第八十八話 トーナメント本選のお話 氷刃vs魔王②
――本来、『厳格なる氷の大地』は対モンスター用の魔法だ。
範囲は広いとはいえ、速度も”普通なら”脅威ではないから、プレイヤーに避けられることには何の不思議も無い。
しかし相手が相手だけに、少し動揺してしまった。
まさかクノ君が、アレを避けられるとはね……『厳格なる氷の大地』が”獲物を捕えられる”時間は長いとは言えないが、少々ジャンプしたくらいでは、着地時点でアウトだ。
……うーん。
上手くいくと、思ったんだけどなぁ。
クノ君が、ただの地形オブジェクトと化した『厳格なる氷の大地』の上に降り立つ。
流石に足を滑らせたりは、してくれないね……
降りる瞬間を見計らって『アイスボール』という初級の単発魔法を撃ってみたが、あっさりと剣に弾かれてしまった。
「まだだ……まだ終わってないよ、クノ君」
「ああ、そうこなくっちゃ」
今度は。
今度こそは、確実に回避ができない魔法を撃ちこまなくてはね。
近接戦で私に勝ち目が無い事は、分かっている。ここで魔法を諦めるのは下策中の下策だ。
だから私は、クノ君に貰ったこのスキルを使う。
「【天使の羽衣】!」
「おお」
私の周囲を、光の羽が舞い散るエフェクト。
それはくるくる、上へ下へと回りながら私を包む銀色の結界だ。
同時に、いままで私にかかっていた魔法発動による疲労が急速に回復していく。このスキルのスタミナ回復効果は、本当に強力だ。
『綺麗ですねー、パトロアさん』
『【天使の羽衣】……クノさん、人にあげちゃいますかそれ……』
『どうしました?』
『いや、なんでもないです』
試しに、左手をクノ君に掲げてみる。
即座に飛んでくる、血霧を纏った黒剣。うーん、反応も投擲速度も、速過ぎるね。
流石は私のギルドのメンバーだ。
一本で止まると思われた剣の投擲は、しかし一定の間隔で続いて止まることはなかった。
私は自身の回避技能だけで、それを捌いていく。
……流石にクノ君と比べるとお粗末だけどね。Agiだけあればいいというものでは、どうやらないらしい。
「どうしたんだい? 随分と積極的になってくれたじゃないか」
「まぁな。こんだけ投げれば、【思考詠唱】も無理だろ?」
「ご名答。ただでさえ難易度が高いんだ、あれは。こんな掠っただけで即死の攻撃に晒されていて、詠唱を完成させることは出来ないだろうね」
「……もしかして、もう終わりなのか?」
――クノ君の目が僅かに細まった。
と同時に、赤黒い弾丸が飛んでくる。
「――ッ!?」
かろうじてかわすが、その今までとは比べ物にならないスピードに対応しきれず、右肩を掠っていく黒剣。
一瞬触れた瘴気に、身体が蝕まれるような冷たい感覚を覚えた。
HPを確認すると今ので七割も減っているし、新装備の着物も、右肩から下の袖の生地がごっそりと無くなってノースリーブになってしまっていた。
実際に触れた訳ではない所まで破壊されるとは……相当だね。極振りって怖いよ。
牽制に短く詠唱して氷の弾を三発放つが、やはり弾かれる。
やはり、アレしかないな。
「っと悪い。確かHPが0になった攻撃では、装備にダメージがいかないんだったよな。それを狙ったんだが、投擲で一撃は無理だったかぁ……やっぱりちゃんと当てないとなんだな」
「言うじゃないか……もう終わったような気になってないかい? クノ君」
「ん? いや、全然?」
「……そうかい」
……いやはや。そういえば最初からこんな感じだったね。
しかし、今までの投擲すら手加減されていたとは……
スキルを使えば回避は出来るだろうけど、素の状態では少し難しいか。
「じゃあそろそろ、終わらせよう」
「?」
これを外せば、私は一気に不利になる。
【天使の羽衣】の効果が続いている内に、決めなくてはね。
私は左腰から、氷の華を象った片手剣を抜きはなつ。
エリザによって強化を重ねられた私の相棒は、闘技場の上から照らす太陽光を反射して、美しく輝いた。
『でたーー! ”氷刃”カリンの代名詞、「セレスティアル」だーー!!』
『遂に魔法剣士の面目躍如、近接戦闘も織り交ぜての戦いとなるんでしょうか?』
実況席と観客が盛り上がっているが、好都合だ。
私が近接戦を仕掛けると思われるほど、良い展開になる。
「じゃあクノ君。いくよ?」
「……」
雰囲気の変化を察知したのか、クノ君は無言だ。
同時にその圧が増したように感じられるが……この程度で委縮していては、到底『花鳥風月』のギルドマスターなど、務まらないんだよ。
「【ハイステップ】!」
【ステップ】の上位スキル【ハイステップ】。
より長い距離を、より速く移動できるこれで、彼我の距離を一瞬でゼロまでつめる。
無表情で刃を振るう、クノ君。それはまるで、感情を殺した処刑人のようだ。
高速で迫る幾本もの長剣を、片手剣で受け、身を捻ってかわし、そして私は――
「――【ハイステップ】!」
腕と剣、そして瘴気に囲まれた異形の要塞のようなクノ君の後ろへ、死に物狂いで抜ける。
繰り出される剣が背中に風を当て、纏わりつく瘴気と剣で受けたはずの斬撃によって急速にHPが削られたが、それでもギリギリで私はクノ君の後ろに離脱した。
そして、クノ君が振り返るよりも早く「セレスティアル」をクノ君の足目掛けて投げつける。
型も何もない、筋力に頼っただけで投げられた氷剣は、回転しながらクノ君に襲いかかり、
キン!
当然のように、『偽腕』の持つ剣によって弾かれた。
下からすくい上げられるような剣筋によって、光を反射しながらあらぬ方向にとんでいく相棒。
そしてクノ君が私の方へと顔を向け――――
「”A”」
――ザァァァァアアアアア!!
その頭上から、無数の氷の針が降り注いだ。
―――
ところで。
私の切り札であるスキルの名は、【マジック・アンプロンプチュ】という。
このスキルは、予め登録した魔法を、詠唱を省略して放つ事が出来るスキルだ。
登録できる魔法は、三つまで。一度の戦闘中に一度までしか【マジック・アンプロンプチュ】による魔法発動はできないが、その威力は絶大だ。
今のところ、魔法の詠唱を無くす魔法は【詠唱省略】が広く知られているが、これには欠点がある。
それは、最低でも『魔法の名前』は言わないと発動できない点と、それによって魔法を放つには通常の3倍の魔力を必要とする点だ。
それに、生粋の魔法使いではない私にこのスキルは前段階から出現しなかった。
しかし私には代わりに、このスキルがある。
私の【マジック・アンプロンプチュ】は、登録した魔法を、”登録したキーワードで”発動させる事が出来るんだ。
そのため私は、A、B、Cという短い単語で最速に魔法を放つ事が出来るようになる。魔法は、上級のものになるほど名前も長くなっているから、これは大きな差だね。
更に【マジック・アンプロンプチュ】で発動した魔法は、MPを消費しない。
が、まぁ当然代償はあるわけで。
まず、通常の魔法使用とは比べ物にならないほどスタミナが失われる。
正直、通常なら立っていられない程だ。
しかし私にはクノ君から貰った、スタミナを急速に回復させてくれる【天使の羽衣】がある。
これはMP消費が大きいから連発はできないが、【マジック・アンプロンプチュ】を撃ってもすぐにへたり込むことを防いでくれるのだ。
あとは、【マジック・アンプロンプチュ】に登録した魔法は【詠唱省略】や【思考詠唱】といったスキルの効果の対象外となってしまうということかな。
これは少し痛いが、私の場合は【詠唱省略】は持ってないし、【思考詠唱】で魔法を完成させること自体が難しい上位の魔法を登録しておけばこれも問題ナシだ。
そんな訳で、私は。
わざとクノ君に突撃して、そして後ろに抜け、更に剣を投擲して最大限クノ君を混乱させ、
私の最良と思うタイミングで、【マジック・アンプロンプチュ】に登録してあった虎の子の魔法の一つ。
クノ君からお褒めに与った”氷の雨”、『凍てつき穿つ氷針の雨』を発動させたのだった。
―――
ザァァァァアアアアア――!!
ごっそりと持っていかれるスタミナを、【天使の羽衣】が癒してくれる。
膝に手をついてしまいそうな身体を叱咤し、結末を見届けようとした私の耳を、
闘技場内に轟くような”爆発音”がつんざいた。
まるでダイナマイトでも炸裂させたかのような音は、私の前方の氷の雨の中から聞こえてきて。
次の瞬間には、キラキラと輝く氷の針は全て赤黒い爆炎に喰らいつくされ、散った。
同時に私の目の前には何故か、クノ君が迫って来ていて。
獲物を狩る狩人のような、喜々とした愉悦をその瞳に滲ませるクノ君の表情が間近に有って。
ズドン、とトラックに突撃されたような、重い衝撃。
クノ君は両手の剣で私の腹を蹂躙しながら進んで、その剣をねじり、私を振り落とす。
ドグシャ。
地面と接触し、自分の身体から、聞こえてはいけない音がした。
「プレイヤーに突撃しても、HPは減らねぇのな……良い事発見したわ」
深い二列の傷を負った、闘技場の地面。
二本の剣を地に突き立て、片膝をついて止まっているクノ君の姿。
それが私の見た、最後の光景だった。
………………、
え?
クノが最後に使った”スキル”の詳細は、次回