第百十一話 死に戻りの報酬のお話
1月10日、月曜日。
長いようで短かった冬休みが終わり、今日からまた学校だ。
……まぁ短く感じた要因は、最後の方ずっと『IWO』に引き篭もって作業をしてたせいなんだろうけど。
冬休み明けだからと言って別段気合いを入れる訳でもなく、俺はごく普通にいつもの時間に学校に到着し、ごく普通に教室に入った。
いつもはあまり挨拶しないクラスメイトと、久々の顔だからかそれなりに「おはよう」を交わして着席。
そして鞄から教科書をだして授業の準備をしていると……
「おっはようございます~。もう、水臭いですねー九乃さん。挨拶なら真っ先に私にしてくれてもいいのに」
「ん、おはよう」
いつも通り、玲花が机にやって来た。
……のはいいんだが、なんか少し雰囲気変わったというか。
「あ、髪切った?」
「はい! 分かりますか!? 前髪を3mm程切って、全体的にちょこっと軽くしてみたんですよ!
どうです、似合ってますか?」
「あー、いいんじゃないか」
玲花は素材はいいからな。だいたいどんな格好しても似合う。
そして、どんなに適当に褒めようとも、
「えへへ~! そうですか~!! むっふっふ。
……しかし九乃さん、これに気付くとか女子か。観察力はあるのに朴念仁って……」
凄い喜ぶ。
なんだろうこの娘。流石にちょろ過ぎやしないかと、お兄さん心配だなぁ。
「あ、そういえば九乃さん。昨日までなんか凄いことやってたっぽいですね」
「えっ」
凄いこと……【死返し】の特訓くらいしか思いつかないが、
玲花にはおろか、誰にも言って無いはずなんだけどな。
「掲示板で見たんですけど、なんでもヤバいスキルの修行で北に籠ってたらしいじゃないですか。
私、連日九乃さんにほとんど会えなくておっかしいなーと思ってたんですよ~?」
「……あー、掲示板か。現代社会恐るべし」
そういえばそんなものもあった。
自分が利用しないからすっかり頭から抜け落ちていたな。
「ん? 何か?」
「いや、なんでもない……まぁ、ここ一週間くらいは結構早い時間にインして、ログアウトも遅かったからなぁ」
冬休みだからこそできた芸当である。遅寝早起き。
【死返し】のペナルティより早起きの方が数倍辛かったというのはこれいかに。
しかしもっと凄いのは、俺がどんなに早くログインしても居て、どんなにログアウトが遅くなってもギルドホームに居るエリザさんだろう。
……昼寝するとか言ってたし、生活リズムが凄いことになってるんだろうか。
「……くっ、起きる時間は遅いのに寝る時間は早いこの身体が恨めしい!」
「俺と真逆だったんだな」
「あ、その台詞なんかショックです」
「寝る時間はいいけど、起きる時間はちゃんとしないと今日から辛いぞ?」
「それはその通りなんですが、九乃さんに言われると釈然としないのです!」
「いや俺はほら……いざとなったら気合いでなんとかなるし」
「……否定できねぇです。
あ、そうだ。後、今日ログインする時はちょっと気を付けた方がいいかもですね」
「気合い」で納得して頂けるあたり、玲花も大分俺に慣れてきたな―と。
しかし、気をつけろとはどういうことなのか。
「いやー。私と同じように、エリザさんも掲示板で九乃さんのこと知りましたから。てか、一昨日皆で見ました。
そういう訳なので、九乃さんは愛しのエリザさんにちょこっとお説教をされるんじゃないかなー、と」
「……お説教か」
「あ、愛しのはスル―なんですね」
そういえば、この一週間エリザに随分心配されたからなぁ。
それを加速させないように、何を聞かれても曖昧な答え方をしていたのが仇となったか……
いやでも、あんな顔されたら「死にまくってます」なんて答えられないと言うか……しかも、死に方割とエグいし。
……まぁでも、説教されるほど想われていると考えると、悪い気はしないな。うん。
何事もポジティブに……ポジティブすぎるか?
「ふっ」
「なんで笑ってるんですか。
無表情なんでどういう感情の元に笑ったのか判別がつかない!」
―――
放課後。
『ポーン』
「……ん?」
『IWO』にログインして、真っ先に聞いたのは電子のお知らせ音だった。
いきなりなんだろうか? と怪訝に思いながらメニューを開くと、そこには
『称号〝復讐者〟を取得しました』
という文字が、ピカピカと光っていた。
おお、おおぅ!?
一瞬見間違いかと思い、二度見してしまった。
称号、またか。
ここ二週間くらいで、
〝ベルセルク〟〝機械仕掛けの精密攻撃〟〝耳栓の加護〟に続いて四つ目だぞ。
なんという称号ラッシュ……一応、武器スキルによる固定の称号以外の称号って、そうホイホイ手に入るものじゃないはずなんだけどなぁ。
確かβテスターであるカリンの所持称号が3つだったはず。対して俺は……今手に入れた〝復讐者〟と上の3つに加え、初期からお世話になっている〝非情の断頭者〟も持っている。
合計5つ……随分と運が良いもんだ。いや、この場合は行いが良いって言うのか。
さて、今回手に入れた称号の効果はこちら。
〝復讐者〟
自身のHPが0になってから25分間、
基礎Str/Int上昇+30%、与ダメージ1.35倍、被ダメージ2.5倍
シンプルで良い効果だ。
『IWO』のシステムは、こっちの欲しいようなものをどんぴしゃでくれるね。俺の場合火力が上がればなんでもいいんだけど。
ただ一つ欠点があるとすれば。
死に戻り前提のスキル、ってところかな。
……うん。欠点でかすぎんだろ。
25分の効果時間は一見長く思えるがその実、死に戻り後はデスペナルティで20分間全ステータス半減だから、まともに使えるのはペナルティを抜けた5分間のみだし。
というかそもそも、俺そんなに死に戻らないし……つい昨日まで四桁届くレベルで死に戻っておいてなんだが、普段は本当に死に戻らないのだ。そうならないように頑張ってる訳だし。
……つ、使い辛い。
これだけのためにいちいち死に戻るのも馬鹿らしいし。
なんだろう、【不屈の執念】の効果が、『HPが0になった時に、HPを1まで回復させる』みたいなのだったら万事解決だった気がするな。
”耐える”スキルではなく”復活する”スキルが欲しい今日この頃です。
……まぁでも、いくら俺が死なないとはいえ。
逆に言うと、死ぬほど強い相手には有効か。この先の敵に期待して、今は温存しときますかね。
メニューウインドウを閉じて、俺は腰かけていた質素なベッドから立ち上がる。
そういえば、個室の内装もそろそろ変えた方がいいのかね。
俺以外のメンバーは何かしらやってるみたいだし。
……あれか、やっぱり女の子だからか。
だとすると、俺は別にこのままでもいいかな。誰を招く訳でもないし、っと。
そんなことを考えながらギルドの一階に降りてきて、
カウンターの中のエリザと、ばっちり目が合った。
「こんにちは、クノ。今日はいい天気ね」
「そうだな」
確かに、真冬とは思えないカラッと晴れた日だった。
外に出ないエリザにはまったくもって関係ないことだと思うけど。
「何か失礼なことを考えていないかしら?」
「さぁ、気のせいじゃないか」
「そう、ならいいのだけれど。そんな感じの雰囲気だったから」
「雰囲気でそこまでわかんの!?」
何それ、もうどこの達人だよ。
「ええ、貴方のことだから。分かるように、努力したのよ」
「どういう努力なんだ一体」
不意にそんなことを言うエリザ。
やめてください照れてしまいます。顔には出ないけど。
「……でも、直接的な感情はなぜか分かり難いのよね。
何を考えているのか、みたいなのはこれまでの反応からしてなんとなく分かるのだけれど。そこでどんな感情なのか、までは読み取れないのよ。嬉しいのか、悲しいのか、はたまた照れていたりするのか……普通逆よね?」
「いや、俺に聞かれても困るし」
「もっと嬉しい時は嬉しそうな雰囲気を出してくれるかしら?」
「どうやって!?」
オーラ的なイメージなんだろうか。
「こう……オーラ的な」
合ってた。
じゃない、無理だろオーラとか。むしろそれが出来てたら苦労してないわ。
コミュニケーション全部オーラでゴリ押しするオーラマンにでもなってるわ。
「やっぱり色は黒かしらね」
「オーラの話かおい。黒一色だと結局感情伝わらないだろ」
「いえ、そんなことも無いわよ。動きで表現するのよ、気持ちを。いわば創作ダンスね」
「ごめん、創作ダンスで例えられても分からんわ」
「そうね。ごめんなさい、良く考えたら私もわからないわ。高校には行っていないから」
「じゃあなんで引き合いにだしたんだよ……」
「よく聞くじゃない。創作ダンスの授業は地獄だって」
「知らねぇよ」
そしてだからなんだよ。
……あれ、何の話だったっけ。
というか創作ダンスとか、オーラとか、それ以前にもっとエリザとの件で重要なことが有ったような……
あ、お説教。そうだ、玲花から言われてたんだ……けど……。
「高校に行っていなくて良かったことの一つね。人前で自作のダンスなんて冗談じゃないわ」
「中学ではなかったのか。てか、モノを創るのはよくてもダンスは嫌なんだな」
「あら、私は中学もほとんど無遅刻無出席よ?」
「へぇ、そうなん……いやおい、筋金入りだな。そりゃ無遅刻だろうよ出席してないんだから」
「卒業式にも出ていないわ!」
ふっ、とシニカルに笑うエリザ。
……お説教、なさそうだな。玲花のやつ、適当な事言いやがって。
「威張るな威張るな。
てかそれはそれとしてさ……こう、俺に対して怒ってたりとかしないか?」
でも後々の禍根が怖いので、自分から切り出す俺。
これで実は凄い怒ってて、愛想尽かされてました、じゃ洒落にならない。
……いや別に、それはそれで俺以外がハッピーエンドなんだろうけどさ。
……はぁ。
〝復讐者〟
取得条件:168時間以内に1100回以上HPが0となる
168時間=一週間経過後に出現
次回、第四のボス。思ったよりも文字数が多くなりそうなのが残念。