三 動き始める朝
『えっと、やめるときも……すこやかなるときも……えっと…しがふたりを…わかつまで……えっと……』
『そういわなといけないの?』
『うん本にはそうかいてあったんだよ……たしか』
『どういういみなの?』
『おかあさんにきいたら、どんなときでもしんじゃうまではいっしょにいようってことだって……』
『ええ! しんじゃったらもうはなれるの! シュウちゃんとはもっといっしょにいたいよ』
『ぼくもそうだよ……そうだ! おかあさんにどういえばいいかきいておくね』
『ほんと! ミナもシュウちゃんとずっといっしょにいたいもんね』
秀一は楽しかった子供の頃の夢を見て目を覚ました。それは美奈と会ったことでがその原因であるであろう。秀一は心の中から湧き出す間隔に強い懐かしさと心地よさがあった。いつもより睡眠時間は短いはずなのだがすっきりとした目覚めであった。
ふと横にはベッドではなく自分の布団の中で気持ちよさそうに眠る美奈の姿があった。
「……いつ潜り込んだんだ」
あの時ちゃんとベッドに入っていたのは秀一にはわかっていたため、これはベッドから落ちて近くの布団に寝ぼけながら潜り込んだといことにした。
そう結論付け細かい思考は放棄してキッチンに向かい朝食の準備をする。秀一は冷蔵庫の中で最初に目についた卵を使い目玉焼きを作り後はみそ汁を作るだけで終わらせた。帰っていない母親の分を除き2人分の食事を机の上に並べていくと
「あーっ!」
ちょうど部屋の入口にあたる部分に美奈が立ち大きな声を上げたのだった。
「朝ごはん……作らせちゃってごめんねシュウちゃん」
そう言って申し訳なさそうに泣きそうな表情をうかべた。
「いやミナはお客さんだしこっちは早く目覚めたし悪くないよ!」
秀一は一息で早口で説明をした。明らかに泣きそうであると秀一は判断したからだ。美奈のことをよく知っているからこその正確な判断である。
「それじゃ次からはミナに頼むよ。そうしてくれると俺も助かるし」
「うん……」
表情は笑顔に近づいたが美奈の目は今にも泣きそうなもののままであった。
「ミナは相変わらず泣き虫だな」
そう言いながら秀一は美奈の頭を撫でた。
「僕の作った飯だって旨いんだよ。食べて感想聞かしてよ」
そう言うと美奈は笑顔に戻っていた。
「それじゃあ飯を食べよっか」
秀一が美奈に背を向け歩き出したとき、美奈が突然抱きつき背中に顔を埋めてきた。
「ミ……!ミナ!」
いきなりの事で秀一は上手く言葉を放てなかった。
「シュウちゃんはいつも優しいね。ありがとう、明日こそは頑張るから」
言い終わるとそそくさと朝食を食べに向かっていった。
二人は向き合って座り和やかに朝食を食べていた。タイミングを見計らい秀一は美奈に質問をぶつけた。
「そういえばミナは高校どうしたんだ?」
「ん~行ってないよ。だって必要ないもん」
秀一は10年前の事を思い出さざるを得なかった。秀一自身が苦しんでいたように美奈も苦しんでいたはずだからだ。
秀一は己の考えのなさに心の中で悪態をついていた。
「そうか……。僕は学校に行くからミナはゆっくりしていきなよ」
「うん。わかったよシュウちゃん」
間髪入れずに美奈は答えた。それを聞いて安心したのか、秀一は荷物を持って玄関に向かっていった。
秀一が玄関に手を掛けたとき、
「シュウちゃん!」
突然呼び止められた。
「どうしたん……!」
秀一は全ての言葉を発する事なく、唇と両頬に生まれた柔らかい感覚に意識を集中させられた。
それは秀一にとって完全に不意打ちな美奈の口づけだった。
「へへ~行ってらっしゃいシュウちゃん!」
笑顔で手を振りながら見送る美奈に秀一は何も言えなくなり、逃げるように学校に向かっていった。
突然の訪問。美奈の行動。10年間ろくに連絡が無かったのにおかしな事ばかりだった。
秀一はその原因を考えながら思い足取りで学校に向かって行った。