五 昔の話
「どういうことだよ海?」
秀一はよく理解できずさらなる情報を欲した。
「そのまんまの意味や。あの娘が纏っとる空気かな?それがヤバすぎるんや」
その場に海が作り出したいつになく真剣な空気が満ちる。
「その理由はな、あの娘はお前しか見てない、見えてないんや!」
それを言われ、秀一は黙るしかなかった。そのすべては正しいと心で理解したからだ。
「まぁ全部が全部オレのカンやけどな。せやけどあいつは何時かとんでもないことをしでかす。せやから距離はおいときや」
そう言い終えるとやることはやったと清々しい表情を浮かべ、海は自分の席へ戻っていった。
距離をおく。その言葉を頭の中で繰り返しているうちに突然、忘れられないあの日の事を思い出す。
あの日あかい部屋からミナを置いて逃げ出した。恐かった、怖かった、こわかった。ただその感情の素となる部屋からミナを置いて逃げ出したんだ。ミナも怖かったはず。なのに怖かったから置いて逃げ出した。
だからミナは悪くない。全部僕が悪かったんだ。あかい部屋を作った悪魔から少しでも遠くへ逃げるために。ミナを連れては逃げられない。一人で逃げた。
だから全部僕が悪いんだ。
逃げ出したあの日の事を、あの日の感情を秀一は強く思い出す。 それは秀一が美奈とした約束を、傍にいて守るという約束を護れなかった日の事であった。
「海! ……テキトウにたのむ」
目を背けてきた過去の傷を思い出した秀一は、この場に残ることをせず、逃げるように家に帰っていった。
――――――
秀一は幼稚園のとき美奈に出会った。美奈は誰とも遊ばずに一人で木を背もたれにして、みんなが遊び回っているのを見ているだけ。
それに秀一が気づき何となく話しかけたのが二人の関係の始まりだった。
『ねぇ何してるの?』
『……見てるだけ』
『へぇ。……なまえなんて言うの?』
『……ミナ』
『ミナちゃんか』
『……ミナって呼んで』
『え? うん分かった。ミナって呼ぶよ』
これが秀一と美奈の最初のやり取りである。秀一は一人でいたわけではなかったが、美奈を見たときに寂しそうにしていると思い美奈に話しかけたのだった。
美奈は秀一が話しかけたことに困惑していた。
『ぼくはしゅういちって言うんだ』
『ミナはなにを見てたの?』
『……ミナちゃん聞いてる?』
『ミナって呼んで……』
なかなか話してくれない美奈に秀一は半ば意地になってずっと美奈のそばで話しかけ、それのせいで秀一の周りは美奈だけになっていた。
『おまえずっと女といっしょにいるな~』
『女好き! 女好き!』
ある日秀一とよく遊んでいたグループが2人にちょっかいをかけてきた。秀一はそれを気にせず美奈のそばにいたが、その時事件がおきた。
『なんとか言えよ!』
1人が投げた石が秀一の頭に当たり血が出たのだ。
『!』
それには秀一も美奈も石を投げた本人でさえ驚いたが、
『ふん! おまえが悪いんだぞ!』
そう言ったのを見て突然、
『ダメーー!!』
美奈がその石を投げた相手につかみかかり、叩き、ひっかき、かみついた。
その不意打ちにたまらず泣き出し逃げていった。
『シュウちゃんだいじょうぶ?』
『それよりミナも血が出てるよ。だいじょうぶ?』
いつの間にか2人は互いに心配しあっていた。
2人はそれからはずっと一緒にいた。
『ミナはあんなこともうしないでずっと笑っていてよ』
『でもシュウちゃんになにかあったらまたやるんだから!』
『……わかった。ぼくもミナのそばにいてずっとまもるよ』
そんなたわいのない会話があった。




