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第百四話 理解と結論のお話

 エリザの部屋を出た俺は、自分に宛がわれた部屋に戻って仮眠を……


 ……まぁ、取れる訳もなく。

 とりあえず鞄の中にあった救急セットで左手に処置をしてから、俺はボーっと窓の外を見ていた。


 この部屋からも、俺の家が見えるな。

 そしてその向こうに、ちらっと小さな林が見える。

 そこが、灯波神社だ。


 住宅街の真ん中に、小さな林。普通なら結構目立つと思うのだが、

 いかんせん場所が奥の方で、人目につきにくい。更に言うとその林のせいで、本殿が外からじゃ見えないし。

 おかげであそこは神社らしい静謐な空間になっているといえばそうなのだが、神主さんはお賽銭がうんぬんと毎年愚痴をこぼしている。


 俺がその灯波神社を知ったのは、祖父さんに一回だけ連れて行ってもらったからだ。

 小学三年くらいの時かな? 祖父さんの家に預けられていた俺は、何故か自分の家の近くの灯波神社まで歩かされたのだった。

 そしてそこの静けさが気にいって、以来毎年通っているという訳だ。

 中学生の時までは初詣以外でもちょくちょく行って時間を潰していたんだが、高校に入ってからはめっきり無くなったな。VRという暇つぶしの道具が登場したからだろう。


 それが良いことか悪いことかはわからないが、神主さん曰く『ここでぼけーっとしてるよりはいくらかマシなんじゃないかな?』とのことだ。


 まぁ、それもそうだよな。


「……ふぅ。しかし、全く眠くならないな……」


 ベッドに横たわれど、眠気がくる気配はない。


 こうして俺は、まともに寝られない夜を二日連続で繰り返すのだった。




 ―――




 時刻は午前六時ぴったり。

 今年の初日の出は七時前らしいので、宣言した通りエリザを起こしに部屋にやって来た。

 ちなみに無駄な心配をかけないよう、手の怪我は手袋をして誤魔化している。

 屋敷の中も寒いし、不自然ではないだろう。


 コンコン


 とりあえずノックをしてみるが、返事は無い。

 やっぱりまだ寝てるかな? と静かに扉を開けた瞬間――


 ――バスッ。


 飛んできた黒いクッションが、俺の顔面にクリーンヒットしてぽとりと落ちた。

 痛くはないのだが……


「いきなり何するんだ、エリザ」

「別に」


 奥のベッドの上には、ぷい、とこちらから顔を背けるエリザが体育座りをしていた。

 いつものゴスロリ姿……要するに長いスカートなので、視覚的に安心できるね。

 よくよく見てみると、その頬はむぅーと膨れ、唇は可愛らしくとんがっている。典型的な拗ねた子供状態だ。


 しかし、起きてたなら返事してくれればいいのに。

 足元のクッションを拾って、エリザの隣にポン、と置く。


「別にって……俺、なんか不味いことした?」


 むしろ回避した自負はあるんだけど。


 なのにこの反応ってことは……


 ふと。

 頭の片隅に、あるはずもないような可能性が生まれてくる。

 ……や、たとえ万が一にでもそうだったとしても、結局回避しただろうけど。


「別に”何も”してないわよーだ」


 ふんっ、とどこか芝居掛かったように言うエリザさん。


 何も、の所を強調してくるあたり……

 いやいや。あー、うん。どうしよう。

 とりあえず、謝っておく。


「……ごめんなさい」

「……意味、わかってないわよね?」


 ジト目で尋ねられる。


「……どうだろ」


「……はぁあ」


 俺の目の前で、深い深いため息を吐くエリザ。

 そして一度だけバン、とクッションを叩くと、勢いよく立ちあがった。


「おっとと」


 その頭が丁度俺の顎に当たりそうになって、身体を逸らせて回避。


「……まぁ、今回はいいわ。こういうことはやっぱり、早まるものではないわね。

 ――でも、残された時間も長くは無いわけだし、いつか絶対……」


 呟きながら、扉の方に向かうエリザ。

 なんか不穏な言葉が聞こえてきたのは、はたして空耳だろうか。


 しかしそれを問いただす前に扉に辿り着いた彼女は、

 ドアノブに手を掛けるとぴたりと止まってこちらを振りかえり、

 可憐な花のような笑顔とともに、こう言った。



「――――覚悟しておきなさい?」



 ……。


 何を? とは、

 聞き返せなかった。




 ―――




 それからエリザが簡単に作ってくれた朝食(何故かこのタイミングで蕎麦だった)を食べて、いざ神社に出発だ。

 朝の冷気の中、屋敷の外に出る。

 エリザは何時ものゴスロリの上に更に外套のようなものを羽織って防寒対策。

 手袋はシルクのような素材のものだ。

 どうでもいいけど、すげぇコスプレっぽい。似合ってるからいいけど。


「じゃあ、いきましょうか」


 玄関の鍵を閉め終わったエリザが、小走りでこちらに近づいてきて言う。

 白い息が生まれては空にとけ、俺はエリザが体調を崩さないか心配になる。


「そうだな……が、時にエリザ。寒くないか?」

「そりゃ、寒いわよ。冬なんだもの」

「ああいや、そういう寒さじゃなくてなんというか……致命的? な寒さと言うか……」

「もしかして、体調を心配してくれているのかしら?」


 小首を傾げるエリザ。


「当たり前だろ」


 即答をすると、その頬が見る間に赤く染まっていった。

 恥じらうエリザは何度見ても可愛いなぁ。


 可愛い、が……


 先ほどのエリザの部屋でのことを思いだして、複雑な気持ちになる。


 そして連鎖的に、過去のエリザの反応を振りかえり――――



 ギルドで、初めて会った時。

 装備を初めて作ってもらった時。

 ギルド対抗戦に出場した時。

 一緒に過ごした、穏やかな時間。

 そして、クリスマスイブの事。


 さまざまな瞬間のエリザの反応がフラッシュバックし、


「……っ」


 冷静に分析してみた俺は、愕然とする。



 ――――これは……どうしたもんかなぁ。



 先ほど思い当たってしまった事が、本当だという可能性。

 それが、急速に現実味を帯びてくる。


 一度とっかかりを見つけると後はどんどん解けていく……

 今までエリザに対して感じていた疑問が、解消されていく。


 いや、違うか。とっかかりを見つけたんじゃない。

 今まで考えないように蓋をしてきたことが、ついに許容を超えて一気に溢れだしてきたんだ。


 そして。

 ある晩のこと――――クリスマス会の夜、自分の部屋で考えていたことを、思いだす。

 その時に嵌ったピースの正体を、理解する。


 左手を見ると、その手袋の下には白い包帯があるのだ。

 あの時の感情も、つまり――――



 そうして思考の渦に捕らわれていた俺は、急に右手をとられ、現実に戻って来る。

 驚いてエリザを見ると、幸せそうにはにかみながら、


「……それなら、こうしていていいかしら? 防寒性能はお洒落の犠牲になっているのよ」


 と言った。

 言いながら、指の一本一本をしっかりと絡めてきた。



 ……問おう。

 いくらエリザが男慣れしていないからといって、

 防寒のため異性と手を繋ぐ時に、わざわざ指まで絡めるだろうか。


 まぁ、あり得ない話ではないだろう。

 そう、可能性は0ではないのだから。僅かでも可能性があるのなら、それはそうなのだ。

 例えば、彼女が俺に異性としての好意を持っている……


 なんて可能性よりは、ずっと高い。


 ――――高いと、思っていた。


 何故だか無意識のうちに、そんな0とそれ以外を選ぶような取捨選択をしていた。


 しかしその前提は、覆されるかもしれない。

 0だと思い込んでいたものが、実は違ったのかもしれない。


 ……いや、合理的に彼女の行動を分析すれば、高い確率で覆されるのだ。

 彼女の行動を、”一般的な思考で”受け止めるのならば。

 感情的には、なんでそうなるのか全く理解できないけど。


 しかし俺は合理的な判断を放棄して、安易に可能性を0としていた。

 どうして、こうなってしまったのか。どうして――――


 その理由は多分、俺自身にある。

 自身が抱える、問題だ。



 ……俺には、表情が無い。

 嬉しい時も、怒った時も、悲しい時も、楽しい時も。

 それが一切、人に伝わらない。


 俺は、感情を制御してしまえる。

 嬉しい時も、怒った時も、悲しい時も、楽しい時も。

 心を支配するような、激情でさえ。

 すべて握りつぶして、何も無くしてしまう。


 明らかな、欠落。

 明らかな、欠陥。


 人間が良好な関係を築くには。

 より親密な関係、例えば恋人同士なんかになるためには。

 この欠陥は、看過できるようなものではない。


 だって、俺みたいな人間は、存在自体・・・・誠実でない・・・・・から。


 俺だったら、そんな得体の知れないモノを恋人にするなんてお断りだ。

 例えそうなったとしても、長く続く気がしない。


 どこかの時点で、きっと嫌になる。

 きっと、気持ちが離れて、嫌いになる。


 そう。

 嫌われて、しまうのだ。

 自分が特別の好意を抱いている人間から、嫌われるということ。

 その痛みはきっと、計り知れないものだろう。


 ならば最初から痛みを受けない選択をするのは、極自然な結論だったと思う。

 ……あぁ。なんだ、これはこれで実に合理的じゃないか。



 クリスマス会の時、エリザは『ずっと一緒に居て』なんて言ってくれたけど。

 その言葉がいずれは、彼女自身の枷になる。

 だからエリザが、何の因果か奇跡的に俺のことを好いてくれているとして。

 俺ももしかしたら、彼女のことが……いや、この言い方は違うな。


 素直に認めよう。

 俺は、エリザが





 ”好き”だ。





 彼女と一緒に居たいと思う。

 彼女のためになりたいと思う。

 彼女と居るだけで、満たされる。


 この気持ちがきっと、好きということで。

 強く自覚してしまったこれは、

 死ぬまで変わることがないだろうと思うような、

 今まで無視しつづけていられたのが不思議なくらい、確固たる想いだった。


 が、しかし。こうやって自分の気持ちを認めたとしても。

 あのクリスマス会の夜の思考の先に進んだとしても。

 彼女との関係性がすぐに壊れることは、ない。俺自身の意思で、壊すことをしない。

 ――――そのうち消えてしまうことは、あるかもしれないけどね。



 俺達は、仮に互いが互いを想いあっていたとしても。

 恋人同士になってはいけないのだ。

 それが、互いのためなのだから。



「―――ッ! ちょっと、クノッ!!!」



 キーン、と。

 突如として耳元で大音量が聞こえて、流石に現実に強制復帰させられる。

 いつのまにか閉じていた目を開けると、エリザが頬を膨らませてこちらを見ていた。


「……悪い、ちょっと考え事してた」

「このタイミングでって貴方……もう、空気が読めないどころの話じゃないわよ」

「はは。いやホント、済まん。風邪引くってのな……じゃ、行くか」

「ええ」


 絡められた右手を見て、心にチクリと刺さるものを感じながら、俺は歩きだす。


 理性はこの手を振りほどけと言うが、どうしても身体が行動に移そうとしない。


 ……あれだな。

 理性は昨日の時点で、使い果たしたのだ。

 俺もまだまだだな。でも、今この手を離せば、きっとエリザを傷つけてしまう。

 だから、これはこのままでいいのだ。


 なんて、誰にともなく心の中で言い訳を考え続けながら、

 俺はエリザと並んで、静かな道を行くのだった。


 ……恋人じゃなくても、いい。

 この関係が続けば、いいのにな。



そろそろ潮時かな、と

当初のプロットではこの感情描写は玲花とのデートでやるつもりだったのですが

読者様をあまり焦らすのも申し訳ないのでこうなりました


ちなみにクノは祖父さんの教えから、恋人になる=結婚するということだと思っています

魔王様マジ純粋


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