第百二話 お約束?のお話
もうちっとリアルの話が続くんじゃよ……
具体的に言うと、あと二週くらい?
同日複数話投稿をやるには、ストックがないのです
本当に申し訳ない
時刻は七時二十分。
俺は現在何をしているかというと……
「本ッ当にすみませんでしたッ!!」
「…………うぅ……」
食堂の床に膝をつき、エリザに対して深く頭を垂れていた。
事の顛末はこうだ。
研究所での激務を気合いと根性で六時少し過ぎには終わらせた俺。
そこから馬鹿どもを手早く折檻してから、急いでエリザの家に戻って来た。
着いたのは七時ギリギリ頃。またしても空いていた玄関のドアに少し頭痛を覚えながらも、家の中にお邪魔する。
玄関ホールでエリザを呼んでみたのだが返事が無い。上手く働かない頭でエリザの部屋に行ってみたが、成果なし。首を傾げながら、屋敷中を探して回ることにした。
そして見つけたのは、電気のついていた浴場。
俺はその扉から僅かに漏れる光の意味を深く考えずに、部屋に乗りこんでしまった。
精々考えていたのは、『女性は風呂が好きなんだっけなー』くらいのふわふわしたことくらいである。
普通に考えたらアウトな行動。しかし、それだけならまだ良かったのだ。
脱衣場に人影はなかった。
次に俺がしたことは何かというと、回らない頭でただエリザを探し求め、磨りガラスでできた”浴室の扉”を勢いよく引き開けるという暴挙だった。
そしてそこには当然というべきか、エリザが風呂に入っていた。
温泉旅館並みに広い浴室で、扉の右側に設置された複数の洗い場に座っていた彼女。
幸いと言うべきか、その肢体は白い泡に隠されていて”全て”を露わにすることはなかった。
……具体的に言うと、下半身は見えなかった。
彼女は丁度、シャワーで泡を落としている所だったのだ。
鈍くなっていた頭が高速で回転を始める。
目の前の光景にやっと状況を正しく理解し、固まってしまう俺。
そして急に開いた扉の方を、目を丸くして驚きの顔で見やったエリザ。手には当然、水の放出され続けるシャワー。
両者の時が止まっている間に、その身体を隠していた泡がどんどんと流されていき、遂には下半身の泡まで全て取り払われてしまう…………寸前で、俺は勢いよく浴室から出た。
「きゃ、やぁぁぁあああああ!?」
エリザの絶叫が聞こえる。
扉の対面にある鏡に映った自分の顔は、驚くべきことに頬に少し赤みを示していたが、そんなことは全くもってどうでもいい。
大切な事は、自分が取り返しのつかないことをしてしまった、ということだった。
記憶を消すことは、困難を極める。
目を閉じると鮮明に思い浮かんでしまう、エリザの朱の差した細くしなやかな身体。
水を弾き極々控えめに主張をする、嘆きの平原。
名だたる芸術家でさえ、その美しさを表現しろと言われれば膝を折って自らの非才を嘆くだろう、
いっそ神々しい程の肢体だった。
それらを早急に消し去れないかと俺はとりあえず洗面所にあった薄型の体重計を手に取り……
後ろから、バスタオル姿のエリザに抱きつかれた。
や、本人は羽交い締めにしようとしたようだけど。
そこから俺が自主的に生死を彷徨おうとしたりと一悶着あって、最終的に冒頭の状況……
いわゆるDOGEZAスタイルでの謝罪になってくる訳なのです。
ちなみにこの体勢になる前に、偶に父さんがやっているように下に熱した鉄板でも敷こうとしたら、全力で止められてしまった。
「……顔を上げてくれるかしら、クノ?」
「……はい」
頭上からの声に従い、ゆっくりと顔を上げる俺。
ボソッとエリザから「……無表情ね……」という声が聞こえた。
……もうこの顔、どうにかなんないのだろうか。空気読めよ表情筋。
「クノ……とりあえず聞きたいのだけれど。故意に私のお風呂を覗こうとした訳ではないのよね?」
「無論だ。しかし、結果としてそうなってしまったのは事実。いかなる処罰も受け入れる所存です、はい」
今回の状況になったのは、完全に俺の過失なのだから。
最悪喉を突いて死ねと言われても、今の俺ならおそらく躊躇わないだろう。
それほどまで内心追い詰められていた。不謹慎だと主張する心とは裏腹に、先ほどからエリザの裸が脳裏にちらついて消えない。
……いままでは記憶を消すまでは行かなくても、気にしないようにはできていたはずなのに。そうして頭の隅に追いやっていれば、いずれ忘却することができる。
しかし今回の事は、どうにも難しそうだ。……ああ、自分の頭を思いっきり殴りたい。
「……クノはなんというか、自分に対しての罰が物騒過ぎないかしら」
「そうか? 普通だと思うが。生涯の伴侶でもない女性の裸を凝視する……母さんが居たらその場で包丁の錆になっていてもおかしくない」
ちなみに爺さんなら、大剣の錆。
父さんなら……ああ、あの人は駄目だな。
「物騒ね、貴方の家庭!?」
エリザが目を丸くして驚き、その後に
「生涯の伴侶でもない……いえ、まぁ……」と小さな声で呟き、少し傷ついたような顔をする。
俺のせいか、俺のせいだな。俺が全て悪い。
「当然の報いだとは思うが……」
「いえ、それは流石に……うぅー……。
確かに私はその、は、はだ…………、を見られた訳で、貴方に対して言いたいことはある訳だけれど……でも、そこまでの罰を与えようとかいう思考にはならないわよ」
「……? 怒ってないのか?」
「……怒っては……ないわ。凄く恥ずかしかったけれど、クノだし……」
少し口をとがらせ頬を染めながら、そんなことを言うエリザ。
……め、女神や……
なんて心の広い女性なんだ。まさかこんな人が世界に存在するなんて。
しかしエリザのその心の広さに甘える訳にも、いかない。
流石に今回の罪は重すぎるのだ。
俺はエリザに、その過ちがいかに大それたことか懇々と説明する。
その結果……
「もういいわ……もういいのよクノ……。今まで辛かったのね……」
「えっ」
「さっきのことは私は気にしないから。貴方はもう少し、自分に優しく生きなさい」
何故かエリザが涙しながら俺を抱きしめてきた。
屋敷を出る前とはまた違った優しさ……というか同情を感じて困惑する。
おっかしいな。身体に刷り込まれた爺さんや母さんの教えをそのまま伝えただけなのに。
「さぁクノ、立って。早く夕食を食べましょう? 腕によりをかけて作ったのだから、食べて貰わないと困るわ」
「え、や、それは嬉しいんだけど。さっきのことは……」
困惑する俺に、エリザはずずっと顔を近づけてくる。
近い。近いですエリザさん。そして威圧感がなにやら凄いです。
「クノ。私が気にしないと言っているのよ。これ以上女性に恥をかかせないでくれるかしら?」
「エ、エリザ……」
か、かっけー……
じっとエリザを見つめる。
すると彼女は、着ているゴスロリの胸元を隠すようにし、赤くなってしまった。
その行動で、風呂場での白い肌の印象がより強まり……
……あっ。駄目だこれ。
「……本当にすみません……」
「いえ、その、いいの……。こちらこそ、変な反応して御免なさい……」
再度額を床に付ける俺と、あわあわと両手を振るエリザ。
そしてようやく俺が立ち上がり、夕食にしようとなった時、
エリザは小さく「クノ、お疲れ様。頑張ってきてくれて、有難う」なんて囁いてくれた。
頑張ったのも疲れたのもひとえに俺のためで、エリザのためなんて高尚なものではない。そんなことを告げようとする前に、彼女はさっさと歩いていってしまったが。
―――
その後は豪勢な(何故か伊勢エビまであった)夕食を堪能し、
俺は微妙な雰囲気になりながら風呂に入ると切り出す。はぁ……しかし、良い悪いで分けることでは断じてないが、それでも見てしまったのがエリザので良かったと思う。
彼女は性格が良くできた人だからな……感謝せねば。
これが玲花あたりだったら……
……あれ、なんでだろう。そこまで罪悪感が湧いてこない。
むしろあいつは、喜々として見せに走りそうな気すらするんだが。
痴女か。玲花は痴女だったのか……
などと失礼な思考をしながら、俺は広い湯船に浸かって深く息を吐く。
なんだかんだ言って、研究所ではかなり無理をしてきたからなぁ。
しかし夕食はその苦労に見合うものだったから、エリザには二重に感謝だ。
チャポン――
右手で水をすくっては、湯船に落としていく。
一定の間隔で響くその音で精神を統一しながら、俺は一日の疲れを癒す――
「クノ?」
突如として脱衣所から聞こえる、エリザの声。
どうしたんだろうか? 着替えもタオルも用意してから風呂に入ったし、特に声を掛けられるようなことも無いと思うんだが。
……もしかして、早くでてこいとかか?
そういえば時間の感覚が曖昧になっていたが、思えば長い間湯船につかっているような気も……
「ごめんエリザ! すぐ出るから!」
扉に向かって声を上げる。
「え? いえ、別にまだいいわよ。
それより……その……お風呂からあがったら、私の部屋に来て頂戴」
若干上擦っている、エリザの声。
なんだ、そんなことか。どうせテレビもみたかったし、こちらから行っても良いかお伺いを立てるつもりだったんだが。
「ん、了解」
「……そう。じゃあ、待ってるわね」
「うーい」
チャプン
なんとなく湯の中から手を振る。
尤もエリザの方はそれには気付かず、出ていってしまったようだが。
「……ふー……」
しかし広いお風呂、いいなぁ。
もう少しゆっくりしたら、出ようっと。
ひんぬーということで、どうしてもジーナさんネタをやりたかっ(ばきゅーん