六 事件の話
約束を交わしてからも2人の関係は傍目には変わらなかった。これまでは美奈の隣に勝手にいた秀一であったが約束を交わしてからは互いが望んで隣あっていた。
あの一件からもミナに仕返しをしようとしてきたが、そのときには秀一が美奈を守るために前に出ていた。
『シュウちゃんだいじょうぶ?』
『だいじょうぶだよ』
『……ミナのせいでこんなことに』
『ミナは悪くない! だからそんな悲しそう顔しないでよ』
『……でも』
『それじゃぁミナはずっと笑っていてよ。代わりにずっと側に居て、ミナのまわりのいやなことから全部ぼくが守るから』
『え?』
『ほら。ミナ笑って』
『……うん。わかったシュウちゃん』
その日から秀一と美奈はずっと一緒であった。周りから何を言われても気にしなかった。小学生になっても時間を見つけて側にいた。秀一はミナが頼ってくれるのが嬉しかった。
『えっと病めるときも健やかなるときも……死が二人を分かつまで……ミナのそばにずっといることを誓います』
『ミナも誓います!』
学校の帰り道。いつも人気のない公園に寄って決めたやり取りをしていた。まさに幸せな日々だった。
しかしやがて、人生最大の不幸が訪れる。
秀一と美奈がある男に誘拐された。身代金目的ではなく新しいおもちゃにしたかっただけ。
それから1年に及ぶ地獄が始まった。
男は難しすぎること不可能なことを命令してやらせて失敗したら罰と称してひたすら暴力を奮った。秀一が耐えれずに泣き叫ぶと美奈がつかみかかるも、矛先が変わるか罰が増えるだけで意味はなかった。
男が寝ているときだけが2人の気の休まる時間だった。男が寝ている間に傷の治療が行われる。それを行うのは同じように傷を負った女性であった。それは秀一や美奈と同じように誘拐された人であった。すでに心は壊れているようで作業的に全てを行っている。
秀一と美奈はそれがとても怖くなり互いに励まし合い、壊れないように生き延びた。
しかしその地獄の日々も終わりが来た。
秀一と美奈を誘拐し、いたぶっていた男が殺されたのだ。用心深く秀一と美奈にも隙を見せなかった男が、長い間いたぶり続けた女性には隙を作っていたらしく殺されたのだ。
秀一が地獄の最後の日に見たもので覚えていることはあまり多くはなかった。
あかい部屋、あかい水、それに沈むあの男、あかく染まり呆けた顔のあの娘、それ以上にあかに染まり震える刃を手に持つ女、そして今まで見たことのない嫌な笑顔に変わる顔。
それを見たときに秀一は逃げたした。美奈を置いて逃げた。ずっとそばにいると約束したのに逃げ出した。
それはしかたのないことであった。それは地獄から逃げるため、それは恐怖から逃げるため、1秒でも早く、1mmでも遠くに逃げるために秀一は美奈との約束を護らずに一人で逃げ出した。
秀一は恐怖に負けた。
その後、秀一は警察に保護され美奈もほどなく助け出され、現場では男女2人の遺体が見つかった。警察は男の仕打ちに耐えきれなくなり、発作的に男を殺し自殺したと結論付けた。
その後、2人は体の傷を癒すために、心のケアのために入院することになった。
2人の病室は別々になったのは秀一にとって都合がよかった。美奈は毎日秀一のもとへ通ったが常に逃げ回り会うことはなかった。 入院してから1週間後、美奈は遠くの病院へ移っていった。美奈は嫌がっていたが秀一が「少しの間離れなきゃいけないんだ」と言うと渋々納得し、秀一は安堵した。
ミナと会わないですむ。会ってはいけない。離れないといけない。そんな考えが巡っていた。
秀一は美奈が大好きだったがもう会わないと心に決めた。