第九十八話 打ち合わせのお話
12月30日、木曜日。
昨日と同じく、今日も北フィールドにて一人寂しく狩り三昧だ。
現在時刻、夜の十時過ぎの時点で、レベルは46にまで上がった。
といっても、明日のことを考え、今日ボスに挑むのは流石に自重だ。
あと大きな変化としては、レイレイが戦闘に慣れてきたことだろうか?
今までは遠巻きにクエーと鳴いているだけだったのが、待機位置は変わらないがピクリとも動じなくなった。俺が剣を携えて近づいても、前ほどは反応しなくなってきたし。
心なし瞳からハイライトが消えている気がしないでもないが、良い兆候だ。
きっと連日俺が説教をしたのが効いたんだろうな。
このまま心の強い騎獣に育ってくれると嬉しいんだが。
そんなことを思いながら、レイレイの首筋をがっちりつかんで俺はフィールドを駆ける。
後一回二回戦闘したら、一旦ギルドに戻ることにしようっと。
明日はエリザの家にお泊まりな訳だが、何時から行ったらいいかとか聞いてなかったもんな。
モンスターの所まで最速で駆けぬけ、流れるような動作でレイレイから降りるとその中に突っ込む。
魔王のような衣装が広り、バサバサと音を立ててモンスターを威嚇した。
敵の真ん中に陣取って【異形の偽腕】展開が一番楽なんだよな。
そして向かってくる憐れな生贄を鎧袖一触で光の粒子へと変え、レイレイを呼び戻し、またモンスターを求めてフィールドを駆ける。
俺一人しかいないからか、モンスターがあんまりポップしない……見つけても俺が速攻で狩りつくしてるせいもあるだろうけど。
こういう状況では、自動的にモンスターをポップさせて呼び寄せる『誘香の腕輪』は本当に便利だな、としみじみ。
そして見つけたモンスターをもう一度蹴散らし、俺は『帰巣符』を使って『ホーサ』のギルドホームへと帰還するのだった。
―――
「エリザ―、ただいまー」
「お帰りなさい、クノ」
いつものようにやりとりをして、いつものようにカウンターの席に座る。
強いていつもと違うことといえば……
「ちょ、クノさん! 私もいますよ私も!」
「うん、子供は寝る時間だぞ。おやすみフレイ。清十郎さんにも言われてるだろ?」
フレイがカウンターで紅茶を飲んでいたことだろう。
「まだ十時です! あと一時間は大丈夫です! ……多分」
「ほら、寝る子は育つっていうだろ? そんなことじゃ大きくなれないぞ」
「クノさんにはあんまし言われたくねぇのですよっ」
「ふん、残念だったな。俺は最近あまり寝ていないが、背は伸びているんだ。もうすぐカリンに届きそう」
「さっきの自分の話思い出してくださいよっ!?」
「フレイは元気だなぁ、エリザ」
「そうね。でも今の時間をもう少し考えて欲しいわよね」
「全くだ」
エリザと絡みながら、フレイを弄る。
あー、なんかこれも一種の癒しかもしれんな。楽しい。
フレイはこういう反応は良いから。
「な、なんなんですか二人してー! もう怒ったのです! 落ちますっ!
エリザさん、紅茶有難うございましたっ! クノさん、一日は十二時ごろに私のお家に来てください! 車は要りますかっ!?」
「必要ない」
「了解! ではおやすみなさいーだ!」
ダダダ、と階段を駆け上っていくフレイ。
ドタン!
「あ、こけたな」
「こけたわね」
それっきり音は聞こえてこないので、静かに自室に入ったようだ。
なんて騒々しい奴だろうか。今の会話だけでエクスクラメーションマーク何個あったよ。
俺が呆れていると、エリザは言う。
「貴方、少し疲れているようね。レベル上げを頑張っているようだけれど、あまり根を詰め過ぎるものじゃないわよ?」
「ん? 疲れてる…………まぁ、ちょっとな。でもなんでわかったんだ?」
確かに二日連続モンスターと戦い漬けで疲れていたと言えば、そうなのだが……
自慢じゃないが、顔には絶対に出てなかったはずだ。
「フレイへの対応からよ。いつもより弄りの雰囲気がきつかった気がしたから」
「そうかぁ?」
「まあ、私の気のせいだったらそれでも良かったんだけど……精々明日はゆっくり休みなさい。ゲームで疲れるって、何か本末転倒な気がするし」
そう言って、優しく紅茶を出してくれるエリザ。
「でもモンスターと戦うこと自体は好きだからなぁ、苦ではないんだが。スタミナもほとんど消費しないようにしてるし」
スタミナ管理は、かなりしっかりしている。
でないと、すぐに倒れるからな。
「それでもよ。自分でも知らない内に疲れが溜まることだってあるのだし。自己管理は大切よ?」
「そう言われるとぐうの音も出ませんが」
じゃあお言葉に甘えて、明日はエリザの家でゆっくり……
って、そうだ。
そのことを聞こうと思ってたんだった。
「なあエリザ。明日は何時頃に家に行けばいいんだ? あと、持ち物とかさ」
「そうね……我儘を言わせてもらえるなら、だけど。できれば朝から来てほしいわね。持ち物は着替えだけで結構よ」
「朝……朝か……。何時くらい?」
あんまり早いと、起きるのが不安だ。
「朝食も一緒に食べたいから、六時とかかしら?」
「早ぇな!」
思わず叫んでしまうと、びくっとなるエリザ。
持っていたカップがカタン、と音を鳴らし、中身が少し飛び散った。
尤も、琥珀色の液体はカウンターに落ちてすぐに蒸発するように消えるのだが。
「そ、そうよね……ごめんなさい。別に強要する権利も無いし、何時に来てくれても構わないから、」
「しかしその提案、乗った」
「え?」
きょとん、とした顔のエリザ。
僅かに首を傾け、疑問を表現する彼女に、俺はあっさりと告げてやる。
「六時だろ? 了解了解」
「……いいの? 前に朝はかなり弱いって言っていたけれど」
うん、そうなんだ。確かに俺は朝に弱い。というか寝起きが悪い。
が、しかし。それを押してでも俺にはエリザの家に早く行く理由があった。
それは、
「エリザの朝ご飯が食べれるんだろ? ここんとこまともに飯食ってなかったから、是非食べたい」
昨日今日は、本当に最低限の休憩以外は『IWO』にログインしていたからな。
今日なんか、朝に棒状の固形栄養食を一本食べた以外は何も口にしていない。
……あれ? 何気にヤバいか。冬休みだからといって無茶しすぎだろうか。
でも自分で作るのは面倒だし、幾ら栄養云々といっても、俺の料理は味がしないため頻繁に作ろうという気力もますます減っていくんだよな……
いや、最低限は作ろうとは思っているけどさ。
「……それは嬉しいけど、ご飯はちゃんと食べなさいって」
「うむ、面目ない」
呆れたようなエリザの声。
この前とは完全に立場が逆転してしまったな。
「しかし……エリザって、意外と規則正しいんだな、朝は。朝食が六時とか」
「え、ええまぁ……」
微妙な笑いをしながら頷くエリザ。ふむ。
しかし、そうするとエリザはちゃんと寝ているのだろうか……心配だ。
非常に心配だ。俺が言えたことじゃないけど。
「エリザ、ちゃんと寝てる?」
「ええ、寝てるわよ」
「本当に?」
「寝てるわよ」
「……本当かぁ?」
「しつこいわね、どうしたの?」
「いやだってさ、いつも俺より落ちるのが遅いのに、起きるのは俺より早いんだろ? いつ寝てるんだよ」
「……」
俺の質問に、急に黙ってしまうエリザ。
「どした?」
「……ひ、昼寝とかしているのよ。ええ、そりゃあもうたっぷりと。だから心配はいらないわ」
「成程。でもそれだと成長、がッ!? ……エリザさん、熱いです」
「自業自得よ。……私は別に、このままでも……」
ばしゃりと勢いよく紅茶を掛けられた。
濡れた顔が急速に乾いていくのを感じる。
どうせなら気化熱的に顔も冷ましてくれないもんだろうか。
そして俺の目の前でストーン、と視線を落としていくエリザには、何やら哀愁が漂っている。
……いやね? 別にその部分について言及したわけではないというか、
エリザは全体的に小さいからつい子供のような感じで口にだしてしまったというか、なんというか、
「……だ、大丈夫だって。ほら、俺は小さい方が好きだし」
……。
……いや、あれ? 苦し紛れに何を言ってるんだろうか、俺は。
いろいろと小さい方が好みなのは確かだが、ここで言うのはちょっと違ったよな、うん。
とか思っていると、顔を上げてジトーとこちらを見つめてくるエリザ。
「……なんでしょうか」
「今の、本当?」
「や、うん、まぁホントだけど……」
「本当の本当に?」
「本当の本当に」
「……仮に選ぶとするならよ? フレイみたいな巨乳と、私みたいな慎ましやかな胸だったらどっちが良い?」
「慎ましやかな方が好みです」
「カリンみたいな美乳と、私みたいな慎ましやかな胸だったら?」
「慎ましやかな方が好みです」
至極真面目な顔をして言い合う俺達。
……何が悲しくて、俺の性癖の確認なんぞされているんだろうか。
でもいいよね、何かと小さい方が。なんと言っても可愛らしいし。
妖精とか。
ジャッジさんとか。
ジャッジさんとか。飼いたい。
「そう……ならいいわ。ふふん」
何がだ。
安心したように微かな笑みを浮かべるエリザ。
何かに対して勝ち誇ったような顔をしている。
……うーん、彼女の内心は複雑すぎてよくわかんないなぁ。
「ふぅ。ところでクノ、今日はもう寝たらどうかしら? 明日、ちゃんと起きてくれないと困るわ」
機嫌のいいエリザが言う。
「あー、確かにそうだな。じゃあ、寝ることにする」
残っていた紅茶を飲み干すと、カップをカウンターに置いて俺は席を立った。
なんとなく、今日はよく眠れそうな気がする。
「じゃあ、おやすみエリザ。また明日」
「ええ、おやすみなさいクノ。また明日」