第百二十六話 感知のお話
「さて……それじゃあ」
まずは【危機把握】の効果検証、スタートだ。
【多従の偽腕】でほぼ全損したMPを自然回復させてから、フィールドを歩き始めること数十秒。わらわらとモンスターが集まってきた。
格闘カンガルーやらカマキリ戦士やら亀の甲羅に針が生えてる奴やら、北フィールドのモンスターだけあって、見た目はいかついのばかりだな。まぁ、『ヘル』のモンスターに比べると若干サイズに不満があるけど。
「……【惨劇の茜攻】【覚悟の凶撃】」
周囲に展開済みの『偽腕』と自身の身体から漏れ出す赤黒い瘴気に加え、右手の甲に複雑な魔法陣が浮かび上がる。【覚悟の一撃】の時はシンプルな六芒星だったんだが、やはり上位変化ともなると豪華に(?)なるらしいな。六芒星を主軸に、幾何学的な模様やらルーン文字やらが詰め込まれている。
そんな【覚悟の凶撃】によるエフェクト変化も興味深いのだが、今回の目的は違うのだ。
まずは戦闘開始早々、HPが1になって【危機把握】の感知能力強化の条件を満たした。さて、では一体どんな強化が行われるのかと、期待しながら気を配ろうとすると――
『ボイドカンガル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『採取ポイント』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『採取ポイント』『ポーテムガウ』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『セーフティエリア』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『北・西フィールド境界』『コーコンコル』『コーコンコル』『コーコンコル』『採取ポイント』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ポーテムガウ』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『採取ポイント』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『採取ポイント』『北・東フィールド境界』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『セーフティエリア』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『グレンデン・北門』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『採取ポイント』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『腕』『黒剣』『マンティスハンター』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『腕』『黒剣』『腕』『黒剣』『腕』『黒剣』『ハリネタートル』『ハリネタートル』『ボイドカンガル』『ハリネタートル』『腕』『黒剣』『ハリネタートル』『腕』『黒剣』『腕』『黒剣』『ボイドカンガル』『ハリネタートル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『マンティスハンター』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『マンティスハンター』『腕』『黒剣』『腕』『黒剣』『腕』『黒剣』『ボイドカンガル』『黒百合・代』『マンティスハンター』『腕』『黒剣』『黒剣』『腕』『腕』『黒剣』『腕』『黒剣』『ボイドカンガル』『黒百合・代』『スキルリングβ』『黒剣』『黒百合・代』『クノ』『スキルリングβ』『黒剣』『黒百合・代』『MVP記念リング』『黒百合・縛』『黒妖希石のペンダント』『《呪具》誘香の腕輪』『スキルリングα』『スキルリングβ』『ボイドカンガル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『採取ポイント』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『ボイドカンガル』『ボイドカンガル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『採取ポイント』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ハリネタートル』『セーフティエリア』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『採取ポイント』『ポーテムガウ』『コーコンコル』『ボイドカンガル』『マンティスハンター』『ハリネタートル』『ポーテムガウ』『採取ポイント』『セーフティエリア』『ボイドカンガル』『ボスフィールド転送陣』
脳内を埋め尽くすフィールド全域の情報群。雑多な情報が破壊の波となって押し寄せ俺という自己さえも呑みこまれそうなほどの圧倒的な量の蹂躙が脳内で行われもはや右も左も右ってどっちだっけ右ってなんだそうだ右からモンスターが襲いかかって来るボイドカンガルーマンティスハンターマンティスハンターハリネタートル増えるモンスター合流してくる距離45.455mで一体出現増える増えるまだ増える距離30.876m距離54.433m53.990m49.317m34532113345345678785434666465643モンスターが動いている動いている歩いている違う今はそこじゃない必要なのは違う情報が溢れてマンティスハンターが鎌を振りかぶり範囲を狭めろ目の前に集中して到達まであと1.003秒0.910秒0.839秒0.714秒0.622秒0.510秒0.398秒0.287秒0.164秒0.003秒衝撃【不屈の執念】ガラスの砕ける残響が辺りに響き渡る衝撃【神樹の癒し】足元に展開された赤黒の魔法陣から光の柱が立ち昇り視界を血の色に塗りつぶし衝撃俺の身体が白い光に包まれその光は瞬時に霧散する――――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ衝撃――――死んだ。
―――
「――――ッはぁ!! はぁ、はぁ、はぁ」
そこそこの人通りがある『グレンデン』の中央広場に転送された俺は、膝から崩れ落ちて荒い息を吐いた。
「うおっ、魔王」「魔王だ」「魔王じゃん……」「おいおいまじかよ……」
周囲のプレイヤーのどよめきも気にならない。
俺の頭の中を巡っているのは、ただ先ほどの状況への疑問と考察だけだった。瞬時に脳内ジャックを果たした大量の情報。アレはつまり――
片手で頭を抑えながらメニューを操作し、『帰巣符』を使用。
軽やかな鈴の音とともにギルドホームの中に入った俺は、一番近くの丸テーブルにどしゃっとつっぷした。
「あらクノ……クノ!?」
エリザの慌てたような声と、パタパタという足音が聞こえてくる。ついで、ゆさゆさと身体を揺さぶられる感覚。ゴツゴツと小刻みにテーブルにぶつかる頭が、割れそうなほどの痛みを訴えてくる。
「クノ! クノ!!」
「……ちょ、だいじょ、ぶ、だから……やめ……」
「え……あ、ごめんなさい」
ぱっ、とエリザが手を離すと同時に最大級の衝撃が俺の頭を襲い、思わず仰け反って悶絶する。
「ぐおおおお!?」
「あ、あ、く、クノぉ……えと、あの、どうしよう、どうしよう……」
痛みに呻く俺と、その周囲をおろおろと歩き回るエリザ。
しばらくその光景が繰り広げられ、俺が落ち着いてエリザに状況を説明できるようになったのは、数分後だった。
紅茶の乗ったテーブルを前に、俺とエリザは座る。
「――……ええとつまり、新しいスキルの効果が、思ったよりも強力だったと? それで制御できずに、死に戻ってきたと? そういうことなの?」
「いや、正確に言うと新しいスキルというか発展スキルというか……まぁ、それはどうでもいいか」
「……はぁ。あんまり心配かけないでよ……」
そういってぷいと顔を逸らすエリザの目は、少し赤い。最後の方は泣きながらおろおろしていたようだ……やばい、罪悪感で胸に穴があきそう。まさか泣かせてしまうなんて。
罪滅ぼしになるかどうか分からないが、いつもより心をこめて、丁寧に頭をよしよしとさする。……あ、駄目だこれ。どっちかっていうとただの俺へのご褒美だ。
しかたが無い、ここはセオリー通りに頭を冷やして……
「ちょ、クノ!? 駄目よ、椅子の角は駄目! ことあるごとに自傷しようとしないで頂戴!」
「止めないでくれ! これは俺なりのけじめとして――」
「いいから、別に気にしなくていいから! ほら、動かないで!」
「……はい」
エリザに宥められ、力なく椅子に座る俺。……まだ混乱しているみたいだな。
さっきのことが一体どういうことなのか。大体の予想はできている。
要するに、俺と【危機把握】の相性が良すぎたんだ。
【危機把握】による感知能力の強化には、個人差がある。その範囲の大きさやどこまで詳細な情報を得られるかということは、プレイヤー一人一人によって違う。
そして俺の場合その強化の程度はぶっ飛んで、恐らく知覚強化の限界――フィールド全域を覆うほどまでになってしまったと、そういうことだろう。
ちなみにフィールド全域は奥行きおよそ3km。バームクーヘンを四等分した、その一切れの形を思い描いて貰えるとだいたいそんな感じだ。
にわかには信じがたい結果だが、仮にこの強化の程度が、脳のキャパシティに比例するものなのだとしたら――――俺は、『偽腕』を30本近く完全制御している。最初のころを思い出し、1本動かすのにかかった労力を……数が増える従ってかかった脳への負担を考えると、あり得ないことではない、のか?
しかしそれにしても、能力過剰過ぎる。オーバースペックにも程がある。
……いやまぁ確かに、さっきはいきなりだったから冷静さを失っていたし、もう一度落ち着いて情報に向き合えば一応整理できないことも無い気はするけど……それでも、あの情報量は圧倒的に不必要だ。
精々自分の周囲30mくらいの認識能力が高まれば良いなぁ、くらいに思ってたのに。なんなの、街の近くで発動してボスまでの道のりすら余裕で分かっちゃうレベルとか。ホントに――――て、あ。
と、そこで気が付く。俺は街のすぐ近くにいた。
だったらなぜ、街の情報が押し寄せてこなかったのだろうと。それが示すことは、
「……やっぱ、フィールドで区切られているってのが正解だな。うん」
「あの、クノ? どうしたのかしら、急に黙りこんで」
「え? ああ、ごめん。ちょっとさっきの事について考察をしてた」
「そう……でも、やっぱりちょっと信じがたいわね。フィールド全部の情報が手に入るだなんて」
「だよなぁ。事実なんだけど」
エリザですら信じられないかぁ。まあそうだよな。
俺だって他のプレイヤーにそんなこと言われたら、多分信じないものな。
と、一人勝手に納得していると、エリザが一口紅茶を啜ってから、ちょっと拗ねたように言った。
「……貴方が嘘を言うなんて、思って無いわよ。ただの言葉の綾というもの……本当は、信じてるに決まってるじゃない」
「エリザ……」
「貴方はそれくらいの信頼を、私から得ているのよ? せ、精々感謝しなさい」
ちょっと頬を染めながらも、そう言って目をそらすエリザ。
「……ああ。そうだな。本当にありがたいよ」
「なっ……あう。そんな真剣に返さないでくれるかしら……もう」
ああ、エリザは本当に可愛いなぁ。もう傍にいるだけでガンガン癒される。
これ、エリザが隣に居ればフィールド全域の情報くらい余裕で捌けるんでないだろうか。というか、捌けないなんてことがあろうか。いや、無い!
あぁ、エリザ背負って戦闘とかしたいなぁ……でもVit的にどうかなぁ……
「なんか、とてつもなくくだらない事を考えている気がするわ」
「いや、そんなこと無いぞ? ちょっと世界が平和になる方法について考えてた」
「…………そう」
長い間の後に、諦めたように小さく頷くエリザ。あ、これ信じてない。絶対信じてないよ。
いやでも、こうやって呆れオーラを出してるエリザも、澄ました雰囲気で綺麗だしなぁ。……と、ひとしきり心の中でエリザを愛でてから、俺はまた本題の方に戻る。
「で、時にエリザ。この状況、どうすればいいと思う? できれば半径30mくらいに、範囲を絞りたい訳なんだけどさ」
「まぁ、単純に思いつくのは……範囲を狭めようと頑張ってみることかしら? 『IWO』の自由度なら、範囲の縮小くらいどうにでもなりそうなものよね」
「あ、やっぱりエリザもそう思うか。だよな……よし! それじゃあいっちょ、試してくるか! 【危機察知】は視覚情報を切ったら、脳へ直接届く情報の精度が増したし。その例で行くと【危機把握】だって範囲狭めたらより正確な空間知覚ができそうなもんだしな。頑張りますか」
エリザと意見が一致したので、まあ大丈夫だろう。できるできる。
そんな謎の自信に満ち溢れる俺に、エリザはおずおずと言った風に声を掛けてきた。
「あの……ちなみに、なのだけれど」
「なんだ?」
「さっきもその、"視覚情報"とやらを切った状態で試したの?」
「まぁな。視界にうじゃうじゃアイコンとか表示されても困るし」
? エリザは一体、何が言いたいのだろう。首を傾げる俺に、彼女は、
「……範囲が異常なほど広くなったの、それが原因じゃないかと思うのだけれど。いきなり玄人好みの設定で挑もうとするから……」
「……あ、確かに」
まさかの自業自得。
……。
……まぁ、あれだ。過ぎたことを悔やんでも仕方ないしな、うん。
さて、それじゃあ検証にレッツゴー。
「やっぱり、どこか心配なのよねぇ……はぁ」
そんなエリザの声を背に受けて、俺はギルドホームを後にするのだった。