第百話 紅い瞳の心のお話
「あぁ、二日ぶりの白ご飯だ……美味しい料理という意味では、オフ会ぶり?」
「貴方……本当に人のこと言えないわね。逆にどうしてそれで元気なのか不思議よ」
「いや俺、エリザと違って身体丈夫だし」
時刻は六時三十分。
俺はエリザが出してくれた朝食を、もっきゅもっきゅと頬張っている最中だ。
メニューはシンプルに、白米と味噌汁と卵焼き。飲み物は冷蔵庫に常にストックしているらしい野菜ジュースだ。
味噌汁の味は、普通なら家庭の味と比べたりするもんなんだろうが……
残念ながら俺の場合、母さんが味噌汁すら作らないからなぁ。従って家庭の味が自分の作ったものになるんだが……味が無いからな。比較対象にすらならない。
てか、味噌汁って入ってる具材は割と少ないのに、こんなに豊かな味わいがするんだな。
びっくりだ、うん。味噌の風味が普通に料理にでることの素晴らしさよ。
エリザの腕も多分にあるのだろうが。
卵焼きの方も、少し甘めの味付けで非常に俺好みだ。
この固さがなく、フワフワかつトロッとした食感はどうやったらだせるんだろうか? これならいくらでも口に運べそうだ。
「どうかしら、味の方は?」
「美味しいよ、凄く。オフ会の時も食べたけど、やっぱエリザは料理上手いよな」
「そ、そう? 有難う。そう言ってもらえると作り甲斐もあるというものだわ」
「うん、うまい。なんなら毎日でも食べたいくらい」
毎日こんな料理が食べれるんだったら、なんでもするわ。
幸せすぎるだろ……と、飽食の時代に生まれながら、何故か食生活に恵まれない俺なんかは思う訳ですよ。美味しいご飯が食べられるって、それだけで生きる価値があるよな。
しかし、そんなことを言うからエリザが俯いてしまう。
まぁ、そうだよな。いきなり毎日食べたいとか言われたら、困るよな。
俺だって思うもん、いじきたない奴だなぁって。
「え? あ、う…………それは、その、君の味噌汁が毎日、」
「いやごめん、ほんの冗談だ。忘れてくれ」
「ええっ!?」
何をそんなに驚く要素があったんだエリザ。
呆然としている彼女はさておき、俺は朝食の続きにとりかかる。
朝でこれだもんな……オフ会の時はギルメン全員での合作だったが、今回はエリザオンリーのフルコース。昼と夜が非常に楽しみだ。
ふふーん、と雰囲気だけ楽しそうにする俺を、恨みがしい目でエリザが見てくる。
……何?
「貴方、本当はわかってやってるんじゃないでしょうね……?」
「何が?」
「……いえ、いいわ。良かったわね、楽しそうで」
「ああ、エリザの料理が食べられるのは幸せだよ。本当に有難う」
「っ……どういたしましてっ」
頬を赤く染めてそっぽを向くエリザ。
照れてるのか、可愛いな。
エリザはお礼を言われるのに弱いような気がするんだが、今まで言われ慣れてなかったんだろうか。
気になったので聞いてみると、
「あ、貴方だからよ……っ!」
と赤面しながら言われたんだが……
どういう意味だと、首を傾げる羽目になった。
―――
朝食の後。
「さて、じゃあクノ、何をしようかしら」
「何をって、この後?」
「ええ、折角来てくれた訳だし……私の希望を言うと、コタツに入ってテレビを見るのがいいわね。大晦日っぽくて」
エリザが笑って言う。
まぁ定番だし、それはそれでいいんだが。
一人暮らしとなると、どうしても気になってしまうのが、
「なぁ。……家事は?」
「うっ……洗濯物が少々あるけど、気にする必要はないわ」
案の定、図星を突かれたような表情をするエリザ。
俺がいるから、遠慮しているのだろうが、しかし。
「いやいや、それは気にするだろ。早めにやっとかないと、後々辛いぞ? 俺も手伝うからさっさと終わらせて、」
「手伝わせる訳ないでしょう、この馬鹿! 今から終わらせてくるから、適当に休んでなさい!」
バシッ、とグーで胸を殴られた。
痛くはないが、驚いているうちに食堂からでていってしまうエリザ。
何が悪かったのかと考えて約一分。
「あ、そっか。洗濯物だもんな……」
デリカシーが足りませんでした。本当に申し訳ない。
と、いまさら気付いた所で時既に遅し。
とりあえずそれは後でエリザに謝罪することにして、
今は不用意な言動で空いてしまった時間を、どうするかだよな。
エリザはオフ会の時と同じ部屋を、寝れるように準備したと言っていたっけ。
ここに来て、どっと眠気が襲ってきてるんだよな……今のうちに、少しだけ仮眠をとるとするか。
「くぁああ……よし、寝よう」
睡魔と闘いながら食堂を出て、自分にあてがわれた部屋へ。
そして黒いふかふかベッドに向かって倒れ込み……俺の意識は、いとも簡単に断たれた。
―――
Side:エリザ
まったくもう、クノは……一体何を考えているのかしら。
女性の一人暮らしの洗濯を手伝うとか、デリカシーの有無以前の問題だと思うのよ。
いえ、きっと何も考えていないのでしょうけど。
完全に善意で言ってくれたということも、わかってはいるのだけれど。
でも、わかっているのと納得できるのはまた別なものよね……
朝食の時のことといい、私って彼に全く意識されてないのかしら。
こっちを期待させるようなことばっかり言うくせに、一度として思った通りの展開にはならないし。
クリスマスイブの時だって、あんな……ネックレスなんかくれたくせに、次の日には何事もなかったかのように振舞うし。
オフ会の時だって、あれほど醜態を晒した私を、それでも受け入れてくれたと思ったら、また普段通りに接してくるし……
『ずっと傍にいる』
なんてことを言われて、凄く舞い上がっていたのに。
全部私の一人相撲みたいで、虚しくなってくるじゃないの。
だってあれ、普通なら事実上告白みたいなものでしょう?
そのあと『これからもよろしく』とか言っちゃって。完全に告白されたようなものだと思ったら、やっぱり違うみたいだし。
じゃあアレは一体なんだったのよ!? 思わせぶり過ぎるのよもう!!
そもそもあの時、あれだけ身体を重ねた(そのままの意味だけれど)仲なのよ?
クノの無神経さに腹が立って、それでも彼と離れたくないと思って勇気を振り絞っての行動だったのに……
なんで意識すらされないのよっ!?
というかそもそも、あの無表情も悪いわ。
その……なんというか勢いでキ……キスをしそうになった時でも、表情一つ変えないってどうなのよ?
普通緊張したりとか、躊躇ったりとか、そういうのがあるはずでしょう。
そりゃあ、たとえ勢いでも”あのクノが”キスをしようとしてくれた。それだけでも嬉しいけど……
いえ、でも。……良く考えると、あの時のクノにされていたら、後悔したかもしれないわね。
せめて最初くらいは、ロマンチックな状況で、クノに優しく微笑んでもらいながら……なんて思うのは、駄目なのかしら。
……相手がクノじゃ、望み薄かもしれないわね……
「ふぅ、これで全部っと」
クノに言われて洗濯に向かった後。
私は二日分の洗濯物を一気に洗濯機に入れ、ゴウンゴウンと回していた。
こういう時、洗濯機が大きいと楽よね。別に私が買ったものではなく、姉さん達の趣味のようだけど。
「ふわぁ……」
しかし、眠いわ……
クノの手前はいつも朝早く起きているというようなことを言ったけれど、実際はそんなこともないのよ。朝は結構遅い方。
でも今日は、できるだけ長い時間彼と過ごしたかったから……
なんて、ね。
そして脱水まで終わらせて、後は干すだけという段階になる。
洗濯籠を持って、お風呂場の隣にある乾燥室へと運ぶのだけれど……ここ、凄く便利よね。
これは姉さんたちの趣味ですらなく、この屋敷に元々備わっていたみたいなのだけれど。
今日みたいな曇り空でも問題無く洗濯物を乾かせるというのは、非常に有り難いわ。
勿論二日分の洗濯物を、非力な私が一度に運べる訳も無く。
四回に分けて運び、ようやく全てを干し終わった。
「……ふぅ」
なんだかんだ言っても、私はクノが……その……
世間一般で言う――――
――――”好き”なのだと思う。
どれだけ馬鹿で鈍感でデリカシーが無くて変人で無表情でも、彼と一緒に居たいと、そう思うから。
きっかけは正直、これといってないのだけれど。
強いて言うなら、クノと出会ったその時……になるのかしら。
彼の持つ雰囲気に、なんとなしに安心感を覚えた。
その雰囲気に包まれるうちに、ずっとこの人と一緒に居たいと思えた。
ただ、それだけのこと。
小説や漫画みたいな劇的な出来事があった訳でもなく、だからこそ、私は彼に惹かれたのでしょう。
どんな時でも変わらず”変わっている”彼に、安心感を覚えたのでしょう。
私の理想の人はなにより、”普通でない”ことが条件だったから。
”普通”の人には、私は手に負えないと、自覚してしまっているから。
私には一つ、彼に言っていない秘密がある。
それは、私のこの紅い瞳に関わる問題なのだけれど……
そんなことを気にせず、全部まとめて包み込んでくれそうな彼に、祈るような想いで。
そんなことを気にせず、全部まとめてぶち壊してくれそうな彼に、縋るような想いで。
好きに、なったのでしょう。
でも、私は知っている。
どれだけ彼の気を引こうが、無駄だということを。
どれだけ彼を想っても、無意味だということを。
私自身の問題として、よく知っている。
なぜなら私は――――
エリザ周辺には、ファンタジー系の伏線が多数あります。
しかし本編ですぐに回収はできなそう。ジャンルがSFですしね……
思わせぶりな切り方して、回収が遠いとか……本当に申し訳ない。
幸せな結末を目指して頑張ります。
……で、それはそれとして。
ついにストックが切れてしまいましたorz
最近執筆の時間が中々とれないのです。
来週から週に一話だけ投稿とかなったら、この駄目作者めと踏んづけてやってください。
せめて今年中は週に二話でいきたいが……