第百十七話 サバイバルのお話②
「うっ、頭がくらくらする……やっぱ転移は慣れな――――おお、ここが三叉神樹の森かぁ! 凄いね、フィーアちゃん! ほらみて、木が光ってるよ!」
「……そーね、ったく。ミカエルはもうちょっと緊張感を持ちなさいよ。ここは難易度『ヘル』モードなのよ? 馬鹿面してると痛い目に合うんだから!」
「う……はーい」
なにやら金色の装備に身を包んだ、茶髪に金眼の男と、赤っぽい茶髪をツインテールにして槍を持った女の二人組だ。
というか、『なんちゃらの勇者』ミカエルと『戦乙女』フィーアのコンビだった。闘技場であった時も一緒に居たから、女の方にもそれなりに面識がある。
俺を合わせて、合計3人。
これが、『ヘル』モードに参加するプレイヤー……なのか? 流石に少なくない?
しばし考え、メニューを弄ってみると、難易度別の参加者数が出た。えーと、『ヘル』の参加者は……86人か。レベル制限なく、誰でも参加できるらしいからな。こんなもんなのか?
とにかく、何人かのグループで同じ場所に転送されたと。
転送条件は分からんが、まぁ、知ってる顔があるってのは良いこと……でもなさそうかな。
と、考えてるうちに参加者数の隣にあった『生存者数』の数がピチューンと減った。現在の生存者、42人。
……開始から十数分で半数以下か。やはり、気を引き締めたほうがよさそうだな。
オルトスさんとかも来てるのかね? ヤタガラス辺りは性格的に来てそうだけど。
そして、広場はセーフティエリアになっているということが分かった。同じような広場が、森の中にはいくつもあるようだな。とりあえず確実に安全を確保できる場所があるというのは、安心できる。
他、寝る場所は拡張インベントリ(フィールド内でのみ追加されるインベントリの枠。今回はかなり多く、100枠)に入っていた運営からの支給アイテム『寝袋』で大丈夫だろうし、食料も『携帯食料』、飲み物も『水』が入っていた。ただし数は最低限……ギリギリに切りつめても、二泊三日過ごすには足りないかもしれないな。サバイバルらしく、自分でなんとかしろってことか。
……ふぅ。そろそろ、確認ばっかしてても始まらないか。
じゃあいっちょ、広場を出てモンスターを……
と、剣をぶん回して気合いを入れていた俺の背中に声がかかる。
……いやまぁ、誰の声ってのは分かりきってるんだけど。
「師匠! そこにいるのは師匠じゃないですか!」
手を挙げながら近づいてくるミカエル。
うん、気付くの遅いな。そしてそのまま気付かずにいて欲しかった。
「誰が誰の師匠だよ」
一応振り向いて、突っ込みをいれてやる。
「クノさんが、僕の師匠ですが?」
「何その当たり前みたいな顔。俺は弟子をとった覚えは無いぞ」
ミカエルの隣に居る、勝ち気そうな顔立ちの少女の方を見やる。
『戦乙女』フィーア。『IWO』でも名の知れたプレイヤーであり、またミカエルの保護者としても名が知れている……らしい。フレイから聞いただけだけど。
「えっと……この前会った時に、ミカエルが『弟子にしてください』って言って、クノさんが『闘技場で会ったら稽古つけてやる』と言ったじゃないですか。ミカエルったら、それでクノさんの事を師匠師匠って言ってるんですよ」
「稽古って、そういう意味で言ったんじゃ……ああいや、俺の言動が迂闊だったか」
察したフィーアが説明をしてくれる。
……面倒になって、適当に返事をするんじゃなかった。
「師匠は顔色一つ変えませんでしたし、内心そこまで嫌じゃないんでしょう? ふっふっふ。まぁ確かに、僕ほどの強いプレイヤーとなると、もはや対戦できるだけでも……」
「なぁ、フィーアさん」
「フィーアでいいですよ」
「じゃあフィーア。あいつって、いつもあんなに人の話を聞かないのか?」
「……まぁ、そうですね。そして、凄いナルシストです。あ、でも、悪い子じゃないんですよ? それは本当です。基本的に優しいし、私のことを色々気にかけてくれるし……」
フィーアが頬に手を当てて話始めるが、止まる気配が無い。
何こいつら。揃いも揃って人の話が聞けないのかよ。
もう面倒なので行こうかと思っていると、ミカエルが急に叫び出した。
「そうだ師匠! 僕達と一緒に、サバイバルをしてくれませんか!」
「ヤダよ。お前等面倒そうだし」
俺は一人で気楽に、モンスターを倒したりモンスターを倒したり、モンスターを倒したりするんだよ。
こいつらみたいな足手まといを連れて狩りをするのは、まっぴらごめんなのだ。
「僕といるとお得ですよ? なんたって勇者ですし!」
「そうか。ちなみに俺は魔王なんだ」
「……」
無言で微妙そうな顔をするフィーア。
「……フィーア。冗談だから、そんな引かないでくれ」
「……あ、いえ。どう受け取ったらいいのかわかんなくって」
「それは俺が冗談でなく魔王に見えるという意味か?」
まぁ確かに、格好的にはそうかもしれんが。
「えっと、そのぉ……違うんですか?」
「ちげぇよ」
なんでそんなに疑わしそうに聞くんだよ。
誰がラスボスか。
「……本人に自覚はあんまりないんですね……」
「何か言ったか」
「いえ、なんでも」
「――――……それに僕は、今回のイベントの商品である『エクスカリバー』を手に入れ、更にパワーアップしてフィーアちゃんに相応しい強い男に……あれ、聞いてます?」
「「いや、全然」」
「ひっどい!?」
……んー。こいつら、本当にどうしよう。放って置いたらついてきそうだしなぁ。
その状態で戦闘に入りたくはない。不確定要素というのは、戦闘では常に命取りになるし。連携の確認もできていないやつらと一緒に戦う訳にはいかないのだ。
もう、無視してぶっちぎるか? いやでも、またどっかで遭遇する可能性もなきにしもあらずだし……そういう後顧の憂いはサバイバルを楽しむ上で、できるだけ無くしておきたい。
ここはもう、はっきりと言っちゃうか。
「おい、ミカエル」
「なんですか、師匠」
「俺がお前たちを連れていきたくないのには、二つ理由がある」
「というと?」
「一つ目は、面倒くさいから。
そしてもう一つは、お前らが足手まといにしかならないからだ。
はっきり言って、凄い邪魔。だからついてくるな」
びしっ、と指を突きつけて言う俺。
ここまで言えば、諦め――――
「よろしい、ならば決闘だぁ!」
――――てないっ!?
ミカエルが逆に指を指し返してきやがる。
「何、決闘って。てか、闘技場でさんざんやったろうが。見苦しいぞ」
「ふっふっふ。師匠、僕はあの時の僕とは違うんですよ。なぜなら今の僕には……フィーアちゃんが居る! 二対一での決闘を挑みます!」
「ふえっ!?」
がし、と肩を掴まれたフィーアも驚いている。
というか、決闘って二対一じゃあ……ああ、チーム戦のモードもあったか。
「あの、ミカエル? 流石にそれは卑怯と言うか、それでいいの?」
「大丈夫。僕達二人で師匠に勝てれば、師匠は僕達を認めざるを得ない。僕たち二人なら、無敵だ!」
拳を突き上げるミカエル。
「……つまり、二人一組として戦力に数えて欲しい、という訳だそうです」
「えぇ……いや、でもなぁ」
「やはり、駄目、ですか。二対一というのは……」
「いやいや、そこじゃなくて」
俺が渋っているのは、そもそも。
「二対一で勝てるとか、どうして思ったんだ?」
――――
『三叉神樹の森』のとある広場にて。
二人のプレイヤーが、一人のプレイヤーに対峙していた。
人数的に有利なはずの二人の顔には、余裕はなく、圧倒的な巨悪に立ち向かう正義の味方のような面構えをしていた。
「そんな睨むなよ……」
「気迫で負けていては、勝負には勝てませんから!」
「やるからには全力、です」
俺と、ミカエル&フィーアの間に浮くカウントダウンの数字が徐々に減っていく。
そしてそれが0になった瞬間。
「【クロックアップ】【光斬剣】!」
「【ハイステップ】!」
ミカエルとフィーアはほぼ同時に飛び出して距離を詰めてきた。
しかし、【クロックアップ】というスキルのお陰かミカエルが先行しているな。最初から金色の光に包まれた剣も使ってるし、全力だな。……ぶっちゃけ、前に闘技場で戦った時と同じではあるが。
「【異形の偽腕】【惨劇の茜攻】【覚悟の一撃】
〝彼の者に強き力を与えよ〟『筋力付加』〝彼の者に更なる力を与えよ〟『筋力重加』」
赤黒い瘴気が発生し、俺を取り巻き周囲に漏れ出していく。こいつらに『蘇生石』はもったいない。
円形に出現した八本の『偽腕』からも発生し、そしてそれが持つ剣にも纏わりつく”血色の瘴気”は、俺のお気に入りである。付加魔法を唱え終わると、ぱっと薄く発光する。
しかしそろそろ、開幕に使用する効果も多くなってきたな。
スキルの方はかなりの早口で言っているので、周囲にはそれと聞こえないかもしれない。もういっそ、思考発動できりゃいいのに。ちなみに、スキル名を発声するのはシステム的なアシストがあるらしく、あり得ない速度で音が紡がれる。
カリンが言うには、『魔法』の詠唱には素でそんなアシストはないとか。そこらへんは専用のスキルが必要だそうだ。
よって俺は『筋力付加』と『筋力重加』の詠唱に、少しだけ時間を取る。時間にして二つで3秒程。支援系の魔法は詠唱も短いという話だが、それでもPvPでは命取りになる長さだ…………まぁ、普通なら。
俺の場合は『偽腕』で基本的に安全確保ができるため、詠唱くらい余裕なんだがな。『偽腕』の操作可能タイミングの広さには目を見張るものがある。基本的に、意識をそっちに向けさえすれば、本体が何やってても動かせるという感じだし。
「さて」
「おぉぉおおお!! 『ホーリースラッシュ』!」
すでに間合いに入っていたミカエルが、まるで意味のない牽制のような攻撃の後、白と金の光を纏って煌めく剣を大きく振るう。
展開した『偽腕』の外からの攻撃だが、俺の【斬駆】のように剣身が伸びているため本体に届くと踏んだのだろう。
気合いが入っていることは認めるが……
「圧倒的に、攻撃力が足りない」
「がぁっ!?」
ヒュオン、と『偽腕』が軽く剣を振るうと、それだけで数メートル吹っ飛んでいくミカエル。
前にやった時は【特化型付加魔法】は無かったからな。なかなか俺もパワーアップしているだろう? 黒剣も十本扱えるようになって、迎撃性能もアップしたし。
とはいえミカエルも剣でガードしたらしく、HPは二割も削れていないが……やっぱこいつ、地味に固いよな。なんか防御系のスキルを強化したとか言ってたし。
「はぁっ!」
吹っ飛んでいくミカエルと入れ違いに、フィーアが槍を突き出してくる。
こちらはミカエルのように『アーツ』と”チェイン”(アーツを連続で繋げること)のゴリ押しではなく、セオリー通り『アーツ』はあまり使わないようだ。
動きもなかなか洗練されていて、ヒットアンドウェイでうまく『偽腕』の攻撃範囲から逃れながらこちらの攻撃をかわしている。
ミカエルもこうやって、もっと回避を大事にすればいいのに。
なまじ武器やスキルの性能がいいだけに、プレイヤースキルが”チェイン”に偏ってるんだよなぁ。
「『ホーリーシュート』!!」
そしてそのミカエルはというと、どうやら後衛に回ったらしい。
フィーアの後ろから光のレーザーを次々と飛ばしてくるが、俺の『偽腕』の性能を侮らないでほしい。全て撃ち落として、なおかつフィーアもいなせるくらいの余裕はあるんだよ。前面の四つで十分だ。
更に言うなら、俺自身はまだ何もしてないし。
「くっ! 全然近づけない」
「そりゃな。何本腕があると思ってんだ」
「そういう問題でもない気がするわよ!?
……っ、はぁ、攻撃が速い、正確すぎる……これが、魔王の実力……!」
「このくらいで全力と思われるのも――――心外なんだが」
「――――!」
右手に持った『黒蓮』を、フィーアの回避タイミングに合わせて投擲。
かろうじて槍で防がれたが、気にせず左も投擲。今度は完全に槍に狙いを付けて、全力で。
「ぐぅ、あぁ!? ――――【ハイステップ】!!」
堪らず彼女の槍がその手から吹き飛ぶ。
まぁ、投擲の衝撃だけでも多分ダンプ並みの威力だしな。
しかし、すぐに飛びのいたのは良い判断とは言えないなぁ。
地面から足を離してしまったフィーアに向かって、俺は背面の『偽腕』から黒剣を続けざまに二本投擲する。
ザシュ、ザシュ
二本の剣があっさりと、無防備な彼女の身体を貫き――――それでも勢いが止まらずにその後ろ、ミカエルの元へと迫る。
「くそっ! 【ハイステップ】!」
流石にミカエルに投擲は避けられてしまったが、まぁいい。とりあえず、一人だ。
しっかし、このくらいでいちいちスキル使ってんなよ……
「フィーアちゃん!」
ミカエルの悲痛な叫びが聞こえる。
HPを一瞬にして0にされたフィーアは、その場で光の粒子へと還元され、決闘フィールドの外へと再構築された。
ドサリ、と膝から崩れ落ちるとお腹を抑えている。……どてっ腹貫通は女の子には刺激が強すぎたか。なんかカリンにも同じようなことやった気がするけど。
しかしまぁ、予想通り決闘での死は失格にならなかったようでなにより……っと。
「クノォォォォオ!! よくも、よくもォォォォオオ!!」
怒りに燃えるミカエルの姿が陽炎のようにぶれて、消えた。
そんな激昂するなら、自分が彼女の盾として機能すればよかったのに。
せっかく無駄に固いのに、勿体ない。なんであそこで支援射撃を選んじゃったかなぁ。
「ぁぁあああ!!」
鋭く声を上げるミカエル。次に現れた時には、俺の懐にまで入ってきていた。
高速移動ってずるいよな。ただの移動だから【危機察知】にも引っかからないし。
「っと」
ガキンッ
低い姿勢から剣を突き出してくるミカエル。
それを呼び戻した黒剣で弾き、ついでに彼の足を払う。
「あんまし基本スペックだけに頼りすぎんなって」
「のっ! ……ひぃッ!?」
ふわっと体を泳がせたミカエルと、一瞬至近距離で目を合わせる。
彼はまるで死神でも見たように青ざめ、そして距離を取ろうとしたのか、不安定なまま地面を力いっぱい蹴りつけ――――
「【バーストエッジ】」
――――る前に、俺の剣から発生した強烈な爆風によって、その身体は宙を舞った。
今度は剣で防ぐ暇もなかったのか、HPはごっそりと減って危険域を示している。
驚愕に染まった彼の顔を視界にとらえながら、俺はおもむろに剣を振りかぶり、
「【斬駆】」
金色の勇者様のHPを、刈り取るのだった。
勇者に指導をしてあげる話……のつもりだったのに。どうしてこうなった
オルトスさんも多分来てる。しかし今回は出番無しです。
ちなみにサバイバル編はまたの名を、主人公強化編……この意味が、分かるな?