第百七話 初詣part2のお話
空気を読まないことに定評のある?彼女
エリザには一体、どんな秘密があるのか。
もっと質問を重ねようと、俺が口を開いたその矢先――――
「九乃さぁーーーーーん!! おっはようございまーす!!」
廊下の角から、ものすごい勢いで阿呆が突っ込んできた。
床に置いてあった掃除用具を蹴散らし(オイ)、俺目掛けて華麗にダイビングをする阿呆……というか、玲花さん。
「来てたなら起こしてくださいよー! 全く水くさぐぎゃっ!?」
いつものように飛びかかりをかわすと、柔らかい絨毯にびたんと着地する玲花。
毎回毎回、学習しないのだろうか。玲花のイメージがどんどん犬で固定されていく。
「……まったく、九乃さんは恥ずかしがり屋さんですねぇ。ハグなんてアメリカの友達同士じゃ日常茶飯事ですよ」
「ここは日本だし、アメリカでも飛びついたりはしねぇよ」
そんなんが日常茶飯事でたまるか。
「えー、良いじゃないですか。時代はこんなにグローバルなんですから。日本人はもっと積極的に人と抱き合うべきだと思います。ギブミー人肌ですよ」
「寒さで頭がやられたか?」
「酷い!?」
絨毯の上でよよよ、と泣き崩れる演技をする玲花は、今日も絶好調らしい。
なんてシリアスブレイカーなんだ……背後を振りかえりメイドさんの方を見ると、彼女は薄く笑って、
「お話の続きはありませんよ?
時に九乃様。清十郎様がプレゼントしましたゲームの調子は、いかがですか?」
なんて言って来た。
話が全然別の方向に行ってしまった……こればかりは恨むぞ玲花……
しかしこの雰囲気でもう一度蒸し返すのも無理なようだったので、おとなしく引きさがるか。
「まぁまぁかな。楽しんでやらせて貰ってるよ」
「そうですか……それではその調子で、頑張ってくださいね。九乃様には、期待しておりますから」
「……ん? 頑張って?」
「それでは私は業務に戻りますので。失礼します」
「あ、ちょっとま「九乃さん! 無視は酷くないですかね無視は!」
反射的に手を伸ばしかけたところを、後ろから玲花にのしかかられる。
やめなさい、はしたない……もう、この娘は。
その間に手早く道具を纏め、スタスタと歩いていってしまうメイドさん。あぁー。
もう一回チャンスを窺って聞いても……なにも喋ってくれないかなぁ。
てか、結局エリザが一人暮らししてる理由も聞けてないし。
うまくはぐらかされた感じだな。
聞けたのは、意味深すぎる「タイムリミット」って言葉か。
エリザも『時間が無い』みたいなことを言っていたし……
それじゃあまるで。
エリザが……
……死んでしまう、みたいじゃないか。
「……あのー、九乃さん? なんか怒ってますか?」
「……え? なんで?」
「いえ、今一瞬、雰囲気が凄い怖かったので。何て言うか……殺気を感じた、みたいな」
「……」
「まぁ、実際にそんなの感じたこととかないですけどー」なんて言って、ペロっと舌を出す玲花。
……いかんな。さすがにネガティブに考えすぎかもしれない。
真意のわからない言葉と言うものは、えてして負方向に受け取ってしまいがちだが、本当になにもわからないのならば、いい事か悪いことかの判断なんて付けてはいけないはずだ。
いずれ。
本当のことを話してもらえるように、頑張りますかね。
そういえばメイドさんは、『IWO』を”頑張れ”といっていた。”期待している”とも。
とりあえずは、その言葉に従ってみますか。ゲームを頑張れとか意味分からんが、とりあえず攻略を進めていけばいいのだろう。
「なぁ、玲花」
「はい? なんですか九乃さん」
「俺、もっと『IWO』頑張るよ」
「『IWO』頑張るってなんすか!? てかあれ以上頑張られると困るのですよー……」
「うし、早速明日からボス攻略に精をだしてみるかな!」
はりきって、いってみよう。
そんな俺の決意に水をさすように、玲花がおそるおそるといった感じで、言葉を発した。
「明日って、私とデートですよ」
「あ」
そういや、デートうんぬんとかあったな。
安易に一日彼氏とか言っちゃったんだった。
「まさか、忘れてました……?」
深淵から響くような、暗い暗い玲花の声。
「まっさかぁ……」
正直に言えば、エリザへの気持ちを自覚してしまった以上、
玲花とデートというのはどうなんだと思っている。
が、しかし。
しかしだ。
彼女のマリアナ海溝並みの深さに沈みきった声と、
「勿論覚えてるよ。明日はめいっぱい楽しませてやろう」
「ほ、ホントですか! やったぁ!!!」
俺が一言言うだけで、一瞬にしてマックスまで上がるテンションを目の当たりにすると、
いまさら無しにしてくれとはいえないのだった。
クリスマス会の時の俺は、なんて迂闊だったんだろう。テンションあがってたからか。
まぁでも、玲花は大切な友達だし。
今までも偶に遊びに行ってたりしたから、それの接待バージョンだと思えばいいか。うん。
――――
まぁ、デートうんぬんは一旦置いておいて。
今現在、俺は玲花の家の近くの大きな神社に来ている。
名前は、良く分からない。良く分からないが、やたらとでかくて参拝客も多いので、きっと有名な神社なのだろうな。
一緒に居るのは、玲花、清十郎さん、理恵さんを除くメイドさん姉妹の五人。
しかし、清十郎さんは凄いな。
メイドさんに囲まれた彼が歩くだけで、人の波がざざっと割れていく。モーゼかと。
あと、メイドさんを侍らすなと。
奥さんいるのに、メイドと腕組んで歩くってどうなんだろう……
ジト目(当社比)で見ていると、こそっと玲花が教えてくれる。
「お父さんは、お母さん公認でメイドさんとああいうことをしてるんですよー」
「……まじか」
玲花のお母さん、懐広すぎだろ。
「お母さん曰く、どうせお父さんなんか真面目に相手にはされないからって。むしろメイドさん達に、お父さんを労わるように指示をだしてます」
前言撤回。
ちょっと目頭が熱くなってきた気がする。
清十郎さんとメイドさん……一体どういう関係なんだろう……
そういわれてみると、清十郎さんはちょっと浮かれているようだが、両脇の理呼さんと理莉さんはあくまで自然体だ。腕を取っている以外は、全くもって普通に歩いている。
清十郎さん……
「お父さん……」
玲花まで残念そうな声を出す。
親の威厳とかいろいろ、大丈夫なんだろうか。
あんな大人にはならないようにしようと、少し失礼なことを決意した俺だった。
「……あ、九乃さん。そういえばお昼食べました?」
「いや、まだだが」
「そうですか。じゃあ、たこ焼き食べましょう、たこ焼き! 私もう、お腹がペコリーナなのですよ」
「あー、そうだな。じゃあちょっと、買って来る」
「はい! 私はお父さんに、しばらく自由時間だっていってきますね!」
さっ、と懐から財布を取り出し、それを俺に放る玲花。
何この娘、不用心すぎる……
「ちょ、財布ごと渡すなよ。てか、自由時間って、むしろ清十郎さんを自由にさせていいのかという気はしないでもないが……って、ああ行きやがった」
たたっ、と清十郎さんが通った後の人混みに紛れていく玲花。
はぐれ……はしないか。たこ焼き屋のところで待ときゃいいな。
俺は、灯波神社には絶対に出張してこないたこ焼きの屋台にむかって歩みを進め、赤ら顔のおっさんからたこ焼きを二パック買ってその辺で待機。
玲花の分も自分の財布から出した。まぁ、男だし。
”臨時収入”もたっぷり入ったばっかりだし、な。
そして待つこと一分ほど……人を掻きわけ、栗色のふわふわとした頭がこちらに向かって来た。
「うひゃー、お父さんから離れた途端これですよ全く……人が多いのですねぇ」
「玲花、若干着物乱れてる」
「おっとと」
俺が指摘すると、あわてて着物を直す玲花。
言い忘れていたが彼女は今、桜色の地に梅の花が咲くあでやかな着物姿だ。
なかなかに似合っている。似合っているが、初詣に出る前に散々褒めさせられたのは少しうんざりした。どんだけ着物好きなんだってくらいテンション高かったし。
いや、今も高いけど。
「はいよ」
「有難うございますー」
たこ焼きと財布を玲花に渡す。
「ちゃんとお金、私のとこから出しました?」
「いや。普通に俺が買ったけど」
「……いや、嬉しいんですけども……九乃さんはいつもそうですよねー」
「そう、って?」
「いや、俺は男だから、とかいってなんだかんだで奢ってくれるじゃないですか。でも私としては思う訳ですよ。そんなに男だって言うのなら、その…………」
玲花がなにか言うが、声が小さすぎて雑踏にまぎれてしまう。
そして、俺が困っているうちに「んー、よしっ!」などと一人で勝手になにかをふっ切ってしまった。
いや、別にいいんだけどさ。
なにはともあれ、たこ焼き屋の前は混んでいる。
どこかに移動してから食べようということになって、俺と玲花は本殿の脇にある木のベンチ……の付近に来てみた。ベンチは勿論、とっくに埋まっていたのです。
「ふー、ふー……はふはふ……あふい、あふいへすほほのはん」
「何言ってるかわからん」
「はふ、はふっ!?」
「口の中綺麗にしてから喋りなさい!」
「……はひ」
そうやって騒がしく正月を楽しんでいると、
ふと頭をよぎるのは、玲花には悪いがそれでもやっぱりエリザのこと。
例えば彼女も、この場にいたら良かったのにな……なんて。
来年もし機会があるのなら、もういっそおぶってでも連れてきていいかもしれない。
貧弱なエリザさんには、困ったものだ。
と、そこでメイドさんの話を思い出す。
もしくはその体質も……、なんて、ねぇ。考えても、わかんないけど。
「なんか九乃さん、考え事してます? 表情変わんないんでよくわからないですけど」
「ん? あぁ……ちょっとな、うん。
それより、そろそろ参拝行くか? 折角来たわけだし」
俺は本日二回目になる訳だけどな。
「そうですね~。じゃ、いっちょ並びますか!」
そう言って玲花が指さすのは、広い神社の外の鳥居を超えるほどの、長蛇の列。
……げんなりするなぁ。
玲花は何故か楽しそうだが。
―――
「九乃さん、お願い事どうします?」
「そうだな……」
切実なお願いは、灯波でお祈りした訳だが……
「こっちの神様にも、頼っとくか……
今年も五体満足で過ごせますように!」
「物騒極まりねぇですね!?
えっとじゃあ私は……今年もたくさん、美味しいものが食べられますように!」
「お前は食い物かよ」
「あと……」
俺が呆れていると、急に真顔になって目を閉じ、静かに手を合わせる玲花。
なにか、大切なお願いでもしているのだろうか。
おれもついでに、もう一個くらい願っておこうかと思った矢先、彼女は眼を開ける。
それは、いつものにへらっと緩んだ顔ではなく、なにかを決心したような、何かを断ち切ったような、そんな美しい顔だった。
「……うん、よし。まぁこんなもんですかね……
じゃあ九乃さん、引き続き屋台めぐりと行きましょー!」
「……そうだな」
そして次の瞬間には、いつもの緩い笑顔に戻る。
いつも澄ましてりゃ美人なのになぁ……残念な娘だ。