第百二十三話 サバイバルのお話⑧
「あー、しかしあの兎は結局なんだったのかねぇ」
鬱蒼と生い茂る下草のうえにあぐらをかいて、首を傾げる。
喋ってたしなぁ。モンスターじゃないってことは、なんかのイベントキャラクターだったのかも。
逃がしちゃ不味かったかなぁ。いやでも、イベントが戦闘系じゃないかもしれんし。……別にいっか。
「さて、狩りの続き続き~」
「狩りっ!? 狩られるッ」
「ん? ……なんで戻って来てんだお前」
兎だった。
兎がなぜか、とてとてと歩いて戻って来ていた。
さっきまでは必至こいて逃げてたくせに……食べられる気にでもなったのか? 月の兎さんよろしく随分と献身的なことで。
「先に言っておくけど、食べられに来たわけじゃないからね! ただちょっと、ニンゲンさんに用事があったのを忘れてたから! すぐ逃げる! すぐ逃げるから! だから狩んなし!」
俺から十分な距離をとり、短い両腕を広げてセイセイ言いながら反復横とびをする兎。なんてうざさだ。
というか、用事があるなら早く言えよ。
……。
「セーイセイセイセイセイ……ひっ!」
俺の無言の視線攻撃に耐えかねたのか、反復横とびをやめて気を付けの姿勢になる兎。
そしてしどろもどろになりながら話し始める。
「いや、あのですね……そのぉ、この森でワタシを見つけたニンゲンさんにですね、あの、プレゼント? といいますかその、幸運のお裾分け的なことをしているんですよね、ハイ」
「つまり、出会っただけでラッキー的なキャラな訳?」
「そう! そんな感じ! ワタシはこの森の原住民……あぁだから睨まないでおくれよ怖いよニンゲンさん」
「睨んでねぇよ」
いたって穏やかな、くもりなきまなこだよ。
「そうかな? 私の真っ赤なおめめには、ニンゲンさんの後ろに地獄が見えるよ」
「そういう作りなんだろ、元々。ポンコツだな」
「酷い!?」
「つか話が進まんな……で、結局そのラッキーとやらはどういう形で現れるんだ。肉か? 己の肉か?」
「なんで思考が食欲に直結してるの!? さすがサバイバル中のニンゲンさんなんだよ!
と、ごほん。それでラッキーというのはねー……えーっとちょいと失礼。ニンゲンさんのステータスは、……って気持ち悪!? 筋力しか伸びてない!? レーダーチャート泣かせ! 一体何があったのよニンゲンさん。辛いの? 現実が辛いの?」
「やかましいわ畜生風情が」
頭がおかしい人を見るような眼で見られる。本当ヤタガラスみたいだなこの兎。
「はぁ……やべぇ、ワタシこのニンゲンさんに加護とか掛けたくないわ。嫌な予感しかしないわ」
「加護? なんだそれは。ステータスどうこうと何か関係があるのか?」
「そんな感じなんだよ……えっとニンゲンさん。ワタシがあなたに与えるのは、ステータスアップの加護だよ。
一応聞くけど、一番高いステータスに加護を掛けるか、全てのステータスに万遍なく加護を掛けるか、どっちがいい?」
兎が、心なしげんなりしながら尋ねてくる。
「ステータスアップとはまた、凄いラッキーだな……勿論、一番高いので。どうせその方が効果が高いんだろ?」
「その通りなんだよニンゲンさん。
……あーあぁ、しかしまさか、こんなニンゲンさんに加護を掛けることになるなんてなぁ。私のこと食べようとするし、ステータスは気持ち悪いし、怖いし。
滅多にニンゲンさんこないし、楽だと思ってたんだけど……もうこの仕事辞めて、違う仕事探そうかなぁ。遺跡の管理とか結構楽そうで良いなぁ……」
ぶつぶつ呟く兎。
てか、仕事ってなんだ。兎界ではニンゲンさんに加護を与えるのが仕事なのか。そしてつまり、コイツみたいなのが一杯いて社会を形成してるのか……嫌だな。
「はぁ……じゃ、いくよニンゲンさん。
ん~~~~~~~~~~~ていッ!」
んー、ばっ! と兎がダイナミック屈伸運動をした、次の瞬間。
その身体から白い煙がもくもくと噴き出して、俺の方へ向かって来た。
煙は俺の周りを何回か回った後、すぅ、と身体の中に入っていく。同時に感じる、何やらくすぐったい感じ。これが加護なのか。
そして兎はというと、最初の時のように四足歩行に戻っており、ぐだっと伸びていた。
「……ぷはぁ、疲れるわー。加護まじ疲れるわー。ニンゲンさん、ニンジン持ってないかな?」
「ねぇよ」
『ポーン』
『称号〝玉兎の加護(筋力)〟を取得しました』
〝玉兎の加護(筋力)〟
基礎Str上昇+7%
加護って、称号取得のことだったのか。基礎Str上昇とか、ええ仕事しはりますなぁ。うん。
〝偽腕の行使者〟〝神樹を救いし者〟に続いてサバイバル中3個目。
ここまでくるともはや怖いものがあるな。
そして、玉兎て……玉兎なのにヤタガラス似とは、これいかに。
「じゃあそゆ訳で! ワタシはお暇するね! 狩られたくないからね!
実はワタシの好感度が高いと、森での行動をサポートとかもするんだけどね。ニンゲンさんは怖いから、ワタシはそこまでしないよ!」
「いや、ここまでして貰って狩るとか、流石に無いが」
しかしサポートねぇ……多分、いらない。
「……そ、そう?
あ、じゃあニンゲンさんの肩に乗って移動してもいい!? ワタシ、ちょっと疲れちゃってさぁ……。ちょっち戦闘のお手伝いとかもしてやんよ?」
「戦闘中に手が滑ってもいいなら」
「わ、わぁ、あっちの方の草おいしそー! よしそれじゃあねニンゲンさんバイバーイ!」
バビューン、と森の奥に消えていく玉兎。
……。
まぁなんだがよく分からないが、結果オーライってことだな。うん。
俺は一つ頷いて、また探索を開始するのだった。
ちなみに。そんなことがあった後の探索は、思いの外モンスターの出現率が悪かった。もしやこの辺のモンスター狩りすぎたかと心配になる。そういえば、腕輪の効果は無効化されてるっぽかったしな……竜頭蛇尾とはこのことだろうか。
そしてあまりにも暇だったので、思いつきから『偽腕』を二十本くらい使って玉座っぽいものを本当に作ってみたんだが、意外と気分が良かった。それに座って余った『偽腕』でモンスターを倒すと、なんか自分が偉くなった気になれるな。宙を滑るように移動できる点も凄くグッド。癖になりそうだ。これエリザに見せたら、デザイン的な観点から話のネタにできそうだなーなんて。ふふふ。
―――
ピッピッピッ、ピッーーーー!
イベント終了10秒前から鳴っていた電子音が、一際大きく鳴り響く。
それと同時に、ふわっとした感触と視界の暗転が訪れた。
『これにて、IWOサバイバルゲームin三叉神樹の森を終了致します
各難易度ごとの取得ポイント上位者ランキングは、すでに集計を終えておりますので公式ウェブページをご覧ください』
『また、取得ポイントと賞品の交換は、メニュー画面の特設イベントボタンより行えます
期限は2月28日の24時までとさせて頂きますので、お早めの交換を推奨致します』
『それでは皆様、今回のイベントへのご参加、有難うございました
次回のイベントは、バレンタインに開催予定です 皆様奮ってのご参加、お待ちしております』
耳元で聞こえるジャッジさんのアナウンスが終了した後、ゆっくりと辺りを見回す。
するとそこは見慣れたギルドホームで、他のメンバーもちゃんと帰って来ていた。
そして早々に、労いの言葉を掛けられる。
「クノさーん! 無事に最後まで残れたんですね! 流石です!」
フレイがもはやお約束のように飛びかかって来るので、こちらもお約束通り回避。
「ほっ」
背後のテーブルの上で転がり、しゅたっと立ち上がる辺りフレイも慣れてきてるな。
振り返って自慢げな顔である。が、しかし。テーブルの上に立つな。行儀が悪いとか以前の問題だぞ。
べしっ、と膝裏に手刀を入れて体勢を崩して、テーブルから落してやった。
「乙女にこの扱いはひどすぎませんっ!?」
「いいだろ、怪我もしないし」
「そーゆー問題じゃねぇですよぅ!」
……もっと普通にくれば、それなりの普通の対応をするのになぁ。残念な奴。
「ならばこれはどうだー!」
ぽふ、と横合いから俺の腰辺りに小さな人影がしがみついてくる。
「おう、リッカ。転ぶからあんましフレイの真似すんなよ」
「え、なにこの私との扱いの差」
「やめなさいリッカ。もう」
「はぁい……なになにー? ノエルちゃん、うらやましぃーのぉ?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
リッカを諌めたノエルが、反撃をくらって赤くなる。
「ノエルも来る?」
「くるぅー?」
「来ません!」
ノエルいじりも結構面白いな。
なんかノエルとリッカの微妙な力関係が分かってきた。
「ちょ、クノさん! それはあんまりってもんですよ!? なんでリッカちゃんやノエルちゃんは良くて、私はダメなんですか! ……エリザさんもそうですし……このロリコン!」
「滅多なこと言うんじゃねぇよ。ただ俺は小さい子の方が好きなだけだ」
癒されるし。俺の人生に必要なのは癒しだね。
決してやましい気持ちはないと言っておく。
「やっぱりロリコンなのですよ!?」
「あーそうだな。お前がそう思うなら、そうなんだろう。お前の中ではな」
「扱いが雑!」
叫ぶフレイは置いといて、よっこらしょと椅子に座る。すかさずリッカが上に乗ろうとして、フレイとノエルに羽交い締めにされていた。
「もはや私達5人そろっても、クノ君一人に勝てない気がするよね……こっちはこっちで結構大変だったのに、涼しい顔しちゃってさぁ」
カリンが、ん~~、と伸びをしながら話しかけてくる。
「顔は元々変わらんのだよ。内心割と疲れてる」
「そうかい? ……んむー、ごめん、全く分からない」
「だろうな」
この程度の疲れが顔に出るなら、俺も悩んではいないのだ。
しかしそれが分かるような猛者も、やっぱりというか、期待通りというか、いる訳で。
「そう? 結構分かるわよ。顔じゃなくて、雰囲気を見るのよ」
「わーお、流石エリザ」
「なんだいそれは。オーラ的なものかい?」
「あ、その話はもうした」
「したわね」
「なんと」
着々とエリザに攻略されつつある今日この頃だ。この分だと、エリザが俺の感情を読めるようになってくれる日も遠くない……かもしれない。希望的憶測だけど。
そうなったら。
そうなったら、俺はエリザに……
「クノ」
「えっ? お、おお。どうした」
いきなり喋りかけられて、少しびっくりする。
「いえ……紅茶、いるかしら? 一息つくには良いでしょう?」
「ん、そうだな。お願いする」
「了解。……フレイ達も、いるかしら?」
「あ、はーい」
そうなったら。
俺はエリザに、『好き』と言えるのだろうか? 彼女はこんな俺を、受け入れてくれるんだろうか?
関係を変えたくない気持ちと、変えてしまいたい気持ち。その時が来たとして、はたしてどちらが強くなっているのだろうか? うーん、難しい問題だ。
そんな感傷に浸りながら、エリザの後ろ姿を眺めていた俺を現実に引き戻したのは、カリンの素っ頓狂な声だった。
「クノ君、これ、何!? 何コレ!? あ、お、いや、えぇ!?
きゅ、九十九万……? きゅうせんきゅーひゃく……? いやいやいや。嘘だろう、私の見間違い…………、いや、はぁぁああああああああ!?」
あ、ばれたか。
遠足はおうちに帰るまでが遠足
イベントは賞品貰うまでがイベント
そんなわけで、クノさんの一人インフレ編はもうちっと続くんじゃよ