第八十七話 トーナメント本選のお話 氷刃vs魔王①
多くの読者様に支えられて、気がつけば100話達成。
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『――と、いうことでロキシ君。これで本選の第一回戦が全て終わった訳ですが』
『はい。次は、準決勝第一試合ですね。やはり皆さん第一陣の中でもさらに上位に立つ猛者……実力の拮抗した、高レベルの戦いが数多く見受けられましたね、パトロアさん』
『そうですね。……ロキシ君、今の感じを見て優勝候補ナンバーワンはズバリ、誰だと思いますか?』
『ナンバーワンですか。そりゃあもう、オルトスさんに決まってます!
……と言いたいところなんですが、魔王様が実際、あれほど強いとは思わなくてですね……予想の斜め上と言うかなんというか。「壊尽」というのがまさにぴったしですよ。
両者とも先ほどはなにやら余裕を残して戦っているようでしたし、これはどうなるか分かりませんね』
『そうですか~。他の二名、カリンさんとミカエル君も本選を勝ち上がって来た確かな実力者。やはり勝負は終わってみないと分からないということでしょう。皆さん、頑張ってくださいね!』
『ではパトロアさん。そろそろ準決勝のシャッフル、いきますよー!』
『はい。それでは、シャッフル、すたぁとぉ~♪』
『……なんですか今の甘ったるい声』
『勝負声です』
ステージ上空のウインドウの中で準決勝出場者の名前がくるくると回り……
……そして止まる。
『はい、と言う訳で! 準決勝の組み合わせはこうなりました!』
『 第一試合「氷刃」カリン vs 「壊尽の魔王」クノ 』
『 第二試合「堅牢不落」オルトス vs 「護光の勇者」ミカエル 』
『珠玉の戦いが今、幕を開ける! ……第一回戦のカリンさん、クノさんは闘技場時間で三十分以内に持ち場にいらしてくださいね』
『野郎共! 美女と魔王の戦いが、見たいかぁぁああ!!』
オォォォオオオオオオ!!
『……人が真面目に連絡事項伝えてんのに、何やってんすかパトロアさん』
『あ・お・り♪』
『やかましいわ!』
―――
Side カリン
「……また初戦かよ」
「二分の一の確率じゃないか。諦めたまえ」
「しっかしそれも、カリンとねー」
控室で足を組んで、衣装と合わせいかにも魔王なオーラを漂わせるクノ君が、私に眼を向けてくる。
本来ならきっと、何らかの感情が見てとれるのであろう瞳には、しかし何の感情も浮かびあがってはいなかった。
だからは私は、声の調子だけでクノ君の機微を判断する。
「なんだい、随分と嫌そうじゃないか」
「ん? 嫌って訳では全くないんだが。ほら、あわよくば花鳥風月でワンツーフィニッシュとかできるかなー、なんて思ってたからさ。このシャッフル、ホントは裏で操ってるだろ」
「それはどうだろうね、はは……」
おっと、少し読み違えたか。やはり至難の業だな、これは。
エリザ辺りなら、完璧に読めたりするんだろうかね? 是非あとで極意を聞きだしておこう。
「ところでカリン。運営からメール、来たよな? カリンの控室はここじゃなくて反対側のはずだが」
「うん、そうなんだけど……実はクノ君に、一つお願いがあってね」
目を潤ませて、最大限可愛らしい上目遣いに挑戦。
「きゃぴっ」
「……」
……クノ君に変化は見られない。
どうやら効果はなかったようだ……自分でやっておいてなんだけど、今のはなかったね、うん。
「いや、そんなことしないくても、お願いくらい聞くって」
「そんなにホイホイ請け負っていいのかい?」
「……そこまで難易度の高い事振るつもりだったのか? もしかして次の試合で『偽腕』使うなとか……それはちょっと困るかなぁ」
「いや、流石にそれは無いんだが……」
私は深呼吸を一つして、クノ君に告げる。
「次の試合では、『投げナイフ』を使わないでほしいんだ。図々しいお願いだというのは、百も承知している。でも私は、少しでもクノ君相手に戦える所を見せないといけないんだ。……皆にも、自分にも」
「ふむ……ん、あぁ。
もしかして、俺がこの間のヤタガラスみたいに、勝負を一瞬で終わらせるとか思ってる?」
「……クノ君には、それができる。ヤタガラスとの試合や、さっきのミスターブルーの最期のようにナイフを投げられたら、私は本当に為す術なく敗北してしまう」
本当は一回だけ、それも短時間だけならなんとか防げるかもしれないのだが。
しかしクノ君の様子を見るに、あのナイフ弾幕ですら序の口という線は濃厚だろう。
もっと長い時間、もっと広い範囲にばら撒くこともできるハズだ。
それも、弾数の許す限り何度でも。
ミスターブルーとの戦いが終わってから、エリザがクノ君にナイフの補充を行っていたから、弾切れはそうそう起こらないと見るべきだ。
そうすると、私に勝ちの文字は万に一つも見えないことになる。
……じゃあ、諦めろよなんて、思うかもしれないが。
これはギルドマスターとしての、体外的な威厳の問題なんだ。
私は、狡い女だからね。立っているものは対戦相手でも使うのさ……って、クノ君は座ってるけど。
少なくともミスターブルーよりも彼を追い詰める――せめて、クノ君に”動いて”もらいたいね。
「はあ。まあいいけどさ。……てか、俺がカリンとの試合をさっさと終わらせる訳無いだろ。倒すにしても、最大限楽しんだ後だよ。これでも、カリンとやりあえる機会を待ってたんだから」
「それは……光栄だね。……じゃあ、私はそろそろ行くよ」
「おう。お互い、頑張ろうな」
「ああ」
私はクノ君に手を振り、控室を後にした。
……。
人気のない、控室前の廊下を歩きながら考える。
『さっさと終わらせる訳無い』
『最大限楽しんだ後』
それはあまりにも傲慢で、歪んだ思考ではなかろうかと。
しかしそれを実現させるという説得力に溢れた、自信の宿る言葉。
魔王という二つ名に、あまりにも相応しい。
クノ君は本当に自分の”負け”を考えていない……いやもしかすると、”勝ち”すらも真剣に考えてはいないのかもしれない。
ただただ、戦いを楽しんでいるだけのバトルジャンキー。
物騒だけど、こんなところかな? いやはや、普段のイメージとは合致しないのだけれど。
戦いになると、二面性を発揮するということだろうか。
……ベッドの上の戦いでは自重してくれないと、私はエリザが心配なんだが……、なんてね。
うん。淑女の思考ではなかったね、許してくれ。
さてさてそれでは。
私はどこまでクノ君に食い下がれるかな?
―――
『それでは準決勝第一試合、開始!』
私とクノ君が所定の位置についたところで、実況席からパトロアという『IWO』の主要AIの声が響き渡り、いよいよ試合が開始された。
開始と同時に、クノ君から赤黒の瘴気が噴き上がる。
何度見ても、禍々しいという評価は覆らないね。
返り血を浴び過ぎた殺人鬼のようだよ、クノ君……
……さて。
ナイフを使わない以上、クノ君の戦法はカウンターか【斬駆】に限られるはずだ。
実際今も、六本の『腕』に黒剣を構えてはいるが、こちらに仕掛けてはこない。
『偽腕』の特性、移動不可のせいだね。いやはや、それがあるから私は思考を絞って、取るべき選択肢を選びとることができる。
……あれが動いてきたらと思うと、恐ろしいものがあるね。
うん。じゃあ、いこうか。
とりあえず【斬駆】には最大限警戒し、何時でも【多段ジャンプ】でかわせるように気をはって。
もう一方の思考では、クノ君を遠距離から攻めるための、クノ君が絶対に避けられないような範囲魔法を詠唱――!
「〝凍てつく冷気よ 大地を覆う蹂躙の氷となって 侵攻せよ 我は〟――ッ」
ヒュオン!
鋭い風切り音に、詠唱を中断する。
『おお! クノさんが、剣を投擲しました!』
『ミスターブルーさんと同じ、武器の投擲――まさか増殖なんかのスキル持ってる訳じゃないですよね? パトロアさん』
『違いますね。これはスキルとシステムを上手く利用した、武器の再利用でしょう。
……いやしかし、それを可能にするにはどれだけ脳を酷使する必要があるのか。いや、そもそもあの偽腕を自在に動かしているというだけでも充分に異常なことなのに……』
『ええと、なんです。とにかく僕らはクノさんすげーでFA?』
『FA』
詠唱の途中で、咄嗟に身を捻ってクノ君から飛んできた”剣”をかわす。
それは、私の横を通り過ぎるや否や手品のように消えてしまった。
クノ君の手には、六本の剣。
それも、私に剣を投げた直後からそうだったような……あぁ、そういうことか。
そういえば、クノ君は剣を十本持っていたね。投げた傍から新しいものを出現させたのか……恐ろしい脳の処理速度だな。
「やっぱり、ただで詠唱をさせてはくれないか」
「そりゃ、当然。俺が使わないと言ったのはナイフだしな。範囲魔法とか撃たれたら面倒だし……でっかい火球が一個落ちてくるとかだったらなんとかなるけど、カリンは氷の雨とか降らせるだろ? 流石に腕が六本あろうが、落ちてくる雨をすべて弾く自信は無い。てか無理」
対抗戦の時の下級の雷の雨なんかとは、密度が桁違いだもんなー。
などと余裕の口調で言葉を発するクノ君。
自信があるのかないのか、イマイチわからない台詞だね。
「……へえ、そんなに自分の弱点を喋って、大丈夫なのかい?」
「できないことはできない。それだけだ」
「男前というか、なんというか」
きっぱり言い切るクノ君に、清々しさを感じる。
そしてそこまで言うからには勿論、私に”詠唱”をさせる気がさらさらないんだろうな、というのは想像がつく。クノ君の剣の投擲は、脅威だ。
スキルを使わずに避けようと思えば、詠唱を完成させる余裕はなくなるし。スキルを使えば、詠唱中断で最初っからやり直しだからね。
生粋の魔法職であればあるいは、なにか対策はとっているのかもしれないが。
私は魔法剣士なのでそういう対策は……
……まあ、あるんだけど。
「ところでクノ君。私がこうやって、長々と話をしている理由は、なんだと思う?」
「? 俺から情報を得るため?」
「まあそれもあるんだけど……一番の目的は」
そこでちらっ、と後ろを振り返る。
クノ君がつられて焦点を私の後ろに移した所で、私は後ろ手にしていた、腕輪型の短杖の付いた左手を下に向け、発動を邪魔されないタイミングで――
「――『厳格なる氷の大地』」
パキパキッ、という硬いものが弾けるような音と共に、私の足元から広がっていく、分厚い氷。
ステージの半分を埋める規模のこの魔法の侵攻速度は、私が駆ける速度と同じくらいだ。クノ君に避けることは敵わないだろう。
この魔法は相手の足もとを氷で固めて、ダメージを継続して与える魔法。クノ君の【不屈の執念】対策という訳だね。
「すまないがクノ君。油断は戦いにおいて、決定的に命取りとなる。私はギルドマスターとして君にそれを学んで欲しかったのだよ」
なんて、調子のいい事を言って。
「――でも最後に、種明かしをしてあげようか。
といっても、魔法を扱う上級プレイヤーならほとんどが所持しているスキルだろうし、魔法使いと戦う上でこれに気を付けるのは常識とさえ言えるのだけれど。
クノ君はやはり、知らなかったようだね。……これは、【思考詠唱】というスキル。呪文の詠唱を、思考だけで完成させることができるという玄人向けの――――」
そこで私の頭は、急速に冷やされた。
スッ、と目を細め、クノ君を見る。
なぜならそこに有った光景は――
「うん、おや。まさかその腕に、そんな使い方があったなんてね……すっかり私は勝ちを信じてしまったじゃないか」
「まだまだ序盤だろ? ここで死ねるかっての」
『おお、カリンさんの完璧なタイミングでの魔法の発動! しかしクノさんは我々の予想外の方法でそれを回避!? これは魔法の選択が少々不味かったでしょうか』
『”策士”カリン。氷刃と並んで人気のある二つ名でしたが……やはり、勝ちに行く姿勢としては僕も見習いたいものですね。今はまだ見られませんが、近接戦ではブラフを多用した攻撃スタイルを確立していますし、期待が高まります』
『ギルドマスターの意地、というところでしょうか。果たして彼女は、魔王を従えることができるのか!』
「……いや。俺、普通にカリンの下にいますよ? ギルメンとしてちゃんと従ってる……はず」
――クノ君の周囲に浮いている、四本の腕。
てっきりフレイが触れられなかったことから、武器のみにしか接触できないのだろうと踏んでいたそれだがどうやら違ったようで。
クノ君はその一つの上に悠々と腰かけて。
『厳格なる氷の大地』の侵攻を難なく回避していたのだった。