第百二十二話 サバイバルのお話⑦
0時に間に合わんかった……
「うあー」
頭が痛い。
寝て起きたらすっきりするかと思ったが、そんなことは無かったようで。VR内でVR酔いに陥るとはこれいかに。……いや、あれ? 車酔いとかを考えると、むしろ普通か?
しかしどれにしろ、辛いのに変わりは無い。頭使いすぎた……これ、イベント終わるまでに慣れてくれるだろうか俺の脳みそさん。
そんな訳でうーうー言いながら、俺は今宙を滑っている。
なんのこっちゃと思うかもしれないが、『偽腕』に乗っているのだ。
現在二十六本出現させている『偽腕』。そのうちの六本を組んで椅子に見立て、そこに座っている状況である。俺のVitは0なので、一本の『偽腕』だけで運ぶのは酷というもの。そこで幾つかの『偽腕』でもって重さを分散させて、疲れないように工夫をしてみた。
もうちょっと『偽腕』の数をつぎこめば、立派な椅子が作れるかもなぁ。それこそ玉座みたいな。
真っ黒な腕が絡み合って出来た玉座……うーん。いや、割といいかも。今度エリザにでも話してみようか。
傍から見ると乗り物に乗っているように見えるかもしれないが、実際の動力源は俺。自分で自分を運んでいるだけだ。
しかしながら普通に歩くことよりもメリットがあって、振動がゼロなのだ。これは今の俺にとっては非常に有り難い。レイレイでもこうは……いや、どうだろうか。あの健気な騎獣なら、主人を気づかってこのくらいの芸当はできるやもしれん。
疲れた頭を、更に働かせなくてはいけないのが玉に傷だが……まぁ、仕方あるまい。これも、サバイバルなのだ。
あの後ボスフィールドで俺は、三日目の朝まで寝ていた。
そして慌てて飛び起きると酷い頭痛。しかし、そのまま寝ているなどという選択肢はあるはずもなく、かといって身体を動かすのも億劫だ。
以上の理由から、俺は今こんな感じで狩りをしているのである。
もはや俺本体は微動だにせず、二十本の『偽腕』を操って出てくる敵と戦っている。正直何が俺をここまで駆り立てるのか俺自身も良く分からないのだが、本能が戦えと囁いているのだ。ならば戦うまでである。
それに『偽腕』を動かしてモンスターを倒すたびに、思考がクリアになって、頭痛がやわらぐ気がするし。なんか荒療治っぽいと思わないでもないが、成果が期待できそうなのでいいだろうと。
どうも俺は、肉体よりも精神のほうがずっと強いみたいだな。よし、俺偉い。凄い。
……そういえば昔母さんに、精神面で祖父さんによく似ていると言われたものだが。
あの人に似ているというのならまぁ、納得もできるな。血は争えない……
――――
ザッシュザッシュと景気良くモンスターを切り倒していき、数時間。
心なしか、エンカウント率が減った気がするな。
そして俺の頭痛はかなり回復してきた。流石荒療治、荒いだけの価値はある……かもしれない。もう普通に歩いて、六本の『偽腕』は戦線復帰だ。
今の時刻は午後の4時くらい。サバイバル終了まで、あと8時間くらいだな。
「あ、そういえば」
ふと、思い出す。
そういえばこのイベント、ポイントがどうたらとか最初に説明されたような。
試しにメニューを見てみるとそれらしきところがあったのでクリック。
するとそこには、『現在獲得ポイント:999999』という文字があった。
なんか赤い文字で、大きめに書かれている。
いちたりない……こんな微妙なポイントを狙って取れるわけはないし、ましてや偶然見たということもないだろう。ということは、俗に言うカンストというやつではなかろうか?
ゴァアアアア!!
丁度よく前方から三匹、黒い犬のようなモンスター『ヘルドッグマッド』が走り込んできたので、『偽腕』で相手をする。
例にもれずやたらと硬いのだが、それでもさっさか倒し終え、ポイントを見ると変化なし。
モンスターを倒してポイントが入らないということもないだろうから、つまりはやっぱりカンストなんだろう。『千怨神樹』を倒したのが大きかったのかな? なんて考察をして、首を傾げるがそこまでだ。
これ以上入らないポイントにかまけているよりも今は、時間が惜しい。今は森の中心部をぐるぐると回りながら狩りをしているが、偶に見たことのないモンスターが出るからな。できれば全種類のモンスターを狩っておきたいと思っているのだ。
空中でスイスイ動く『偽腕』をフル活用して、カラス相手に本格的な空中戦闘をやらかしたところ、強そうなドラゴンっぽいモンスターが寄ってきたりもした。地上にいる分ではエンカウントしない種類だったのだろうな……空には強力なモンスターがいると相場が決まっているか。まぁ、空中では流石に分が悪そうな程強かったので、翼を潰して墜落させてから戦ったが。
このように出現条件が特殊なモンスターも視野に入れ、いろいろしながら回っている。
なんか周りよりも大きい樹を見つけたら、とりあえず斬り倒してみたり。なんか不自然に突きだした岩があったら、とりあえず砕いてみたり。ちょっと深い川を見つけたら、『偽腕』を入れてばしゃばしゃ暴れてさせてみたり。
ちなみに最初のは木のモンスター、次のは亀みたいなモンスター、最後のはウツボみたいなモンスターと出会うことが出来た。前二つは本気でやりすぎて、完全に姿を現す頃には瀕死だったけどな。
「っと」
『偽腕』で順調に森林伐採をしながら歩いていると、斬り倒した樹の陰からモンスターが現れた。灰銀の毛並みをもった毛の長い兎、というのがしっくりくるだろうか。
遮蔽物が突然なくなり驚いているのか、兎にしては大きめな身体をせわしなく動かしてキョロキョロとしている。
「初めて見る奴だな……レアモンスター?」
しかしモンスターにしては、不思議なことがある。
俺と兎の距離は、10mくらいだ。本来ならモンスターと接触したとして、戦闘が開始されているはずなのだが……システムが"エンカウント"を認識していない。
俺は視界にエンカウントの文字が表示されるのは煩わしい、という理由で、普段は戦闘状態移行を分かりやすく知らせてくれる機能はOFFにしている。
しかしながら幾度となく戦闘を行っているなかで、戦闘が始まる時には微かに肌を伝うピリッとした感覚があることが分かっているのだ。
しかし今は、全くそれがなかった。
そして銀毛の兎のモンスター(?)の方にも敵意はないようで、それどころか逃げもしない。
ひとしきりキョロキョロし終わった後、なんかため息のようなしぐさをしただけだ。
「……これ、どうしようかね」
分かりやすく戦闘状態に入ればさくっと狩れたものを。
……うーん、まぁ悩んでても仕方ないか。とりあえず、
「てい」
ザァァアアン!
手近な『偽腕』を操作して、兎を叩き斬るように振り下ろす。
……ま、どうせこの森に居るんならモンスターだろ。
もしかしたら戦闘状態に移行しないという特性をもった特殊な奴かもしれんし。
って……おう、それ意外とヤバいな。スキルが使えないのは困る。迂闊に手を出すべきじゃあ無かったか?
下の地面ごと叩き斬ってしまったため、砂煙と下草が合わさって兎の姿が隠れてしまった。
モウモウと立ち込め、収まる気配のない砂煙。それどころか、更に膨れ上がっているような……
「え?」
そして次の瞬間。
ぼふん、という気の抜けた爆発音とともに、砂煙の下から白い煙が溢れだして一気に広がった。そしてあっという間に包み込まれる俺。
【危機察知】は反応していないし、なんとなく危なそうなものでもないとは感じるんだが……一体、何だと言うのか。
少しして、煙が収まる。
周囲に漂う煙の残滓を払っていると、急に前方から声が聞こえた。
「いきなり攻撃してくるなんて、酷いなぁもう。ニンゲンさんは皆そうなの?」
兎だった。
屠ったはずの兎が二本脚で直立して、こちらを向いて首を傾げていた。
「……わーお。喋るモンスターと二回目の遭遇」
「ワタシはモンスターじゃないよ! 失礼しちゃうなぁぷんぷん」
「そうなのか」
「そーなんです」
ふっ、と長い耳を手でさする兎。
ていうかなんか、ノリがヤタガラスに似てる気がするな……
「チッ」
「えっいきなり舌打ち!? ワタシのなにが不満だった!?」
「喋るところ」
「ワタシのアイデンティティーを全否定されたんだよ!?」
仕方ないな、アイツに似てるんじゃ。
黙ってりゃマスコットキャラで通用しそうな外見だったのに、勿体ない。
「はぁあ。しかしモンスターじゃないなら用は無いな。
いきなり斬りかかって悪かった。が、こっちもこの森で油断してると結構危ないんでな、許せ……んじゃ」
喋る兎に適当に手を振り、そして俺は更なるモンスター退治へと――――
「いやちょっと待ったぁ!」
「なんだ」
短い前足を突き出し、呼び止めてくる兎。
なんだろう、許せないとかいうのか? そして許して欲しくば私を倒してからに……
「オーケー把握した。戦闘状態じゃないからスキルの仕様が制限されるが、いいハンデだろう。……こいよ、兎。解体して兎鍋にしてやる」
「さらっと臨戦態勢!? なんで!?」
「え? 呼び止めたってことは、戦うんだろ?」
「ホワッ!? 何この人、発想が素で狂ってる! 狂気を感じるよ!」
「失礼な兎だな」
マジで兎鍋にしてやろうか。
よく肥えて柔らかそうな銀の兎を見つめる。
……意外と、うまそうだな。
「――――! な、なんか寒気がする」
「うし、サバイバルだしな。現地で食材調達すんのが乙ってもんだ。
さぁ……俺の、夕ご飯となるがいい!」
「え? お、ぎゃぁああ!? なんか黒い腕がいっぱい襲ってくるぅ!?」
「くはははは! くっはははははは!!」
……そして、数分後。
そこには走りすぎて、疲労と再発した頭痛に呻く俺が居ましたとさ。
流石は兎の脚力。ちょっと調子に乗ってたけど、俺のAgiじゃどうしようもなかったよ……
森の奥、食材が消えていった方向を未練がましく見つめながら、
俺は棒になった足を止め、ばったりと倒れ込んだ。