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第百二十七話 酔っ払いのお話

「――――ふぅ」


 2月6日、日曜日。時刻は午後11時頃。


 俺は北フィールドでの【危機把握】の検証と、その使い勝手に慣れるためのあれこれを終えてギルドホームに戻って来ていた。今この場所に居るのは俺とエリザ、それとカリンの年長グループ。フレイは俺が帰って来る少しまえに上がっていたそうで、タイミングがいいんだか悪いんだかわからんな。しかしまぁ明日は学校があるので、俺も日付が変わるまでにはログアウトしようと思っているが。


「それで、スキルの方はどうだったの? 上手くいった?」


 エリザが何やらカウンターの向こうで作業をしながら聞いてくる。なにやってんだろ……何かの生地をこねているようだ。お菓子かな?

 ちなみに『便利ポーチ』の拡張はもう終わっていて、先ほど受け取ったばかりだ。流石はエリザ、良い仕事をするよね。


「まぁ、上々って所かな。少なくとも、もうエリザに心配を掛けることはないと思う」

「そう……それなら安心したわ」

「そう何度も泣かせる訳にはいかないからな。頑張らせていただきましたよ」


 とりあえず成果としては、当初目指していた自身の半径30m以内の知覚強化、これに成功した。予想した通り、範囲を狭めるとその分情報が精密になるようで……どのくらい強化されたかというと、今の俺ならあくびをしながら【死返し】をしたり、30本複撃統合が撃てるレベルだ。

 流石の俺も、あの感知能力にはびびった。あれなら『千怨神樹』の速度にも対処できただろうな。目的は完璧に達したという訳だ。……むー、もう一回やりあってみたいなぁアレと。


「なっ……、泣いて何かないわよ! もう!」


 ビタン! とこねていた生地を木の板に叩きつけるエリザ。そしてそのまま、グリグリ拳を押し込んでいく。このままだと穴があきそうだ。

 やめろエリザ、生地に罪はない。


「はは、っと。……ごめん」


「……もう。本当に、気にしなくていいから。なんでも引きずりすぎるのは貴方の悪い癖よ?」

「そっか? あー。そうだな。うん……悪い。気を付ける」

「分かればいいのよ。貴方の場合、分かってなさそうではあるのだけど」

「むっ」


 そうやって軽口を叩き合っていると、俺の隣からは心底恨めしそうな声が聞こえてきた。


「いーなぁー君たちは。いちゃいちゃいちゃいちゃしくさって本当にもうぅー」


 カリンが、どんよりとしたオーラを身に纏いながら琥珀色の液体をジョッキで飲んでいた。つか、ビール? いいのかオイ。まだ未成年だろう。

 俺がジトっとした(当社比)目で見ていると、急にこちらにしだれかかってくるカリンさん。とろんとした目で俺の肩に額をぐいぐいやりながら、「いちゃいちゃしやがってー」と呟いている。


「いやカリン。だから何度も言ってるようにいちゃいちゃなんかしてないし……って、酒臭っ……くない。なんかフルーティーな香りがする!?」


 ひっついてくる酔っ払いを剥がそうとしながらエリザに目を向けると、彼女はため息をつきながら首を振った。


「それはただの炭酸リンゴジュースよ。クノにレベルで負けた事がよほど悔しいみたいでね。あの後猛然と狩りにでかけて、そして帰って来たら落ち込んでいたから冗談でお酒と言って渡したのだけど……」

「うぅー……やっぱり半日やそこらじゃあ追いつけやしないのさぁ。私の威厳は地に落ちるばかり……ははっ」


 むしろ威厳は自分で落としている気がするんだがこれ。


「見事に酔っぱらって無いか? 雰囲気に弱すぎだろ」

「私もびっくりよ。むしろうわばみになりそうな顔しているのにね」

「あぁ、なんとなく分かるなそれ」


 しゃんとして居れば姐さんって感じだもんな。極道の妻みたいな感じで。

 というか、いい加減離れてくれないだろうかこの人。地味に体術を極めているのか、さっきからどうやっても引き剥がせない。俺は避けるのは得意だが、接触された時の対応はなぁ……あるにはあるが、女性にやるには少々躊躇われる。ましてや極振りのStrをいかんなく発揮するなんてことも憚られる訳で。カリンの気持ちも少しは分かるしな。


「クノ君めぇーこのこのー」

「なんて悪質な酔っ払いなんだ……! ええい、耳を噛むな首筋に触れるな足を絡ませるなッ!」

「こぉうなれば最後の手段だよ。ふふふ、この身体に私がお姉さんだということを刻みつけてあげようじゃあないかぁ!」

「いやお姉さんっつーか同い年だろうに。やめろ暑苦しい離しなさい! ああ違う、暑いとは言ったが服は脱ぐな馬鹿!」


 どうすりゃ良いんだ。さっきからエリザが冷たい視線を向けているのも気になるし。というか手伝ってほしいんですけど……


「……ふっ。良かったわね楽しそうで。このヘタレ」

「これの何処が楽しそうに見えるんでしょうかね!?」

「あら、美少女に抱きつかれてつまらないとでも言うのかしら? とんだご身分ね」


 なんかお怒りのようだ。

 まあそりゃそうだよなぁ。目の前でこんなアホなことをされれば怒るのも無理は無い。


「ほれほれクノ君、よいではないか、よいではないかぁ」

「……つーん」


 ああもう、何この状況。フレイとか中学生組とかいなくて、ホント良かったわ。

 つーかどうしよう。本当に。このままじゃエリザに嫌われてしまうかもしれん……ッ。カリンめ、面倒なことをしおってからに。

 焦る俺は、頭をフル回転させて状況を打破する一手を考える。……とりあえず、自分の気持ちをちゃんと分かってもらうのが先決か? なんとか誤解を解こうと、俺は話し始める。


「いやまぁ、確かにカリンは美少女だし、抱きつかれて悪い気はしない」

「……ほら、やっぱりお楽しみ「でも!」……。でも、何よ」


「こうされて嬉しいのは、やっぱり俺にとってはエリザだけだよ」


 そう。フレイにやられても、リッカにやられても、はたまたそれがノエルやカリンでも。俺が思うことはまず『しょうがないなぁ』なんていう、諦めにも似た父性のようなもので。こう……なんというか、女性に感じるような胸の動悸は、実はあまり無かったりするのだ。言い方は悪いが、与えられている感じがしないとでも表現しようか。

 それでもエリザだけは、違ったんだ。クリスマス会の時、抱きしめ合ったあの日。俺は嬉しくて、満ち足りて――――与えられた。彼女と皆の違いが何かといわれたらそれは分からないし、それはもしかすると人間としての相性だったりとか、そんな根本的な問題かもしれないけど。とにかく俺が抱きしめられて嬉しいのはエリザだけであって、別にカリンにやましい気持ちをいだいているとかいうのは、本当になくて……


「……にゃふぁ――――」


 というようなことを赤裸々に語ってみた所、エリザが湯気を上げながらぶっ倒れた。

 ドシン、という割とマジめな音がして焦る。


「ちょ、エリザー!?」


 カリンをひっつけたまま、カウンターに身を乗り出して下を見ると。


「はぅぅぅうううう……くぅ、なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ! 

 それってつまり……うにゃぁぁあああどういうことにゃのよぉぉおおお! ふにゃー! うにゃああ!!」


 そこには、真っ赤な顔を手で隠し、ゴロゴロと狭いカウンターの中を転げまわるエリザがいた。……どういうことか聞きたいのはこっちなんだぜ。どっちかというと、今恥ずかしがるべきは俺ではないだろうか。いや、本心だし、そこまで恥ずかしがる事言ったつもりもないけど。

 ……しかしこのごろごろエリザ、凄い可愛いな。こういうインテリア部屋に欲しい。いつもとは違い取り乱していることに加え、長いスカートの裾がめくれて白いおみ足がはしたなく露出している所にとんでもなく興奮を覚える俺はどうかしているねそうだねちょっと一旦冷静になろうか。


「うーあー……クノく……ん……すぅ」

「こっちはこっちで寝やがったか」


 寝るならちゃんとログアウトしてからにしようよ……転がるエリザから、強固な精神力でもってベリベリと視線を剥がし、俺はそこら辺のイスを並べてカリンを寝かせる。まぁ、後で起こしてやろう。何か掛けるものは……VRだし良いかな? しかし、病は気からという言葉もある通り、VRだからこそという事もあるのか。とりあえず、俺のコートでも掛けておこうか。

 そうしてカリンの介抱を終えて振り返る俺。そういえば先ほどから、エリザの声が聞こえない……


「あらクノ、ご苦労様ね。カリンには本当に、困ったものだわ」


 そこには、いつもと同じようにカウンターの向こう側に立つエリザが居た。


「切り替え早っ……くもないのか。まだ顔赤いし」

「はぅっ」


 ぺたんと頬を両手で抑える彼女は、その状態でこちらに半眼を向けてくる。


「どうした?」

「……この反応……ち、違うのかしら。

 やっぱり、私の思いすごし……? いえ、でも……ははっ、ははは……はぁ」


 かと思うと急に乾いた笑いとため息を吐き始める。

 ……もしかしてエリザも、酔ってるのか? 全く、カリンのこと笑えないなぁもう。そんなことを思いながらカウンターに近づくと……


「うわこれは酷い」

「な、なにかしら。うふふ……」


 その中の惨状たるや、凄まじいものだった。エリザがごろごろ暴れまくったせいで、いろいろ出していたであろうお菓子作りの道具が床に落ちまくっている。さっきこねていた生地や、液体状のなにか、粉末状のなにかなどなど、酷い様相だ。

 とはいえこういうのは、放っておけば勝手に消えて無くなるんだが。掃除いらずで便利ですねホント。


「愛想笑いしてもダメだってーの……というかこれ、何作ろうとしてたんだ?」

「……実は、今日はいろいろとお菓子の試作を作っていたのよ。……はぁ、もう一回作りなおしね……」

「お菓子の、試作?」

「ええ。もうすぐその……バ、バレンタインでしょう? それ用に、ゲーム内でいろいろと皆に振る舞ったりしようかと思って、その練習ね。でも私は【料理】スキルを取る枠がないから、料理を作ろうと思ったら一から作るしかないのよね……」


 あ、あの茶色い液体状のなにかはチョコレートか。


【料理】スキルとは、材料さえあれば瞬時に料理を作れるスキルのことらしい。そして、作った物にはいろいろな付加効果が付く。ぱっと思い付くのは、中央広場に軒を連ねる屋台の数々だな。俺はとあるジュース屋のファンで、たまに狩りの後にメロンソーダを飲んだりしている。あの人意外と攻略早いんだよな……というか、今日『グレンデン』の中央広場で見かけたし。後は『ロビアス』で買い物をした飴売りの人なんか居ないかな? と目を光らせたりしているんだが、あれっきり見かけたことはない。先日最後の一個を食べてしまった所なのだが、彼はゲームをやめてしまったのだろうか? 残念である……と、まぁそれは今はいいか。閑話休題。


 別に【料理】スキルが無くても、普通に料理する手順を踏めば、食べ物は作れるのだとか。勿論、付加効果は付かないが、味に優劣は無いらしい。……いや、正確に言うとスキルで作ると味が一定に保たれるので、いわばお店の味と家庭の味のような違いはあるようなのだが。エリザみたいに料理の上手い人なら、付加効果を度外視すればスキルを使わない方がいいかもしれんな。


 しかし……バレンタイン、ねぇ……そういえばそんなイベントもあったっけか。人との間に壁を作っていた昔の俺からすると縁のなかったイベントだが、確か女の子が好きな男の子にチョコを渡すという……


 ……。


「……エリザ」

「な、何かしら」

「えーと、その……いや、なんでもない」

「そ、そう……」


 流石に、俺にチョコくれるか? なんて台詞は口にできなかった。

 これはヘタレと言われても甘んじて受け入れるしかねぇな……

 

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