第九十三話 訪問のお話
12月28日、火曜日。
冬休みは1/11の日曜日までなので、まだまだたっぷり休めるな~、といつも通りお昼くらいまで寝過ごし、カップ麺を食べてから『IWO』にログイン。
自室でメンバーのログイン状況を確認すると、既に俺以外の全員が来ているようだった。
……もしかしてエリザ、狩りにでちゃったかな?
そんなことを思いながら一階に降りると、そこには見慣れたメンバーの顔+ギルド『グロリアス』の面々が。
オルトスさんとクリス、そしてヤタガラスである。
「……どしたん?」
「よぉクノ! 遅かったじゃねぇか。待ちくたびれたぜ」
「クノのことです、今の今まで寝こけていたのではありませんか? 意外とだらけた性格をしてますもの」
「クリス……それは正解だが、だらけた性格は訂正してくれ。寝れるときに寝てただけだっつの」
「あら、寝だめなんてものは都市伝説ですわよ?」
「え? できないの、クリス」
「え!? できますの、クノ!?」
「うん」
「おぉー、流石ですわね」
キラキラと目を輝かせるクリス。
そんな視線を向けられて、満更でもない…………じゃなくて。
俺の寝だめうんぬんはどうでもいいから、なんでオルトスさん達がここにいるんだ?
「クノ君。彼らはだね、君の優勝を祝いついでに、」
「へーい九の字! 今日も朝から死んだ魚みたいな目がキュートだねっ。でもそんなんじゃ、好きな子……もといこの僕のハートは掴めないゾ?」
俺の首に絡みつこうとしてきた阿呆を右の拳で追い払って、絶対零度の視線を浴びせる。
「貴様の心臓を掴んで引きずり出すことはできそうだがな」
「もー、てれちゃって~。恥ずかしがり屋さっ!?」
ヒュン!
ノータイムで実体化させて投げつけたナイフが、ヤタガラスに突きささる寸前で透明な壁に阻まれる。
「ちっ」
「ちっ、じゃないよ九の字! ここが街じゃなかったらさくっと刺さってたよ! ねぇ!?」
「いいじゃねぇか、ダメージ入らないんだし」
「僕のかよわい精神にはダメージが入るんですー。もっと労わってくださいー」
ヒュン!
「……ちっ。流石に二度目は動じないか」
「……あの、クノ君? そろそろ説明に入っても大丈夫かな?」
苦笑気味のカリンが、横合いから問いかけてくる。
しかし、今の俺にはやらねばならないことがあるのだ。
「悪いなカリン、皆も。でもちょっと待っててくれ。この馬鹿を外に埋めてくるから」
「はっ! やってみろーいこの腐れ外道が! やーいやーいお前の母ちゃん大魔王~!」
!?
「何故それを、知っている……」
「え、まじで? ……なんかごめん」
「いや……」
なんとなく”スイッチが入った”状態の母さんを思い出して、これ以上この阿呆に付き合う気力も失せる。
はぁ、とため息をついてカリンに向き直り、おとなしく説明を聞くことにした。
『花鳥風月』の他のメンバーは、思い思いに寛いでいる。
ちらっとエリザと目があったが、コクリと小さく頷いてから視線を外された。
おそらく、剣はできてるってことだろう。後で受け取ろう。
「実は彼らは、君の優勝祝いついでに、あるものを持ってきてくれたんだよ」
「あるもの?」
俺が首を傾げると、後の言葉はオルトスさん達が引き継ぐ。
「おう。まあ何はともあれ、まずは優勝おめでとさん、クノ。まさか俺もあそこまでしてやられるとは思ってなくてだな……流石、ソロでボス攻略なんて無茶苦茶な真似ができるだけはあるわな」
「おめでとうございますですわ、クノ」
「おめでとー、九の字ぃ。僕の抱擁、いる?」
「……してやられる、って言うほど俺が優位だったわけでもないと思うがな。クリス、有難う。ヤタガラス、速やかに俺の視界から失せろ」
「馬鹿言え、完全にお前の勝ちだよ。俺はあの戦いで、相場にしたら軽く数十万はいくアイテムを五つも使ったんだぞ? それでもお前の動きに慣れるのがやっとで、アイテム切れた後は完璧に苦しくなってたからな……実際、あの最後の【アースブレイク】だって余裕でかわせただろ?」
数十万……そりゃ凄いな。
流石トップギルドのギルドマスターともなると、そんな高価なアイテムを惜しげも無く使えるのか……ちょっと尊敬するわ。
しかし、最後のはなぁ。
「いや、案外そうでもなかったぞ?」
「……? そうだったのか?」
「わたくしには、結構余裕があるように見えましたけれども」
「……いや、九の字アレで結構限界近かったよね」
ヤタガラス・クリスの兄妹で意見が割れた。
そして今回は非常に不本意なんだが……
「ああ、ヤタガラスの言う通りだよ。【バーストエッジ】による移動は、かなりの負荷がかかるからな……あと一回でも実行してたら、それこそ俺はぶっ倒れていたかもしれん」
なんせ単純にスタミナが減っていく訳でもなく、身体にダイレクトダメージが入るからね。
何回かなら普通に耐えられるけど、あの戦いでは短時間に二桁は使ってたし。割と身体がボロボロだったりしたんだよ。
それでもやっぱり、少しぶっ倒れ続けてれば問題が無くなる辺りはVR様々だが。
「そう、なのか……いや済まんな。優勝者さんにそんな裏話言わせちまって」
「いや、いいよそれは。でも……VRなら内臓破裂くらいだったら、問題なく動き回れると思ってたんだけどなぁ」
「あれ!? ちょっと俺の思ってたスケールとちげぇ!?」
目を見開くオルトスさん。
まあそれはお茶目なジョークとしても。
「ともかく、有難うな。わざわざそれだけのために来てくれた……って訳でもないんだっけか。あるものってなんだ?」
「ああ、まあ直接お前に渡すもんでもないんだが……平たく言うと、『呪具』だな」
「呪具? ……ああ、用事があるのはエリザの方か」
『IWO』随一の腕を持つ『解呪師』とか聞いたことあるしな。
しかしお祝いに呪具……祝具じゃないのね。
「そうですわ。そしてそれが巡り巡って、貴方の利にもなるかもしれないですわね」
「俺の……? ってことは、なんか面白そうな呪具なのか?」
「そりゃあもう、面白いよ~。多分クノ以外にあんなもの使いこなせないだろうね、なんて僕は思ったり思わなかったり」
「俺の所にあっても仕方ねぇから、ちょっとお前に貸しでも作っとこうと思ってな」
「貸しとかなんか不穏なんだけど」
そこでオルトスさんは、エリザの方を向こう……としてバッ、と顔を逸らした。
……このヘタレめ。カリンはまだ大丈夫そうなんだが、エリザは駄目なのかよ。
頼りにならないギルマスの代わりに、クリスがエリザに声をかける。
「エリザさん! 解呪の方は、やはり無理そうですか?」
「不可能ね。ヒントが”示されない”なんてこと前代未聞なのだけれど」
すたすたとカウンターから出てきたエリザ。
手にはなにやら、刺々しいデザインの、黒い手袋を持っている。
「それが呪具か?」
「ええ、そうよ。呪いが解ければそのまま返還、解けなければクノに渡せということらしいわ」
「……そして今の様子を見た限りだと」
「手も足もでないわ。必要なピースがすべてそろっていないと絶対にとけないパズル形式なのに、肝心のピースが一つも出てこないのよ」
「そりゃあ……ご愁傷様?」
「恐らくこれは、最初から解呪が不可能な類なのでしょうね……」
言いながら、エリザは俺にその『呪具』を手渡してきた。
装備していた手袋を外して、触って見た感じ、硬質な革という印象を受ける。
……これは今までの物のような服飾品としての手袋では無く、完全に戦闘用と言った方がしっくりくるな。
「付けてみて良いか?」
「構わねぇよ」
「あ、カテゴリは貴方の手袋と同じだから。装備から手袋を外して頂戴ね」
「了解。……あ、でもこれ装備するとすると、エリザの作ったやつが無駄になっちゃうな……どうしよう」
少し逡巡。
この手袋は気になるけど、でもなぁ……
「あら、いいわよ。ぽっと出の呪具がクノに装備されるというのは複雑だけれど、それもどうせ後で”改造”するから」
「改造、ねぇ」
「私の手が加われば、それはもう私が作ったようなものよ。だから安心して付けてみて頂戴」
ふふん、と薄い胸を張るエリザ。
「そんなもんか……じゃ、遠慮なく」
さっきまでしていた手袋を装備から外してインベントリにしまい、代わりに『呪具』の手袋を付ける。
手袋というよりも鉤爪と称した方がしっくりくるような代物だが、意外にも掌の開閉に違和感はないな。持っていた時よりも多少スマートになっているのは、装備の最適化が働いた結果だろう。
この状態でメニューを開いたりしてみるが、特に問題もないようだ。
ようなんだが……
「で、このゴツい手袋をなんで俺に? まさかデザインか? デザインなのか? いや確かにこういうのは好きだけど……」
「ちげぇよ。効果だ効果。ちょっとその呪具の特殊効果見てみろや」
「あ、そうか。呪具だもんな。えっと……――――!?」
装備欄を選択し、そこに装備されているものの詳細を見た俺は、
思わずオルトスさんを二度見してしまった。
「え? いや、え? ……いいのか、こんな大層な物貰って……確かに俺以外には使えなさそうだけど……」
「ははっ、だろ? まあ俺からのプレゼント――と言いたいところだが。それをやるには条件がある。言ったろ? 貸しだって」
するり、とオルトスさんは俺の手から手袋を抜きとる。
消してもう一度実体化させればまた俺の手に戻るが、そういうことじゃないだろう。
「……なんだ、条件って」
「うちのギルドの、俺が負けちまって殺気だってる連中と、勝負してくれ。相当数いるんだが、頼めるか? それが俺の出す条件、」
「オルトスさんの尻拭いね。よしわかった。いつだ? いつそいつらをぶちのめせばいいんだ?」
オルトスさんの示す条件とやらに、一も二もなく飛び付く俺。
ギルド連中と勝負? どんとこいだ。トーナメント優勝者なめんな。
息まく俺に、ちょっと引き気味のオルトスさん。
「えっと、お前の都合がつくなら、今からでも――」
「っしゃ! エリザ、剣」
「共有倉庫よ」
「出来栄えは?」
「完璧ね」
「いつも有難うな……っと、これでよし」
共有倉庫から十本の剣『黒蓮・壱~拾』を引き出して、インベントリへ。
一本あたりの武器Strは、350前後だった。
実体化させてみると、一見これまでの黒剣と変わらない細身の剣ながらも、光沢が明らかに違っている。まるで常時血に濡れているかのような、ヌラリとした輝きを放っていた。
いいね、うん。いいじゃないか。
「よし。じゃあオルトスさん、早速案内よろしく。ちゃっちゃと終わらせて、さっさとそれを正式に渡してもらうからな」
メニューを閉じると、オルトスさんの方に高速で向き直る俺。
気合いは十分です。
「あー……なんだ。俺から頼んどいてあれなんだが、お手柔らかに……」
「どうするかな……人数いるらしいし、ナイフばら撒くか……いや、まず最初に【斬駆】で数減らしてから……」
「駄目だ、聞いちゃいねぇ」
「オルトス、こうなったらクノはもう止まりませんわよ?」
「さっさと憐れな生贄君達のもとへ案内して差し上げようぜ~」
脳内で『グロリアス』メンバーの虐殺計画を進行させる俺。
何が俺をそこまで駆り立てるのかと思われるかもしれないが、まあとりあえずこれを見てほしい。
今俺が渡された呪具なんだが……
『《呪具》茨の黒手』(others) Vit+0
特殊効果:
Str上昇+40%
最大HP減少-50%、Vit/Int/Min/Agi/Dex減少-60%
この防具の耐久値が0になった場合、以下の効果が発動
①180分間獲得経験値減少-50%
②30分間武器装備不可
耐久値 1/1
な? 分かるだろ?
……Str上昇率、+40%!!
ただの防具で、40%だぞ!?
【賭身の猛攻】と同じ上昇率だぞ!?
耐久値うんぬんだって、そもそも減らさなきゃ良い話だしさ。
「――これはもう、『グロリアス』連中を血祭りに上げること、やぶさかではないッ!」
「……おい、ヤタガラス。なんとかあいつらの暴走は鎮圧できそうだが、代わりに何か大切なものを失う気がするぞ?」
「……やられ慣れてる僕だから言うけどさ。本気になったクノは、かなりヤバいよ? トラウマにならないといいんだけど」
「いえ、そこまで分かってるのならなんでこんなこと提案しましたの!?」
「面白そうじゃん」
「「……」」
そうして俺は、オルトスさん達に連れられて北門近くにある『グロリアス』のギルドホームに出向き。
ギルドホーム内にあった修練場(思わず感嘆した)にて、
ギルド員数十名を無事蹂躙し、『茨の黒手』を譲り受けることができたのだった。
強化した剣も手に馴染んで振りやすかったし、上機嫌でギルドホームへと帰る際。
何故か数十人が一斉にお辞儀してきたのがやけに印象的だった――