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第百二十一話 サバイバルのお話⑥

 視界の暗転と復帰。

 それを経験して前を見据えると、そこに居たのは大きな大きな『樹』だった。

 直径200mはあろう広いフィールド。全面金属のような材質でできており、まるで背の低い筒の中に閉じ込められたようだ。


 そしてその中央で、鈍色に光る床にしっかりと根を張るのは、『千怨神樹』というモンスターだった。

 フィールドの半分を埋め尽くそうかという圧倒的な巨体。太すぎる幹には無数の洞があり、そこからはギョロっとした目玉が覗いていた。遥か上空で分かれた枝はフィールド全体を厚い木の葉で覆い、地上に隆起し広がる根はドクンドクンと不自然に脈動をしている。そして幹の中ほどからにょっきりと突き出ている二本の太い枝。それはさながら腕のようで、事実その先端は分かれて五指を形成していた。


 一言で言い表すのなら、呪われた樹だ。


 ザッ、と『千怨神樹』の無数の目玉が一斉に俺の方を向く。

 そして幹の下の方が、口のようにぱっくりと横に開いた。

 否。それはまさしく、口であったのだ。


「人間、人間よ。ああ、人間か。か。かか。カカカカカカカカ」


 はっきりと耳朶を打つそれは、年老いた人間の声だった。

 カカカ、と笑っているのか狂っているのか分からない声をあげて、『千怨神樹』は大きく震える。そのたびに上空からは木の葉が舞い降りてきて――――


 ――――【危機察知】が、無数の反応を捉えた。


「あ、戦闘もう始まってんのな……【多従の偽腕】」


 十三本の『偽腕』が俺を囲み、その一つ一つに武器を出現させる。


 舞い降りる木の葉はそれ自体が一つの攻撃のようだ。

 はらはらと広範囲に降り注ぐ木の葉を、まずは『偽腕』で剣を振るい、剣圧で吹き飛ばす。そして大きくスペースが出来たことを確認したうえで、俺はおもむろに歩みを進め……


 落ちてきた木の葉を、手で掴む。


 ――――パリィン――――と心臓の上でガラスが砕け散った。


 更に、不規則な動きをする木の葉の一枚が、丁度俺の肩に乗った。

 次の瞬間、強烈な光を帯びて、盛大に爆発をする。至近距離で爆発を受けた俺はのけぞって、一瞬視界がブラックアウト。1しかなかった俺のHPは、容易く真っ黒に染まった。


 もう【不屈の執念】は発動せず、俺の身体は光の粒子に包まれて、


 そして次の瞬間。


 パァァア、と白い光が飛び散って、霧消した。

 それと同時に、俺の手足に鎖が絡みつく。

 虚空から出現して蛇のように巻き付いたそれは、目の前の樹に負けず劣らずの怨念を押し固めて形成したかのような、深い闇色をしていた。


 俺は一瞬でメニューを操作し、『超級MPポーション』を踏み砕くと、スキルと魔法を唱える。


「【覚悟の一撃】【惨劇の茜攻】

 〝彼の者に強き力を与えよ〟『筋力付加』〝彼の者に更なる力を与えよ〟『筋力重加』」


 俺の身体や『偽腕』から噴き出すように赤黒い瘴気が発生し、剣に纏わりつく。


 その剣の切っ先を目の前のでかい的に向けて、俺は呟いた。



「それじゃ、始めるぞ」



『千怨神樹』に向けて、非常にゆったりとした歩みを進める。勿論、木の葉を避けながら移動しているためだ。

 そして彼我の距離が20m程にまで縮まったところで、『千怨神樹』が口を開いた。


「人間。人間よ。汝は何を望む。この神の樹に、汝は何を望む。

 言葉にするのだ、人間。さすれば我は、その願いを叶えん」


 樹の洞が一斉に、ニタリ、と三日月のように歪んだ。

 その奥の目玉は、じっと俺を見つめていた。まるで俺のことを、見透かそうというように。


 ……これ、答えなきゃいけないんだろうか。

 ふとそんな疑問を感じて、俺はおもむろに腕を、『偽腕』を、一斉に振りかぶると――――


「複撃統合、十五本【斬駆】」


 五割のMPを込めて、振り下ろした。

 十五本に達した赤黒い刃は、一瞬で『千怨神樹』に到達し、その身体をすっぱりと切り裂いた。


「カ、カカカカカカカカ、カカカ――――愚かな人間だ。賢い人間だ。良い判断、ああ、良い判断だ。カカッ、カカカカカカカ!!」


「――っ!」


 しかしその攻撃を受けてもなお、『千怨神樹』は倒れなかった。

 HPゲージを見てみると、削れたのは五割弱。しかしこれはなんと、五本もあるHPゲージの一本を見てのことであり、先の攻撃には〝非情の断頭者〟によるダメージ1.5倍や、【不屈の執念】発動による"防御無視"の効果が乗っていたことを考えると……


「硬っすぎるだろうよ!」


 ……こりゃ長期戦になりそうだ。


「我の呪いを回避したか。カカカ、カカ。カカカカカ。

 なれば人間、我は我をもって、我の信ずる我に従い、我として戦おうぞ。さぁ人間、さぁさぁさぁさぁ! カカカカカカカカカカカカ!!」


「カッカカッカうるせぇ――――な!?」


 狂気的に笑う樹に文句を言って、直接切りかかろうとしたその時。

 ボスフィールドが白い光に包まれて――――


 ――――次に俺の目の前に居たのは、木でできた仮面をかぶった、軽装の男だった。

 男は両手に剣を持っており、それをゆったりと構えながら仮面の奥の瞳でこちらを射抜いてくる。


「何がどうなってんだ、これ」

「我は『千怨神樹』。人々の願いを叶える、呪われし神の樹だ。

 人間。汝は我に、何も願わなかった。故に我は我として、我本来の姿で汝と渡り合おう。古の時より、汝のような人間を待ち続けていた。さぁ、戦うのだ。戦うのだ。戦うのだ!!!」


 ヒュ、と微かに風切り音が聞こえた。


 俺は【危機察知】が反応するよりも早く、己の勘だけで目の前に剣を振るう。

 ついでに、『偽腕』を殺到させて滅多切るように振るいまくった。


 キンッ、と涼やかな音を立ててまず俺の剣が弾いたのは、『千怨神樹』の持っていた細身の剣。


 いつの間にか距離を詰めていた『千怨神樹』の仮面の顔からは、僅かに驚きが伝わって来て――――



 ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ



 それはすぐに、苦しげなものへと変わった。


 筋肉質そうな男の身体が、密集した『偽腕』から漏れ出す瘴気によって、完全に覆い隠される。

 普段はあまり日の目を見ない、瘴気の侵食による削りダメージの効果範囲内だ。これ、瘴気が敵に触れてなくちゃいけないから、『偽腕』動かせなかった今までは使いづらかったんだが……これからはもう少し役に立ってくれそうだな。ちなみに何本もの『偽腕』からでた瘴気が触れていたとしても、ダメージ量に変化は無し。まぁ、同じ身体の一部だしな。



 ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ



 俺は攻撃の手を休めない。

 何だか良く分からない内に、斬られそうになっていたのだ。

 ここで仕留めなくては、次でやられる危険性がある。【不屈の執念】などの保険はもうないのだ。その思いが、俺から人の形をしたものへの情を奪った。


「〝彼の者に強き力を与えよ〟『筋力付加』〝彼の者に更なる力を与えよ〟『筋力重加』」


 付加魔法の掛け直しが煩わしいが、+40%を捨てるのもな。幸い俺は『偽腕』を動かしているだけ。やってできないことは無いんだから、火力は維持すべきだ。中級MPポーションを踏み砕きながら、俺は男から視線を外さない。



 男は何度か離脱を試みた様子だが、そのたびに黒剣が邪魔をする。


 それはさながら、剣の檻だった。

 前後左右から間断なく振るわれる大量の剣。

 そしてその数は、俺が新たな『偽腕』を念じるたびに増えて、強固なものへと変わっていく。

 逃がさない。絶対に、逃がさない。


 それはさながら、そう……



 ……リンチだった。



 容赦のない剣撃をその身に受けるたびに『千怨神樹』が吹っ飛びかけ、それを別の剣撃が捉えて禍々しき檻の中へと閉じ込める。まるで狭い容器のなかでボールが跳ね回るように、男は自らの意思とは関係なく、休むことなど許されずに踊っていた。その軽装はとっくにボロ切れのようになり、手足はあらぬ方向に曲がり、体中から紫の液体を噴き散らしている。


 それでも唯一壊れないのは、木の仮面。

『千怨神樹』のHPゲージがゆっくりとした速度で、しかし容赦なく削られていく。〝血色の瘴気〟による削りダメージが、思いのほか効果的だな。やはりこいつ、防御力が異常すぎるのか。


 止まることを知らないその減りは、五本あったゲージを着実に喰い尽し、


「ッッとりゃあ!!」


 俺の渾身の連撃は遂に、『千怨神樹』のHPを0にした……

 その次の瞬間。


 ――パァァァ――


『千怨神樹』の足元に、緑の魔法陣が出現する。


 そこから緑光の柱が立ち昇り、さっきまでぼろきれのようだった男は……なんと、満タンまでHPを回復しやがった。

 な、なんつー理不尽な。


「め、めんどくせぇぇぇぇ!?」


 しかしそれでも、リンチからは逃れられない『千怨神樹』なんだが。油断せずに攻撃続けといて良かった。

 俺は結局、最初からボコり直す羽目になった。


 そして、どのくらいの時間が経ったのだろうか。


 バキッ、と一際派手な音を立てて、『千怨神樹』の最後の砦だった仮面が砕けた。


『偽腕』を操りながら確認する。


「……終わった、か」


『千怨神樹』のHPは、完全に0になっていた。

 また復活とかは……無いよな? 無いよな? ……うん、無い。


 ……手間、掛けさせやがって。


 俺は最後に、全ての『偽腕』で思いっきり剣を打ち降ろす。



 ドッゴォォォオオンッッッ!!



 轟音を立てて『千怨神樹』が鈍色の床にめり込み、周囲にクレーターを作って沈黙する。


 見るも無残なそれはやがて淡く発光し始め、光の粒子となって散っていった……


「――ふぅぅ。

 なんか、思ってたのと違う……」




 その後。

 何故か俺の前にホログラムのような映像が現れ、『千怨神樹』の追憶のようなもの見せられた。


 要約すると『千怨神樹』元々人間で、モンスターの呪いによって樹のモンスターになってしまったんだと。そして長い年月をかけて神と呼ばれるような力を得て、やがて人間の願いを、呪いつきで叶えてやり始めた。しかしその一方で僅かに残った理性は、解放を望んでいた。自分の元に来て願いを言わない人間になら、自分は打ち倒されても良いと決めていた……的な感じ。


 興味無さ過ぎてほとんど聞いてなかったけど、多分、こんな感じ。


『汝は我を解放してくれた。ありがとう、本当にありがとう……』


 そんな台詞が何処からか聞こえてきて、フィールド中を反響して消えた。


 俺はなんとも、微妙な気持ちになる。

 ありがとう、ってなぁ……

 あの倒し方で、本当に良かったんだろうか? まぁ本人が感謝してるんならいいんだけどさ。


『ポーン』


 メニューを見ると、レベルが上がっていた。74だ。

 あっ、ちなみに『千怨神樹』のレベルは85だった。


 そしてもう一つ。称号を獲得した。



 "神樹を救いし者"


 HP/MPポーションの効果上昇

 固有スキル【神樹の癒し】


【神樹の癒し】PS


 自身のHPが0になった場合、戦闘中に1回のみ残存HP100%の状態で"復活"する

 この効果が発動した戦闘で"死に戻り"を行った場合、強制的にレベルが3つ下がる



 これは……、おぉ。

 "復讐者"コンボ使うのに、『蘇生石』いらずだな。わざわざ"復活"って書いてあると言うことは、【狂蝕の烈攻】の制限に引っ掛からない可能性も高いし。そうすると、心おきなく瘴気が纏える。

 デメリットも、死ななきゃいいもんな。


 いやしかし……うむ。うーん?

 ……なんだろうこの、便利は便利なはずだし、タイミング的にも凄く嬉しいはずなのに、イマイチ乗り切れない感じは。

 このスキルは多分、『千怨神樹』がワンモアチャンスしやがった能力を引き継いだものなんだろうが……


 ……ああ、そうか。

 あまりにも、本家の使いどころが残念すぎたからか……


「はぁ」


 コキコキと、首を鳴らす。


 長いこと限界まで集中していたため、眩暈がするな……あと、キーンという耳鳴り。


 ふと目を上げると、フィールドの中央には転移魔法陣があった。あれで帰れるってことね。


 歩きかけて、頭にズキンと痛みが走る。


 ズキズキズキズキズキ。


「あいたたた……」


 あー、うん。無理は良くないな。

 ちょっとここで休憩してから、狩りを再開しよっと。


 よっこらしょと座りこむと、唐突に襲ってくる眠気。


 ……馬鹿な、VRだぞ!? この程度耐えられる……はず……

 しかし眠気は一向に去る気配が無く、むしろ強まってきている。


 くっ……いや、無理は良くない良くない。

『千怨神樹』を屠るため最終的に、26本の『偽腕』を振り続けていた訳だしな。火事場の馬鹿力という奴か、全ての『偽腕』を完璧に制御できていた。

 そうだな。ちょっとだけ、寝ておこうっと……


 ドサ。


 ……すぅ。




「「「局長が手塩にかけて調整した『千怨神樹』逝ったぁぁぁぁぁあああああああ!?」」」

「だから人型はやめようって……」

「いやでも、ただでかくても的になるだけっすよ」

「自慢の速さも全く生かせませんでしたね」


「フハハハ……オウッフ」

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