第閑話 続・『人類最強』の特訓のお話
「くっ……違う、まだこんなもんじゃない……」
第四の街『ホーサ』の北フィールド。
その奥地にて、一人の男が分厚い剣を構えてモンスターと対峙していた。
――――いや、否。毛むくじゃらの鬼や鎧を着た鳥が、徒党を為してわらわらと男に襲いかかっていた。彼はそれを、ひたすらに剣で耐え続けていたのだ。
男がモンスターの攻撃をガードすると、十回中七回くらいの割合でパシィ! と青い光が剣から漏れ出していた。彼はそれと同時に満足そうに頷き、そしてその感覚を確かめるようにすぐさま次の攻撃を受ける。
男の名前はオルトス。
『堅牢不落』にして『人類最強』。
最大手ギルド『グロリアス』の、ギルドマスターだ。
ちなみに持っている武器は『壁大剣』という特殊武器で、防御に秀でた少し変わり種の得物である。
そんなトッププレイヤーの彼が、一人でフィールドに出て何をやっているかと言うと……
「とぉ!! やぁ!! ――――っぁあぁあー、しかしムズイな。
【ジャストガード】ったって、もっとシステム的なアシストはねぇのかよ……」
とあるイベントで入手したスキル、タイミング良く相手の攻撃をガードすることでダメージを0にする【ジャストガード】を使いこなすべく、特訓に励んでいたのだった。
『IWO』には多種多様なスキルがある。誰にでも使えるようなスキルや、システムのアシストが強いスキルもある半面、プレイヤースキルを磨かないとどうしようも無いような、玄人向けスキルもゴロゴロしているのだ。そんなスキルの一つを自分の物にすべく、オルトスは頑張っているという訳だった。
彼は愚痴りながらも、しかし集中は切らさずにモンスターの攻撃を受け続ける。
――――もっと相手の攻撃をよく見て。もっと相手の呼吸に合わせて。動きを読んで、最良のタイミングで剣を当てるのだ。必要なのは、全てを弾き無効化する、絶対的な盾のイメージ。
かの有名な『壊尽の魔王』の攻撃を受けるには、まだまだこんなもんじゃ足りねぇんだ――――
思いだされるのは、つい最近行われたPvPトーナメントでの決勝試合。
そこでオルトスは、あるプレイヤーに敗北しているのだ。
できることは全てやった。高価なアイテムも使ったし、切り札的スキルも連発した。正に全身全霊をかけて、彼に挑んだのだ。しかし結果は、惨敗とは言わないものの、納得できるものではなかった。
故にオルトスは、特訓をしている。
自分が納得できる結果に持っていけるかもしれない、そんな可能性を一つのスキルに見出して、攻略すら放りだしてスキルの習熟に明けくれているのだ。
だがしかし、こうして彼が特訓をするのにも問題があった。
彼が居なかったせいで、『グロリアス』の一軍パーティーは第四のボス『マドリーデム』に、初見では敗北を喫してしまったらしい。
しかもその後、少数精鋭を旨とし、規模は最低限ながらも実力的には『IWO』のナンバー2を誇る『花鳥風月』というギルドが、マドリーデムを突破したというのだ。
これまで常に一番に各エリアのボスを打倒してきた『グロリアス』が遅れをとったとして、掲示板やギルド内部ではちょっとした騒ぎになっているらしい。
この状況を見て、オルトスは苦悩した。
自分はギルドマスターとしてギルドのメンバーを引っ張っていく立場だ。そして同時に、メンバーを満足させなくてはいけない。これは上に立つ者の義務であり、下の者の期待に応えなくてはギルドマスター失格だと考えている。この場合は、『グロリアス』が『IWO』においてトップのギルドであるという自負。それを、メンバーに失わせてはいけない。
しかしそうした責任感がある一方で、オルトスもまた、一人のプレイヤーだ。
超えるべき壁を見つけた事で、今はそれに向けて一身に突き進みたいという欲求もあった。
要するに、ギルドマスターとしての自分を優先させるか、個人としての自分を優先させるかで大いに悩んだのだ。
それはもう、悩みまくった。
そうして丸一日ほど無駄に頭を抱えて時間を無駄にしていた所、ギルドのサブマスターであるニノンに、こう言われたのだ。
「あなたは少し、考え過ぎですね。頭が固いのではないですか?」
オルトスの執務室……と言う名の一軍メンバーの溜まり場にやってくるなり、ニノンは青髪を揺らして眼鏡をくいっと押し上げた。
「頭が固い?」
「ええ、そうです。オヤジくさいとも言いますね。わからずやの頑固オヤジでも可」
「ちょ、ニノン……そりゃねぇだろ」
情けなく声を上げるオルトスに、彼女はずいっと近づいた。
ざっ、と反射的に距離をとるオルトス。例え慣れ親しんだニノンといえどもこういう反応をするあたり、本当に顔に似合わず女性に免疫が無い。
「あなたは、『グロリアス』のギルドマスターです」
「まぁ、そうだな」
「そして私は、サブマスターです」
「……それが、どうしたってんだ?」
訝しげに尋ねるオルトス。
「私の役割は、あなたの補佐……および、代理です。
つまり、何が言いたいかというとですね。あなたは一人で、抱え込み過ぎだと思います。ギルドマスターだからって、なんでもかんでも一人で背負いこまなくてはいけない訳ではないんですよ? でなくては、私のいる意味がないじゃないですか。あなたも、一人のプレイヤーなんです。
ゲームなんですから、気楽に。
自分のやりたいことを、おやりになってください」
キラン、と眼鏡を反射させながら頼もしく言い切る彼女に、オルトスは心打たれた。
そしていつの間にかニノンの後ろに揃っていた一軍パーティーのメンバー達。
「まぁ~ね~。自分のやりたいことやるのが一番だよね~」
「幸い、ニノンさんは優秀ですしね。わたくしとしてはそれよりも、このギルド全体をもう少し引き締めねばならないと思いますわ」
「あー、それは同意っす。なんつーか、ギルドの名前だけ笠に着て、無駄に偉ぶりたいだけの奴とかいるっすよね」
「そーそー。またクノさんに活を入れてもらうー?」
「いえ、それもどうかとは思いますが……」
「全体的に、もちっと向上心がほすうぃよねー。なんだかんだで一軍メンバー固定されてるしにゃあ。今度ギルド内でランキング制度とか導入しようぜ。僕も前やってたし」
「あら、それは良い考えですわね」
わいわいと、ギルドのことを考えて話だす彼らを見て、オルトスは不覚にも泣きそうになった。
そうだ、自分は一人じゃないんだと、改めて思い知らされたのだ。
「と、いう訳です。マスターはしばらく、やりたいことをなさってください。
かの魔王に、リベンジをするのでしょう?」
「……ああ」
「あなた一人に頼っているようでは、いけませんからね。丁度いいです。どこぞなりと行ってきて……強くなって、戻って来てください。そんなあなたに負けないくらい、私達も成長して見せますから」
「……ああ。ああ!」
と。
そんな訳でオルトスは、しばらくギルドにも帰らずに、一人特訓合宿を行うことになったのだった。
ちなみに当初の彼はそこまで根を詰めてやるつもりはなかったのだが、ギルドの雰囲気的に居残れる感じでもなく、半ば追い出されるようにギルドホームを去ったという。そんな締まらないところも彼らしいと、青髪の少女は微笑んでいたのだが、それはまた別のお話。
―――
「せいっ! ふん!」
ピキィン、ピキィン! と剣から青い光が発せられる。もうこの辺りのモンスターに対しても、ほぼ100%と言っていいほど【ジャストガード】が発動していた。元々の防御力も相まって、今ではHPゲージが減ることはほとんどなかった。ソロでモンスターを相手にしているのに、だ。その姿はどこか……魔王と呼ばれるプレイヤーを彷彿とさせるものだった。
極限まで集中を高めて、モンスターの攻撃を完璧にいなしていく。
また色々な攻撃に対応するため、レベル帯が下のフィールドにも足を運び、攻撃を受け続けた。
そんな日々が続き、そして特訓合宿を初めて数日たったある日。
『ポーン』と電子音が鳴り響き、それを確認するために彼は一旦戦闘を切り上げることにした。防御しかしていなかった戦闘に攻撃を加え始め、そして少し時間をかけてモンスターを一掃し終えた。
「さーて、なんだろなぁ。レベルアップか、はたまたスキルの上位変化か」
オルトス的には、後者の期待が高かった。【ジャストガード】の上位変化を狙っているのだ。
しかし、今回はそのどちらでもなく、
『称号〝ジャストガードナー〟を取得しました』
〝ジャストガードナー〟
【ジャストガード】の効果によりダメージを無効化した場合、ガードによるスタミナを消費しなくなる
「……へへっ。こりゃあいいものを手に入れたな」
ガードによるスタミナ減少は、オルトス程の高いVitを持ってしてもなかなか難しい問題となっていた。そのせいで戦闘をぶっ通しで行うという訳にもいかずに、だいたい30分間隔でオルトスはモンスターを倒しきって休憩を取っていたのだ。
しかし、この称号の効果があればもっと効率的な特訓ができる。
「よっしゃああ! 燃えてきたぜぇええええ!!」
うおー! と気合いを入れて叫ぶオルトス――――というか、これ自体が【ハウリング】というモンスターの注意を集めるスキルだった。周囲の非戦闘状態のモンスターを呼び寄せられるという効果も持つ。
そしてぱらぱらと集まってきたモンスターに向かって大剣の切っ先を向け、オルトスは走りだしたのだった。
彼の戦いは、続く。残虐なる魔王を倒す、その日まで!
攻撃をガードする→同時にスタミナ切れでぶっ倒れる
というフラグを知らずのうちに回避した人類最強。やったね。