったくもって問題なさそうな辺りが凄いよね。私だったらそんな状況下ではもっと安全マージンをとるよ」

「つっても、俺の火力は今の時点でもまだオーバーキル気味だがな」

「うわぁ、うわぁ……」


これ以上ない程のジト目を受けながら、俺は誇らしげに答える。

Str極振りを舐めないで頂こう。たとえサバイバルイベントで折角上げたレベルが、不注意により一気に3レベル程下がろうが、もはや誤差といっても過言ではない範囲なのである!

……まぁ実質的にはそうだとは言え、心情的には複雑なんだがな。折角上げた火力が落ちる。これほどまでに屈辱的なことがあろうか? 〝ベルセルク〟のパーティー制限についてもしかりである。今回はカリンたってのお願いだし、不満を出さないようにはしているが。


そんなカリンはというと、ひとしきり「うわぁ」と連呼するのに飽きたのか、一つ咳払いをするとキリッと門の先、モンスターのはびこる東フィールドを見つめた。


「――よしっ。それじゃあ、行こうか!」


そんな気合い十分なカリンに、俺は一つ質問をぶつける。


「あ、ちなみになんだが。『誘香の腕輪』を使うのは――」

「却下」


速攻で却下されてしまった。

彼女は反論は許さないとばかりの強い瞳だ。


この腕輪は自分の周囲で強制的にポップさせるが、その代わりに現れたモンスターの性能を大きく強化する代物なのだ。

強化状態のモンスターがもはやデフォルトとなっている俺にとって、今回の狩りは生温いものになりそうだなぁ。



一抹の不安を抱えながら、俺はカリンと共に門の外に一歩踏み出すと、



「【多従の偽腕】」



ゾワ――


周囲の空間に禍々しい黒点を刻み、黒い靄から這い出るのは十三本もの腕、腕、腕。

光を反射しない黒々とした『偽腕』が、俺の呟く一言を合図に一瞬にして召喚された。


レベルが下がった一番の弊害は、『偽腕』を一度に出せる数が減った事だな。十四本から十三本になってしまった。追加の分も考えると、合計二本も減ったことになる。由々しき事態だな。


「ひぃっ!?」


ちら、と隣を見やると予想通りに驚くカリンの姿があった。一瞬で自らを取り囲んだ異形の腕に対して、ガタガタと震えている。『偽腕』自体は見たことあるんだし、そこまで驚くか? とも思ってしまう俺は、とっくにSAN値を削られきっている可能性がある。大変だな。

うむうむ、と鷹揚に頷く俺。一方のカリンはというと、腰が抜けたのかぺたんと座りこんでしまっていた。


周囲から聞こえるのは、悲鳴や地を踏みならす音。周囲のプレイヤーさん達は、一斉に俺達二人から逃げていってしまった。「魔王がでたぞー魔王がでたぞー」と、どこか楽しげに叫びながら駆けだすその姿に、少しイラっとする。俺は見世物じゃねぇぞこら。

先ほどの頷きから一転、チッと舌打ちをしだした俺に向かって、カリンが恐る恐るといった風に尋ねる。それは、彼女を取り囲みながらじりじりとその輪を狭めている『偽腕』に対するものだ。


「あ、あのクノ君? ……これ、動いたっけ?」

「つい最近な、動くようになった」

「な……」


あっさりと告げる俺に、絶句するカリン。

……ちょっと、悪戯心が湧いてきたな。


「とう」


彼女のぽかんと開けた口に向かって、俺は『偽腕』の速度をいきなり上げると、ずぶりと手刀を突き入れた!

そしてそれは当然のごとくカリンをすり抜け、傍から見ると咥内を貫通しているような状態になる。


「ぎゃぁぁぁああああ!?」


ばしゅっ! とアメリカザリガニもびっくりな後ずさりを披露すると、そのままどこかへ逃げだそうとするカリン。そして立ち上がる際に足をもつれさせ、ビタンと地に倒れ伏したのだった。


……ちょ、ちょっといじめ過ぎただろうか。

俺が心配になって駆け寄ると、彼女は青い顔で髪を振り乱し、瞳に涙を溜めながらこちらを見て。


「クノ君のばかーーーー!!」


手を振り上げ、ギャン泣きしながら怒りだすのだった。


その後わかったことなのだが、カリンは一人ではホラー映画……というかモンスター○インクも見れない程の怖がりだった。子供のころに遊園地の小さなお化け屋敷に挑戦して、数秒で気絶したこともあるらしい。あの泥んこシーツのお化け『マドリーデム』にすら、一瞬戦慄を覚えたんだとか……


「なんかごめん。ホントごめん……」

「ふんっ」


結局俺はその日『偽腕』を封印し、一日中カリンへの接待プレイへと徹するのであった。




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