第百五話 初日の出のお話
閑静な住宅街の道路を十分ほど歩いて、目的地に到着する。
小さな看板すら出ていない、さびれた神社だ。
「……ここ? なんというか、ちょっとした林にしか見えないのだけれど」
「俺も最初はそう思ったよ。この木を切ればいいのにな」
「ははは、それは駄目だよ九乃くん。これでもそれなりに歴史のある神社だからね……この木だってまた、しかりなんだよ。切ったら罰が当たる」
と、唐突に聞こえてくる男性の声。
そして木の陰から姿を現したのは、狩衣に袴、そして顔には何故かプロレスのマスクという奇抜ないでたちの神主さんだった。
「なんでそんなところにいるんですか……」
「いや~、そろそろ九乃くん来るかな~と思ってスタンバってた」
「いいんですかそれで」
「まぁこの神社に初詣に来てくれる人なんて、九乃くんかジジババくらいだからね。
僕はジジババよりも九乃くんのお出迎えをとるよ」
「おい、いいのかそれで本当に」
相変わらず適当な人だ。
神職を舐めているとしか思えないぞ……
「というか、罰が当たるうんぬんと言うんだったら、その顔のマスクが一番アウトっぽいんですけどね」
まさかのド紫に金の刺繍である。
更には極彩色の鳥の羽根まで付いてるし。
阿呆かと。
「新年だからね。いつもより派手目にしてみました」
「そういう問題じゃないだろう……」
俺が左手で頭を抱えていると、横からエリザの不思議そうな声が聞こえる。
「えっと、クノ。この人は?」
「あぁ、この神社の神主さんだよ。重度のプロレスマニアで常にマスクを被った変態だ」
「変態とは酷いなぁ。
しかし九乃くん、僕ぁ驚いたよ。まさか君が、こんなに可愛い彼女を連れてお参りに来てくれるなんてねー。長生きはするもんだ」
「にゃっ、かっ!?」
大げさに驚き、手を振りほどいて飛び退くエリザ。
今となっては、非常に反応に困る……いや、平常心、平常心だ。
いつも通り、今まで通りに振る舞えばいいのだ。
「いや、彼女ではないですが」
「いやー、めでたいめでたい」
「だから違いますって」
人の話を聞かない神主だ。
「これは千日さんに報告かなぁ」
「――それはやめよう。面倒なことになりそうだ」
ギリギリ、と。
一瞬で神主さんの顔を掴んでアイアンクローをかましてやる。
祖父さんはアウトです。だってあの人何するかわかんないんだもん。
「ギ、ギブ! 九乃くーん! 待て、落ち着いて! 冗談だから!」
「プロレス好きなら抵抗してみたらどうですかね」
「いや無理だから! 僕は観るの専門なの! 千日さんには絶対余計な事言わないからー!」
「絶対?」
「神に誓って」
「……ならよし」
ぱっ、と手を離すと、顔を抑えて蹲る神主さん。
それにしても、つい手が出てしまったな。反省反省。
「すみませんね」
なるべく友好的に謝罪したつもりだったが、
「ひっ……九乃くん、オーラ! 黒いオーラでてるよ! 僕には見える!」
などと怯えられてしまった。
仕方が無いので神主さんは一旦放置して、エリザの方を向くと、
「か、彼女……彼女だなんて……」
頬を抑えてぶつぶつと独り言をつぶやいていた。
まだそこ引きずってんのか……
傍から見ると危ない人である。
「おーい、エリザ―」
「そんな、でも……うふふ……」
「おーい。んー、ていっ」
「あうっ。
――あらクノ、ごめんなさい。何か用かしら」
仕方が無いので実力行使。
ぽん、と頭に手刀を落として強制復帰をさせる。
我に返った後、すぐにいつもの雰囲気を纏える辺り、エリザの切り替えの速さは半端じゃないな……なんて苦笑しようとして、失敗。
はぁ。
それじゃそろそろ、初日の出鑑賞と行くか。
この神社は小さな山(というか盛土)の上にあり、さらに本殿の周りを林がぐるっと取り囲んでいるが、その林の中に一か所だけ、ぽかんと開いたスペースがあるのだ。
石造りのテーブルとイスが固定されていて、ちょっとした休憩所のようになっている。前はそこでよくぼーっとしていたものだ。
その場所からだと丁度木々が薄くなっていて、ばっちり日の出が見れる。
まぁ特別見やすい絶景スポットという訳ではないが、それでも毎年そこのイスに座って初日の出を眺めるのが習慣なのである。
「ほら、いくぞ」
「あ。ええ、わかったわ」
言いながら歩きだすと、頷いてついてきてくれる。
「ひゅう。熱いねーお二人さん」
「だから違いますから」
「あぅ……」
そして冷やかしながら、神主さんもついてくる。
「じゃ九乃くん、いつも通りお餅持ってくるからねー」
「ん、有難うございます」
「ははー、いいってことよー」
休憩所?に行くために本殿の脇を通ると、そこで神主さんが小走りで走り去る。
毎年の習慣には、初日の出までの時間は神主さんや(居れば)ほかの参拝客とお餅を食べて過ごすということが含まれているのだ。
……今年は、ここで初日の出を見ようという人は、俺達の他にはいないみたいだけどね。
「よし、到着」
「……な、なかなかお洒落ね……」
「まぁ、無駄に豪華だよな」
開けたスペースにある、一つのテーブルと四つのイス。
大理石で作られたそれは、本殿よりも価値がありそうなくらい精緻な芸術作品だった。
なんでこんなもんを野ざらしにしてるんだろう……
一応毎朝綺麗にしているらしく、俺たちが見たのはピカピカの状態だったが。
下をハンカチでさらっても埃一つ付かなそうだ。
一応手で払って汚れていないことを確かめてから、俺はイス座る。
エリザも人指し指でつー、と表面をなぞり、その綺麗度にびっくりした後、すとん、と腰を下ろした。
こういう場面では定番の、下に敷くハンカチを差し出す的な動作ができなくて、ちょっと残念だったり。
ハンカチなら三枚常備してるのに……
「お餅―。今日はぜんざいだよー」
神主さんが、お盆に器をのせてやってくる。
「どうも。珍しいですね、お餅単体じゃないのは」
「今日は見目麗しい少女がいるからサービスなのさ」
「あ、有難うございます……?」
パチリ、と目だしマスクの奥でウインクをする神主さん。
マスクじゃなきゃ、もうちょい決まっただろうになぁ。マスクだから、ただの変態である。
そんな変態から、おっかなびっくりぜんざいを受け取るエリザ。
神主さんは俺の前と、反対側の席の前にもぜんざいをおき、その席にどっかりと腰を下ろした。
そして「いただきます」と言うや否や、凄い勢いで食べ始める。
どうでもいいが、マスクが一切汚れない辺りに芸術性を感じるな。
「ひやー、ふまい、ふまいね! 僕ふぁ餡子が大好きでね、ふい我慢ができなかったよふぉ」
「口に物入れて喋らないでください」
「……ふぁい」
それ以降、静かに食べだす神主さん。
続いて、俺達も食べ始める。
冷えた身体に熱いぜんざいが染みわたり、ホッと一心地つく。
「はむ……なかなか美味しいわね」
小さな口で、ハムスターのようにお餅を齧っていくエリザ。
うにょーんと伸びるそれに苦戦している様子は、非常に微笑ましいものだった。
それを幸せな気分で観賞していると、こちらに気付かれ、餅を口許で伸ばしたままむーむーと抗議される。
流石にじろじろと見過ぎたか。
反省して前を向くと、にやにやと口許をゆがませる神主さんの姿が。
「ふーん。へぇー。彼女じゃない、ねー」
「……チッ。なんですか?」
「いや、別にぃー? どうもしなイタタタタ! ちょっと待とう! 食事中にアイアンクローは駄目! ……あっ、ほら! そろそろ初日の出だよ!」
神主さんが指をさす。
苦し紛れに言ったのかと思えば、そうでは無かったようで。
彼が示す方に顔を向けると、丁度空の下の方が赤く燃え始めた所だった。
遠くの山の端がじりじりと焼けつき、徐々に黄金の太陽が顔を出す。
毎年見ているが、感動するな。
まぁこういうのは、特別な日に偶に見るのがいいんだろうけど。
そしてできれば、大切な人と一緒に、ね……
俺はエリザの方を見る。
彼女は初日の出を見るのは初めてだと言っていたな。
キラキラとした瞳で初日の出を見つめるその顔は、
にゅーんと伸びた食べかけのお餅を口に含んでいなければ実に絵になっていた。
あ、餅が切れて下に落ちそう………っと、上手く器で受けたか。
俺は、どうすればいいんだろうかね。
いや、結論はもうでてるんだけど……出てるんだけどさ……
「ふご……。はむはむ…………んっ。凄い、わね」
喋り出そうとして、律儀に餅を呑みこんでからにするエリザ。
その口から出てきたのは、ただただ純粋な感動の言葉だった。
「だろ?」
「ええ……。良いものを見せて貰ったわ。有難う、クノ」
「俺が感謝されるのも、違う気がするけどな」
照れくさくなって、顔を逸らしてまた初日の出鑑賞に戻る。
その背中に投げかけられる、
「……また来年も、一緒に来たいわね」
という言葉。
「……そうだな」
その時まで、この微妙な距離感を保てればね。
―――
パンパン!
神社の境内に、手を打ち鳴らす音が響く。
「今年も五体満足で過ごせますように。……あと、エリザが健康で居られますように」
それと、傲慢な願いだとは分かっているけど。できることなら――――
「えっ!? ……あ、う。
こっ、今年こそ倒れませんように……あと、クノが怪我をしませんようにっ!」
――――もう一度彼女と、初日の出が見られますように。
感想欄でフラグフラグと言われていますが、
鬱にすることはないのでご安心ください、とだけ一応。
ハッピーエンド目指して頑張りまっせ
そしてリアル話はあと3話(予定)