第百一話 急用のお話
「……んん……くぁあ」
――――なんか、変な夢を見た気がする。
クリスマスの前だったか……エリザと話してる時の夢。
ふと冗談が話題にのぼったんだが、やけにエリザの表情が真剣で、
かつ内容ブラックジョークすぎたからびっくりしたっけ。
ホント……彼女の冗談はわかりづらすぎて困るんだよなぁ。
『――私、実は……成人式を迎えることはないのよ。
だから振袖とかを着る機会はないのよね……別に和服はそこまで好きでも無いからいいけれど』
『――え、えーと、不摂生が祟って早死にとかかしら?』
『――……ふふっ、なんてね……嘘よ?』
おかげで、珍しく起きぬけのまどろみが皆無だよ。
頭がしゃっきりしてしまった。
横になった状態で居るとふと肌寒さを感じて、俺はぶるりと震える。
……あー、そういえば俺、布団掛けずに寝てたな。そら寒いわ。
掛け布団の上でもぞもぞと起き上がり、胡坐をかく。さて……どんくらい寝てたか?
部屋にあった時計を見ると、八時前。
一時間ちょいくらい寝てたのか。エリザの洗濯ももう終わっている頃……
カチャ
その時、微かな音がして部屋の扉が開いた。
そして顔をのぞかせたのは、エリザである。
「あら、やっぱりここに居たのね。疲れているみたいだったから、もしかしてとは思ったのだけれど」
「んー、ちょっと昨日徹夜しちゃってな」
「何やってるのよ……まあ、かくいう私もそこそこに眠いわけだけれど」
「そういや、昼寝するとか言ってたか」
「んー、まぁ、そんな感じよ」
ふむ……そう言われてみると、確かに眠そうな感じはするな。
「じゃあ、エリザも寝る?」
「えっ!? そ、そこで?」
動揺するエリザ。
や、流石に一緒にベッドに入るのはな……
俺の許せるラインはコタツまでである。
とかいいながら、俺の部屋ではなんやかんやで同じベッドに入ったこともあるが。
……いや、うん。ありゃ事故だからノーカウントだよな。
「や、普通に自分の部屋でお願いします」
「そうよね……」
なんでちょっと残念そうなんだろう、この娘さんは。
俺が寝てたから、布団の中が暖かいだろうとか考えてるんだろうか。
でも俺布団入ってなかったし、その期待には応えられないなぁ。
「でも、それには及ばないわ。
ここで自分の部屋に戻って寝たら、早起きの意味が無くなってしまうもの」
「意味?」
「あぁ、いえ。なんでもないのよ。
それより、コタツでテレビはいかがかしら。結局私の部屋にはなるのだけれどね」
まあ、エリザがいいって言うのなら別に構わないけど。
……コタツでテレビも、十分に寝るフラグだしな。
「もう俺は、エリザの部屋に入っていいのか?」
冗談めかして言う。
「あら、部屋の外でテレビだけ見る? 私はそれでもいいわよ?」
「コタツに入れてくださいお願いします」
なんて鋭い切り返し。
敵わないなぁ。
―――
という訳で、エリザの部屋にやって来た訳だが。
「なぁ、なんで一辺に二人で入るんだ?」
「ここが一番テレビが見易いからよ。あと、コタツはつけたばかりでまだ寒いし」
確かに個人の部屋には少し大きい薄型テレビは、俺達の丁度真正面にあるし、
コタツもまだまだ暖まってはいないのだが……
これだとオフ会のことを思い出してしまって、照れるな。
ふとエリザの顔を見てみると、彼女も同じなのか頬がほんのりと染まっている。
「俺やっぱ、そっちの辺に」
「駄目よ」
立ち上がろうとすると、ぎゅ、と服の裾を掴んでくるエリザ。
こちらを見上げて、無言で視線を送って来る。
……その上目遣いには勝てないです。
結局座り直す俺。更に密着したような気がするエリザ。
なんか頬が上気していて、これもうコタツいらないんじゃないかってくらいなんだが……
この子はなにがしたいのか。テレビを見るだけなら、密着する必要までは……
と考えて、はたと思いあたる。
そう言えばエリザは、俺をこの家に誘った時
『――……だって、一人は寂しいじゃない』
などと言っていた。
つまりこれは、そういうことなのだろう。
……俺なんかで寂しさが紛れるなら、まあいいか。
ぐいー、と身体を押し付けてくるエリザに、俺も身体を押し付け返した。
彼女は一瞬びっくりしたような表情になった後、余計に強く身体を押しつけてくる。
ぎゅっ、と。心臓の音が感じられるほどまでに。
その顔は、既に茹であがったように真っ赤だった。
そして俺も、彼女に負けないように強く――――
そんな感じで、俺達はコタツでテレビを見ながら、おしくらまんじゅうをして過ごした。
更にエリザは俺の右手に左手を絡めて来たり、肉体的接触に積極的だった。
こうやって寂しさを紛らわすタイプなのだろう。
全く、エリザは可愛いな……なんて。
俺が完全に父親とかお兄ちゃん目線だったことは内緒だ。
また、子供扱いするなと言われてしまう気がするし。
そして現在はというと、
「……うー……クノォ……」
「よしよし」
案の定、途中で寝ついたエリザの熱を右半身や右手に感じながら、テレビを見ています。
時折俺の名前を呼ぶので頭を撫でているのだが、大丈夫だよね?
後で『子供扱いしないで!』がチャンスタイムに入ったりしないよね?
画面の向こうからドッと笑い声が聞こえて、俺も笑おうとする。
失敗。表情筋がピクリとも動きません。
というか、笑うってどうやるんだろうか……?
でも、例え顔で笑えなくても年の瀬に見るものといったらバラエティーだよね。この雰囲気が好きだ。内心では笑える訳だし。
ながらく某紅白番組も見ていない気がするなぁ。ガ○使が面白くて。
エリザが起きたら、どっちをみる派か確認しておこうっと。
ふと、俺に寄りかかっているエリザの頬を突いてみる。
ぷるん、と弾き返された。もっちもっちやな。
面白くなって、つんつんと連続で突き始める。
……これが吸いつく素肌、若さの証か……水とか超弾きそう。まったく化粧っ気はないのに、凄いよな。
改めてエリザは”美少女”というに相応しいなぁ、としみじみ実感。
同時に、俺のこの状況がどれほど得難いものかというのも実感。
……でも所詮俺は、彼女の寂しさを少しでも紛らわすだけの存在。
その寂しさを、完全に消し去ることはできないだろう。
彼女が求めているのは、きっと『家族の温もり』だろうから。
何かあったら支えてやろうとは思っているが、
一方でそれは俺じゃなくてもいいんだろうなぁとも思う。
むしろ俺では、力不足かもしれない。
例えば玲花やカリンだったら、もっと上手くエリザの寂しさを取り除けただろう。
やはり同性というのは、それだけで安心感があるものだし。
メイドさん達がいたら、それがベストなんだろうな。あの人達はこの時期は滅茶苦茶忙しいようだけど。
偶々俺の家が近くだったから、今日俺が呼ばれた。それだけのことだ。
「はあぁ」
なんだかなぁ。
自分でもよくわからない寂寥感が込み上げてくる。
『頼っていい』なんて偉そうなことを言っておいて、
俺の本音は『頼られたい』ってことだったのかもな。
と、そこで感情がぐちゃぐちゃになってきたので、一旦リセット。
すべて握りつぶして、まっさらに変える。
んー。
……それにしても、また眠気が。
コタツの魔力って凄いなぁ。
「ふわぁああぁ……」
―――
前略。
目を覚ますと俺の上には、可愛い女の子が居ました。
というか、こんな感じの状況、前にもあった。
とりあえず状況を確認する。
場所はエリザの部屋のコタツ。そこから上半身だけ重なり合うように、俺達は横に倒れていた。
コタツの向こうのテレビからは、未だに笑い声が聞こえる。
どうやらテレビを見ながら寝落ちしてしまったようだ。恐るべきコタツの魔力……
俺にしだれかかっているエリザは、まだ起きる気配はない。
体勢が逆じゃなくて良かったな……危うくエリザを潰してしまうところだった。
彼女の軽い身体をそっと持ち上げ、ちゃんとカーペットの上にまっすぐ寝かせてやる。
寝息を漏らすばかりで何もリアクションをしないことから、なんだかんだいっても昼寝は重要だということが窺えるな。
時計を見ると時刻は十一時半。……昼寝と言うか、二度寝の域かな。
もう少ししたら起こして、一緒に昼食を食べることにしよう。
コタツに入り直す俺。そのズボンのポケットから、振動が伝わった。
携帯のバイブレーションだ。
メールはともかく通話なんか滅多にしないんだが……見てみると、そこには『父親』の二文字。
何の用だろうか。泣く泣くコタツから部屋の外にでて、通話ボタンを押す。
「……はいもしもし」
「おう、九乃か。年の瀬で風邪引いたりしてねぇか?」
「いたって元気だよ。父さんこそ……いや、聞くだけ無駄だったな」
この人は俺と同じで丈夫だし。
むしろ回復力とかなら俺より上。
「おい、父親に向かってそりゃねぇだろ……まぁ、元気ならいいや。じゃあ早速だが、ちょっとこっち来てくれ。仕事だ」
「はぁ? いきなりだな。てか今日は無理だよ。友達の家に居るから」
俺の父親は、VR関係の研究者をしている。
今は確か、なんちゃらリゾート計画とかいう、VR空間をもう一つの現実にして、全ての人間が平等に生を謳歌できる世界をどうたらこうたらと息巻いていたはずだ。
そういや、『IWO』の開発の偉い人が親友だとかも言ってたな。まぁ、どうでもいいけど。
今大切なのは、この阿呆にアポを取ることの重要性を理解させることだろう。
「はぁああ!? 貴様が友達? まじか……パパ予想外だぞ。
ほら、クリスマス辺りに近々呼ぶっつたろ?」
「近々じゃアバウトすぎるだろうが……そういうことだから、自分らで頑張れ。じゃ」
早く切り上げてコタツに戻りたい。
俺が通話を切ろうとすると、携帯の向こうから大音量が飛んできた。
「ちょちょ!!?? 待ってくれ!! 割とマジでヤバいんだって!! この書類の山、今年中に終わらせないと、来年度の予算が出ないんだよ!!」
「はぁあ!? なんでそんなことになってる……ってか今の時間考えろよ!? もう今年も半日しかねぇぞ!?」
どうやら事態は思ったよりも逼迫していたらしい。
どうしてそうなったのか……まぁ、大体予想はつくんだが……
「いやぁ、パパ含めて研究者ってやつぁ事務が嫌いでなぁ。九乃が居るからって、後回し後回しにしてたらいつのまにかこんなことに……」
「馬鹿共め!」
お前等の怠惰に研究者全体を巻き込むなと。
”計画性”の三文字を研究所中に貼りまわってやろうか。
「くくく、返す言葉もないわ!」
「なんでそんな偉そうなんだよ……ちなみに、どのくらいの量?」
「オレ達で処理しようとすると、二日はかかるが……貴様が居れば、何とか十時間くらいで」
「馬鹿共め!!」
俺の能力の割合がどう考えても大きすぎるだろうが!
「くくく、俺達の事務処理能力の低さを舐めるな!」
「威張るなっつてんだよ。ああもう、なんで事務専門の人雇わないんだよ……」
「九乃が居るからな」
”責任感”や”自立”の文字も貼らなくてはいけないようだ。
「恥を知れ駄目人間共……っああもう、わかったよ。今からいく用意するから、家の前に車回せ」
……はぁ。
なんだかんだいっても、父さん含めあの人達に悪気が無いってのは分かってるしな。自分の分野に没頭しすぎる奴らの集まりってだけで。
事情が事情だ、今回は俺が折れてやらねばやるまい。
予算0でも研究はやりそうだし。
そうするとその分の金は当然、家計から取られる訳だし。
馬鹿共め。
「恩に着るぞ、我が息子よ……」
「チッ……晩飯……七時までには終わらせるからな」
確実に昼食は食べ損ねるが、なんとか夜には間に合わせてやる。
「お、おう。そんな殺気立った声をだすな、パパ達も精一杯頑張るから」
「当たり前だ阿呆! じゃあ車早くな!」
「了解だ! ……皆! 助かったぞォ! 九乃が、来るゥゥゥウウ!!」
ワァァァァアアアアア!! という大歓声が携帯の向こうから聞こえる。
……駄目だ早くなんとかしないと。
高校生に頼って、恥ずかしくないんだろうかこの大人達……
微かな音を立てて部屋に入ると、エリザ身体を起こしてテレビを見ていた。
……結構大声出したから、起しちゃったかな。
「悪いエリザ。うるさかったよな」
「いえ、それはいいのだけど……少し驚いたわ。どうしたのか聞いてもいいかしら?」
「ああ、実はだな……」
エリザに経緯を説明。
できれば今日は、ずっと一緒に居たかったんだけどな……
――あの研究者共、お仕置き決定だ。
「そう……それなら、しかたないわね……」
寂しそうに微笑むエリザの姿に、胸がズキリと痛む。
ああ、畜生が。
思わず抱きしめてしまいそうになる自分を制して、俺は代わりに頭を下げた。
「七時までには絶対帰って来るから。本当にすまん」
「いえ、貴方が悪いわけではないのだし。構わないわよ。頭を上げて頂戴」
「でも……エリザは、寂しいって。今日はずっと一緒に居るって俺……」
「いいのよ。……有難う」
言葉がまとまらない俺。
その下げたままの頭を、エリザは優しく抱いてくれた。
言いようもない心地よさに、状況も忘れて少し安らいでしまう。
……うーん、俺は駄目だなぁ。
「さ、行きなさい。その代わり、夕食までには絶対帰って来るのよ?」
「……ああ、絶対。美味い飯を期待してるからな。……じゃあ、行ってくる」
食堂で上着だけ掴んで、屋敷を飛び出す俺。
……エリザも、本当は良い気分ではないだろうに。それなのに、最後に明るく微笑んでくれた。
その思いを無駄にしないためにも、さっさと片を付けてくるとしますかね! 完全に尻拭いだけど!
その後の九乃。
「おお九乃、よく来たな」
「挨拶はいいから仕事を寄越せ。
オラそこ、自分のことは後に回せや。あとそこ、喋る暇があったら手を動かせボケナス共」
「九乃さん殺気だってますねチーフ……」
「ああ。なんか友達の家に居たらしい」
「え? そっから引っ張ってきちゃったんですか。そら怒りますわ」
「だよなぁ。しかしその友達、オレの勘的に女の子だぞ。アイツ無駄にモテるし」
「うわぁ、それは……」
「オイコラそこォ! 貴様らが一番働かんかい!」
「「サーイエッサー!」」
「七時までに終わらなかったら、新年の朝日は拝めないと思えよお前等ァ!」
『サーイエッサー!!』
そして最後の方。
「くっはははははは!! 行ける!! これなら余裕だぞ!! くはっ!! くははははは!!」
「チーフ……九乃さんが壊れました」
「まぁ、一人で八割方引きうけているからな……」
「……これから九乃さんに足向けて寝れないですよ」
「……うん」
「見える! 数字が踊って見えるぞぉ!」