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第九十六話 邪具のお話



「ただいまー」


「お帰りなさい」

「あ、クノさんお帰りですー」

「お帰り。クノ君」


「おう、ただいま」


 ギルドホームに入ると、出迎えてくれたのは三人の美少女だった。

 ……出迎えてくれる人がいるって、良いよな。


「中学生組は、もう落ちた?」

「ああ、少し前にね」


 ギルドの共有倉庫に素材を突っ込みながら尋ねると、カリンが答えてくれた。

 ちなみにこの作業、毎回やっているのでもう一瞬で終わる。慣れってすごいね。


「私もそろそろログアウトなのですよー。今日はクノさんを待っていたのです」

「そうか有難う、お休み」

「あれ!? 反応が思っていたのの十分の一くらいに軽い!?」

「気のせいだろ。……そんなことよりエリザ、」

「そんなこと! そんなことって言いいましたこの人ぉ!」


 と、いつも通りフレイをひとしきり弄ってから、彼女はログアウト。

 後ろを見るとエリザとカリンは、いつのまにか二人でゆったりと紅茶を飲んでいた。


「クノの分も入れたわよ、はい」

「有難うな」


 カウンターの丸椅子、カリンの隣の席に腰かけ、ホッと一息。


 まだ湯気の立つ紅茶の香りを楽しみながら、

 エリザに新生『黒蓮』の使い心地などを話して改めて礼を言う。


 当の本人には何故か「今更何を言っているの?」みたいな呆れ顔をされたのだが、俺別に間違って無いよな? 何かしてもらったら礼を言う。うん、普通だ。


「クノ君は割と律儀すぎるんじゃないかな? エリザとしても、何回も礼を言われてもこそばゆいだろうし」

「いやでも、昼間はなんだかんだで礼が雑になったなぁ、と思ってさ。人間関係を円滑に進めるには、こういう所こそ大事だと思う訳だよ」

「まあ、別に悪い事でもなければ悪い気もしないし、いいのだけれどね」

「そんなもんか」

「そんなものよ」


 こんな感じで他愛無い雑談をして、ゆったりと時間を過ごす。

 この三人は、言わば『花鳥風月』年長組だからな。どちらかというと静寂や平穏を好む俺としては、この気疲れしない落ちつける雰囲気は有り難い。

 現実では、中々手に入らない時間だしなぁ。大切にしたいものだ。


「……じゃあクノ。そろそろ本題に入ろうかしら」


 エリザの雰囲気が少し変わる。

 本題……つまり、呪具の改造のことだな。

 そろそろ俺の方から首尾を聞こうかと思っていたのだが、一体どうなったのだろうか?

 カリンも、俺の隣で耳を澄ませている。


「結論から言うと……Strの上昇率は大幅にアップしたわ」

「おお、そりゃ有難いな」

「アレ以上アップしたのかい……」


 淡々と告げるエリザ。

 しかしその表情は晴れない……どうしたのだろうか。


「ただ、ちょっと問題がでてきてしまったのよね……まぁ、とりあえず実物を見てくれるかしら?」


 そうしてエリザが取り出した攻撃的なデザインの手袋(全体のラインがシュッとして、黒蓮にもあるような精緻な意匠が刻んであったが)を受けとり、横から覗きこんでくるカリンとともに詳細を確認。

 ウインドウに映っていたいたのは……


「……おぉ」

「こ、これは……」



『《邪具》茨の黒手』(others) Vit-500


 特殊効果:

 Str上昇+80%

 武器Str+100%

 最大HP減少-75%、Vit/Int/Min/Agi/Dex減少-80%

 この防具の耐久値が0になった場合、以下の効果が発動

 ①360分間獲得経験値減少-90%

 ②60分間武器装備不可


 耐久値 1/1



 Strの上昇率が、+40%から+80%に!

 更に武器Strも+100%!


 二倍かぁ……二倍なぁ……

 素晴らしいじゃないか。


 さらっと《呪具》から《邪具》にクラスチェンジしてるけど、これこそが改造ということだろう。『邪具覚醒片』なんていかにもな名前も出てたし、特に驚くことじゃないか。


「はちじゅう……クノ君、なんだいこれは……」

「防具」

「絶対違うよね!?」


 わなわなと震えた後、がー、と吠えるカリンにエリザが冷静に一言。


「防具よ」

「だってさ」

「……うぅ、納得いかない……」


 額をカウンターに打ち付けて、そのまま動かなくなるカリン。

 エリザに目配せすると、「放っておけば?」というような視線が返ってきたので、そうすることに。


「ところでエリザ。これのどこに問題があるんだ? 俺には素晴らしい防具にしか見えない」

「そうね……。普通に考えると、Str上昇の後に書かれてる諸々のデメリットがもう大問題なのだけれど……クノは上手い具合に無視できるものね」

「ああ、他のステータスが下がろうがHPが削られようが、ノープロブレムだ。これでMPが削られたらまだヤバかったんだがな」

「でしょう? ……でも、今問題なのはそこではないのよ。ここに、Vit-500ってあるでしょう?」

「あるな」


 通常の防具ならVit”+プラス”~のところが、”-マイナス”になっている。

 が、しかし。俺のVitは元から0だし、これ以上下がりようが無いから関係ないんじゃ……


「これ実は、貴方にも十分に関係があることなのよ」


 深刻そうに告げるエリザ。

 その言葉で、俺はなんとなく”問題”とやらを察してしまった。

 元が0でも問題があるというなら、その下。つまりは……


「『IWO』って、ステータスのマイナス値が存在するのか?」

「その通りよ。これは今までの検証で、確実になっている事なのだけど……今のクノの状態でその防具を装備すると、ステータス画面にはVitが0と表示されても、実際には-500になるわ」

「へぇ、まじか…………ん? いやでも、マイナスになったからって何か問題があるのか?」

「あるわ。……Vitというのは、単純に”物理防御力”だけじゃなくて、いろいろな”持久力”にも関係するステータスだというのは知っているわよね?」

「ああ。Vitが多いと、スタミナが増えたり、筋肉が疲れにくくなって力を長時間出し続けられたりするんだよな? で、確か0だと現実と全く同じくらいになるんだろ?」

「そう。……じゃあそれが、マイナスになったらどうなると思う?」


 マイナスに……ということはつまり。


「もしかして……現実よりも、貧弱になってしまうということか」

「そういうことよ」


 頷くエリザ。


「まるでエリザみたいになってしまうと」

「それは言わなくてもいいわよ……」


 エリザが言うには、Vitがマイナス値になると、具体的には

 ①スタミナの減少

 ②消費スタミナの増加

 ③筋疲労度の上昇

 という弊害が起こるらしい。しかも-500というとかなり大きいもので、これまでとは比べ物にならない程の弱体化が進んでしまう、と。


 筋疲労度の方は、剣を振るという動作だけなら俺の廃Str値で普通にカバーして余りあるようだが……スタミナの方は、そうもいかないらしい。


 いままであまり気にしてこなかったが、いくら俺のStr値でも、剣を振る時に消費するスタミナは最低限あるらしく。

 その消費量が増えて、なおかつ上限がガッツリ減るとなると、これからは長時間の戦闘はできなくなるらしい。


 ならばそこをどうにかしなくてはいけない訳だが、

 今のところ確認されているスタミナ回復アイテムは、『水』(浴びると時間経過で微量のスタミナ回復)と『聖水』(浴びると一瞬でスタミナ全回復)だけだ。

 なにこの両極端。なんでポーションみたいに中間がないんだよ……『澄んだ水』とか用意しろよ……

 しかし『水』じゃあ効果が薄すぎるし、『聖水』は数に限りがある。


 結局アイテムに頼る方法も、あまり得策とは言えない訳で。


「つまり……クノ君は活動時間制限の付いた生体兵器にジョブチェンジする訳だね!」


 カリンが復活して、良い笑顔を見せてくださった。

 人をウルト○マンみたいに言うな。3分以上持つわ。


「クノのStrを考えて、例え剣を振るだけだとしても、15分の戦闘で限界点じゃないかしら? 『偽腕』を操るのにもスタミナを消費するんでしょう?」

「操るのに消費というか、『偽腕』がした動作に応じてスタミナが消費されるだけだがな」


 そう。

 俺は『偽腕』を使って七本の剣を振るうため、普通のプレイヤーと比べても剣を振るのに消費するスタミナは単純に言うと七倍。実際にはそうでもないのだが、こういう点でも、スタミナの罠が俺を襲うのだ。


「うわぁ、まじか……。邪具を装備すると超疲れやすくなって、装備しないとStrが……」

「……他の防具で、何とかVitのマイナスを軽減するというやり方もあるにはあるのだけど、」

「それは駄目。あくまでも俺は火力に拘る」


 エリザの提案を跳ねのけ、俺は決意する。


 ……そうだな、うん。良く考えたら最初から選択肢なんて無かったんだ。

 このゲームを始めるときに、俺はなんと誓ったか。どういう目標をもってやろうと思ったのか。


「……でも実際問題、クノ君の火力が上がるとはいえ、それに対してのデメリットが今回は大きすぎるんじゃいかい? やめておいた方が……」


 カリンが何か言うが、俺の意思は揺らがない。

 エリザはただ、真っすぐに俺を見つめてくれていた。


 ああ、そうさ。

 Str極振りの道を行くんだったら、当然――――



「バッカ、Strが上がるんだぞ!? 俺は今から、この邪具と共に歩む!」



 ――――だって、やっぱりStr+80%は惜しいから! 武器のほうも超上昇だし!



 俺が拳を握りしめて力説すると、エリザがふっ、と苦笑し、カリンが変なものを見る眼で見てくる。


「……まあ、だと思ってたわ」

「……クノ君の思考回路が本格的に不思議だよ……。リスクとリターンの計算は一体どうなっているんだい? エリザ、今度クノ君についてのレクチャーをしてくれないかな……割と切実に」

「おい、俺を奇怪生物みたいに仕立て上げるな。レクチャーってなんだレクチャーって」

「無理よ、カリン。私もなんでもわかるという訳ではないのだし……むしろわからないことの方がずっと多いわ」

「む……ん。確かにそうだね……」


 女性二人が、考え込むように少し黙る。

 ……どうやら変な講義の題材にされる危険は回避したようだ。


「でも流石に普段からは付けられないし、戦闘時だけ装備することにしよう」


 そう言っていそいそと『茨の黒手』をインベントリに仕舞う俺。

 フィールドに出向くだけでもうへとへとと言うのは、流石にご免だからな。本音を言うと片時も離さず装備していたかったんだが、仕方ない。


「まぁ、それは妥当だろうね……良かった」

「流石にそこは普通の思考なのね。ふむふむ」


「……君たちは、俺をなんだと思っているんだろうか……」


「でもクノ。一つ確認して良いかしら?」

「なんだ?」


 エリザがぴん、と人指し指を立てて言ってくる。


「貴方、ボス以外で一撃で倒せないモンスターって、いるのかしら?」

「や、いないな」

「即答かい……」


 今のところは、だけど。

 そういえば今日は北フィールドのボスエリア前まで進んだが、結局全てのモンスターが一撃だった。


「じゃあ、これだけ言わせて欲しいのだけど」

「……お、おう」


 エリザが立てた指で俺の額を突きながら、ごごごと迫って来る。


「貴方、この手袋を普段の戦闘でも付ける必要性ゼロじゃないの」


「……」


「ああー、確かにそうだね。なんとなく騙されたけど、よくよく考えたらクノ君は攻撃力を上げる意味すらないじゃないか」


 俺の横で、カリンがぽん、と手を打つ。


「いや、それはその……」


 うん。

 確かに、そうなのだ。

 今の俺がこれ以上火力を上げても、

 それに見合った敵がなかなか居ないのだ。


「でもだからと言って、『茨の黒手』を諦める訳には……」


「いえ、なんでそんな極端なの…………いい、クノ? 

 剣の分のスペースを一つ空けて、そこに『茨の黒手』を入れておくの。そして本当に火力が必要な戦闘になったら、それに装備を変更すればいいだけの話じゃない。

 邪具を使うなとは言わないわ。むしろ使ってほしいもの。でもね、クノ……私はそれ以上に、貴方が取ってくる素材が減ると困るのよ!」

「エリザ。君……怒るポイント、そこなんだね……」


 俺の額をぐりっぐりとやりながら黒い微笑みを浮かべるエリザ。

 少し爪が刺さって痛いんですが……


 しかし、エリザの言っていることはもっともだ。

 彼女には世話になっているし、素材云々も含めて至極もっともなのだ。

 なんだけど……


「なぁエリザ」

「何かしら、クノ」


 エリザの白魚のような指を掴んで離す。

 ぴくっ、とエリザが跳ねて、カウンターに乗り出した身体はおずおずと後退していった。

 そして二人とも適切な距離に戻った後、俺は言葉を発した。


 己の浅はかさを悔やむ、その一言を。


「俺、どうしてそんなことに気付かなかったんだろう」

「……」

「……」


 俺が小首を傾げたのを最後に、時が止まった。

 そして、


「知らないわよ……」


 ずざー、と。

 エリザ、そしてカリンの上体が、カウンターの上を滑って動かなくなった。


 と、いう訳で。

『茨の黒手』は、俺にとって決戦兵器・・・・になりましたとさ。

 ……防具なのにね。



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