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第九十七話 『人類最強』の特訓のお話

 12月29日、水曜日。


 今日はそろそろボスに挑もうかなー、なんて考えながら『IWO』にログインして、はたと思いあたる。

 俺の今のレベルは43。第四の街のボスのレベルは、未だ挑戦者はいないから詳しくはわからないが、おそらく60。

 ボスに挑むにはレベルが±15以内でないといけないので、最低でもあと2レベルは上げないと、どんなに北フィールドで狩りが順調でもボス戦はできない計算なのだ。


「……しゃーない、レベル上げるか」


 昨日はなんだかんだ言っても、検証の意味合いが強かったため本気でレベル上げって感じじゃなかったしな。

 やるなら一日みっちり、モンスターを倒し続けてやろうじゃないかと。

 【死返し】の方の特訓もしなくてはいけないんだけど、あれはタイミングを失敗するとHP0になるからなぁ……

 しかも多分、モンスターの攻撃よりも効果でHP0になる方が優先度高いから、【不屈の執念】も発動してくれない。


 ものにするまでに何回街に死に戻るんだろう、ということを考えると、安易にレベル上げに走りたくなる俺の気持ちも察してくれると嬉しいな、なんて。

 今年中は、レベル上げに専念。年が明けたら【死返し】の特訓ということにしよう。



 ……しかし、久々に落ち着いてモンスターを虐殺できる訳か。うむうむ。


 これから始まる戦闘漬けの一日に思いを馳せながら俺は、メンバー全員が狩りに出かけているらしく、誰も居ないギルドホームから外に出たのだった。


 時刻? 勿論昼過ぎですよ。




 一旦中央広場まで行って、ショートカットで北門へと移動。

 この辺りはほとんどプレイヤーがいない。いるとしても、ギルド『グロリアス』関係の人ばかりなんじゃないだろうか? ちなみに北門のすぐそばにあるでかい建物が、『グロリアス』のギルドホームです。立派なもんだよな。


 閑散とした大門をくぐると、そこは昨日一日で見慣れた草原フィールド。

 門からこっちにはプレイヤーは誰も足を踏み入れておらず、通りの右側――『グロリアス』のギルドホーム前に居た、鎧を着た角刈りのお兄さん達に敬礼をされたくらいだ。

 ……あー、瞬殺した人達の中に混じってたのかな? まぁ、どうでもいいか。


 さて、今更だが北フィールドの地形を説明しよう。

 まず最初に背の高い草に覆われた草原部分がある。そしてこれをずっと進むとだんだん足元がぬかるんできて湿地に変貌し、さらに進むと沼まででてくるのだ。


 そして一際大きな沼の向こうに、ボス前のセーフティーエリアがある。

 ボスは沼から這い出てくる感じなんだろうかね?


 俺が今いるのは、戦いやすさを考慮して草原部分だ。


 さぁ、では早速。

 始めようか。




 ―――


 Side 花鳥風月




「そういえばクノさん、今頃何やってんですか、ねっ!」

「さぁ? 西にいないということは、東か北のフィールドなんじゃないかな」


 第四の街『ホーサ』の西フィールド。

 そこの中ほどあたりで、ギルド『花鳥風月』メンバーは狩りをしていた。

 周囲にもプレイヤーはいるが、何故か彼女たちの周りは、ぽっかりと十分なスペースが空いている。

 それは今現在実力的に一位、二位を争うギルドだからという他にも、彼女たち自身の美貌に周囲が気後れしているというのもあった。


「メニューを見たら、クノなら北のフィールドにいるわね」

「……馬鹿なんですかね、あの人はもぅ……【極刺撃】! っと、終了です」


 フレイの双剣が黄色の閃光を纏う。対峙していたのは『メイルワーム』という鎧を着た巨大芋虫だ。

 その鎧の隙間を正確に穿って、光の粒子として空中に散らせるフレイ。

 狙った部位に正確に攻撃をするということにおいて、『花鳥風月』内で堂々の二番手を誇る彼女だからこそできる芸当だ。

 ちなみに一位はいわずもがな。人類としてはギルド内で一番手だと言っても良さそうだ。


「ふぅ、ご苦労様。……まあ、私より一回りほどレベルが低いのにもう北というのは確かに……フォローできないな。というかむしろ、そんなレベルの人間にトーナメントでやられた私のフォローをして欲しいくらいだ」

「負けたのにぐだぐだと言うのは醜いわよ」

「わ、わかってるよ……むぅ……」


 急に口を尖らせ、愛剣『セレスティアル』を撫で始めるギルドマスター。


「うおっ!? エリザさん駄目ですよ、カリンさん落ち込ませたら~」

「最近、カリンさんが打たれ弱くなっている気がしますね」

「そだねー。主にクノくん絡みだけど」


 中学生組二人にこそこそと話をされる辺り、威厳も地に落ちているようだ。

 尤も、彼女らは上下関係で縛られているのではなく、全員が対等な”仲間”なのだが。

 少なくとも一人一人の意識は、そんなところである。


 新しいモンスターが出現するまで、西フィールドをうろうろとする『花鳥風月』。

 その中途で、メニューを展開していたエリザがポツリと言った。


「あら、クノのレベルが44になっているわね」

「おお、まじですか。これでほぼ私達と同じな訳ですね」

「彼のペースを考えると、私でも今日中にでも抜かされそうな気もするけれどね……」

「じゃあ、一層頑張んないとじゃないですか! ほら、あそこにモンスターが沢山! さぁ行きましょう!」


 前方を指さし、駆けだすフレイ。


「ちょ、フレイ! あの集まり方は不自然だから! 多分他のプレイヤーが、」


 カリンが慌てて叫ぶが、ギルド一のAgiを持つフレイには聞こえていないようで、元気よく手前のモンスターの背中を串刺しにする……寸前で、滑るように後ろに下がった。

【ハイステップ】である。


「とっ、ととぉ。危ない危ないです」


 制止はしたものの、どうしてフレイがそんな行動をとっているのかがイマイチ掴めないカリン達は、慌ててフレイに追いつく。

 そして全員がモンスターの群れ(?)を遠巻きにして見て、成程と頷いた。


 二十は下らない、さまざまなモンスター達。

 その中心にあったのは、真剣な顔をして並みいるモンスターの攻撃を大剣で受け止め続ける、『人類最強』の姿だった。


「おーい、オルトスー! 何やってるんだーい!」


 モンスターから十分に離れた位置から声をかけるカリン。

 その声が届くべき相手の姿は、大量のモンスターで見え隠れしているが、はたして大丈夫なのだろうか。

 待てども待てども返事が無く、心配になる『花鳥風月』メンバー達。


「これ、助けた方が良い感じですかねー?」

「いやでも、彼のHPはまだ半分残っているし。ポーションで今も回復しているし……放っておこうか」

「そうね……何をしているのかは気になるけど、放っておきましょうか」


 全員がスルーの方向で固まりかけた時、偶然にも彼の視線がメンバー達の視線とかみ合った。

 顔を一瞬で真っ赤にし、明らかに無理がある角度で首をそらすオルトス。

 そしてその代償として彼は、大量のモンスターに隙を与えてしまった。見る間にモンスターに埋もれていってしまう。


「……ってちょ!? あれは流石に助けないとですよね!?」

「ちょっと待ってて、あたしが纏めて吹き飛ばす!」

「頼むよ、リッカ!」

「ではわたしは、何とかオルトスさんにヒールを掛けてみます」

「隙間がなさそうだし、彼の姿は見えないのだけれど。ターゲッティングできるのかい?」

「はい、大体の位置が分かれば」

「地味に凄いことできるわね……」


 そしてリッカが魔法の詠唱を始めて、十数秒後。

 ときおり優しい光が漏れ出てくるモンスターの群れを、巨大な火球が直撃した。

 たまらず吹っ飛ばされるモンスター達。

 中心に居たオルトスは、Vitが高く吹っ飛びには耐性があるため、よろめいていただけだったが。


 リッカの一撃でHPが減ったモンスターを、総出で掃討していく『花鳥風月』メンバー。

 いきなりのことで驚いていたオルトスも途中で加わり、数分で戦闘は終了した。


 そうして今は、オルトスに事情聴取タイムである。


「なんであんなアホなことしてたんですか? クノさんじゃあるまいに」


「いや、そのクノにリベンジをするためなんだがな……」


 ボリボリと短い髪の毛を掻くオルトス。


「……クノさんとおんなじことすりゃ勝てるようになるとか考えてんですか?」

「流石にそれはねぇよ。大体アイツ、フィールドに居る間は平均して常に三十はモンスターに囲まれてんだろ? ありえねぇよまじで……」

「あー、まあそうですね……」


 ちなみに。こんなことをオルトスは、現在メンバーから5mは離れた所で後ろを向いて喋っている。

 助けられた恩がなければ、すぐにでも逃走していただろう辺り、本当にヘタレである。


「じゃあオルトスは、何をしてたんだい? モンスターの攻撃を防ぐばかりで反撃はしていなかったようだけど、マゾな趣味にでも目覚めたのかい」

「や、それはねぇよ……ほら、カリンさんならわかると思うが、トーナメントの賞品に【ジャストガード】ってスキルがあったろ? それをなんとかして使いこなそうと思って、練習してたんだよ」

「【ジャストガード】……ああ、成程。それでクノ君対策か」

「そういうことだ」

「カリン、私達には全く話が分からないのだけれど」

「ああ、そうだね……ええと、【ジャストガード】というスキルはだね……」


 カリンがうろ覚えでスキルの説明をしようとするが、それより早くオルトスの方から小さなウインドウが空中を滑って来た。


「スキル詳細を開いたから、それを見てくれ」

「いいのかい?」

「問題無い」

「では、お言葉に甘えよう」


 半透明なウインドウを、五人の美少女が囲む。

 そこには、こんなことが書いてあった。



【ジャストガード】PS


 相手の攻撃を、タイミング良く武器でガードすることで、その攻撃によるダメージを0にする

 相手攻撃力によって、ガード時の消費スタミナ増減



「ああー、な~るほどです。これならクノさんにも効きますね」

「そうね……あわよくば倒せそうね」


 うんうん、と頷く彼女達。


「でもこういうスキルは大抵、扱いが非常に難しいものだったと思いますが」

「だよねー……あー、だから猛練習するのかー」


「そういうこった。今んところ、モンスター相手でも成功率は二割ってとこだけどな」


 オルトス程の卓越した技術を持つプレイヤーであっても、成功率二割。いかにこのスキルが扱い難いかというのが、良く分かる。

 さらにこの数字は、相手がプレイヤーになると当然下がるだろう。


 しかし彼の瞳は、メラメラと燃えていた。絶対に諦めないという覚悟があった。

 このまま猛練習を重ねていけば、必ずクノ相手でも絶対に【ジャストガード】を成功させられるという確信が、彼にはあった。


 ……尤もそんなことは後ろを向いているために、『花鳥風月』メンバーにはこれっぽっちも伝わらなかったのだが。


「じゃあそういう訳なんで、俺はもうちょい頑張るよ」


 ウインドウを手元に戻してもらったオルトスが、後ろの五人に向かって告げる。


「うん。じゃあ、私達は邪魔にならないように少し遠出するとしよう」

「悪いな」


「いいよ。ではまぁ、頑張ってくれたまえ!」

「さようなら」

「頑張ってくださいなのですよ~。あ、でもやっぱりクノさんが負けちゃうのは想像できないですけど」

「フレイさん、後半は非常に蛇足です。では、オルトスさん、頑張ってくださいね」

「ばいばーい! ふぁいとー!!」


 『人類最強』の背に向かって声援を送り、広大なフィールドを歩いていく『花鳥風月』。

 彼女達は知る由も無かったが。


 一人になった後、涙ぐむほど喜んだ一人の男が居たとか居なかったとか。



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