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視界

作者: 大空東風


 意識してみたらわかる通り、人間の視界ってのは案外広い。

 普段の生活じゃ60度くらいってことらしいが、詳しいことは人類最大の発明である(と、俺は思っているがどうだ?)、インターネットっていう世界規模の大辞典を検索すれば、いやっていうほど説明が出てくる。

 日本語だけじゃなく、英語、フランス語、スペイン語、中国語。好きな言葉で読めばいいが、俺が検索をかけた言語は日本語で、「人間 視界 角度」だ。


 ついでにいうと、たいていの日本人がそうであるように、グーグルじゃなくYahooを使った。トップページに指定してあるからっていうのと、ある有名なお笑い芸人が「Yahooで調べた」っていつも言っていたからだ。


 俺はYahooが大好きだ。


 とにかく、Yahoo大好きな俺がYahooで「人間 視界 角度」を検索して、あらゆる面倒から逃れるために、一番上にでてきた誰かのブログからいただいた知識によると、


 ・歩いているときはだいたい110度から160度。

 ・歩いている最中に見ている角度は約30度。

 ・普段集中しているときの視野は46度。

 ・識別できる最小視野は60度。

 ・周囲の状況を把握するのに必要なのは110度。

 ・人間の最大視野角は 水平約 200 度,垂直約 125 度



 最初に言った通り、意識すれば視界がけっこう広いことがわかるだろ?

 俺が人間の視界の角度を知ったのは、何十年も前にアメリカが軍事利用目的で開発したネットワークの技術と、その技術を利用した誰かのブログのおかげだが、視界が広いってことは、大昔に読んだ本で知っていた。


 その本はイカれてた。


 どうイカれてたかは、実をいうとよく覚えていない。

 文庫本の内容をまるまる覚えられるほど、俺の頭の容量は大きくないんだ。

 最近のUSBみたいに小さくて軽くて、安っぽいが、性能はUSB以下だ。俺の頭の中にあるデータは少ない。そのうえ下らない。

 とにかく、イカれてたっていう強烈な印象があったために、俺のちっぽけな頭の中に保存されていた。


 一部だけど、イカれた内容はだいたいこんなことだった。


【普段意識していない視界を意識的に広く見るよう訓練すれば、臨場感のある毎日が送れる】


 

 イカれてるだろ? 臨場感のある毎日。そんなものを送ってどうしようっていうんだ? まあ、そんなことを言ったら本末転倒だ。

 でも大昔はまだ純粋だった俺は、単純に信じて、しばらく訓練していた。


 俺は頭がイカれてた。

 頭がイカれてたせいで、飽きて忘れることも早かった。


 それで、いったい何が言いたいのかというと、その視界のことをふと思い出したんだ。

 だから俺は、あの芸人と同じようにYahooで「人間 視界 角度」を検索し、視界に関する一般的な知識を日本語で得たってわけなんだ。


 そして、久しぶりに普段意識していない200度らへんの視界を、意識してみたんだ。


 それが、1ヶ月前の話だ。



※   ※



 あの日、俺は左側の視界の端に何かがいるのを見つけた。

 そのときは気にならなかった。

 ゴミが散らばった部屋を、視界をパノラマみたいに意識して見て、何かがいたところで気づきようがなかったんだ。

 たとえ気に留めたとしても、きっとゴキブリぐらいにしか思わなかっただろう。

 俺が住んでいるのは6畳と台所があるだけのボロい部屋で、俺よりも先にゴキブリが住んでいた。

 だから俺は、ゴキブリ一家の元に居候をしているってことになる。先住民の奴らに、カップ麺の汁やらバナナの皮やらを家賃代わりに払って、俺がいない間に奴らは部屋を漁っていく。

 奴らとは案外仲良くやっているんだ。少なくとも、俺はそう思っている。

 大家も会ったことのない隣の部屋の連中も、何も言わない。

 誰もゴキブリが居ることに文句がないか、そうでなければゴキブリを愛しているんだろう。もしそうなら、俺はこう言ってやるさ。

 悪趣味な奴だ。



 気になりはじめたのは、あの日からそんなに過ぎていなかったと思う。

 寝起きでぼんやりしていたときに、見えたんだ。

 俺の視界の端っこに、何かがいた。

 何かはわからない。でも、確実にいる。


 首を回してみても、位置は変わらず、ずっと視界の端っこにいるんだ。

 それはゴミなんかでもなく、ましてやゴキブリでもなかった。

 となれば、考えられるのはひとつだろ?

 そうだ、幽霊だ。単純に考えれば。

 でも、そんなものじゃないんだ。

 あんたもやってみたらわかるさ。

 いつも見えている「視界」の外側を意識すると、そこにある物の色や形ははっきり見えるし、幽霊みたいに曖昧なものなんかじゃない。


 例えば、視界の端っこに「赤くて丸いもの」があるとする。

 そいつはリンゴかもしれないし、ボールかもしれない。もしかしたら、まだ夢なんてものを持っていたときに親か誰かから貰った、合格祈願の小さなダルマかもしれない。

 「赤くて丸いもの」は「見えている」けれど、それが「何か」わからない。

 目の前で、はっきりと認識するまで「赤くて丸いもの」っていう漠然とした印象しかないんだ。


 俺の視界の端っこにいる奴は、そんな奴だ。


 色は黒っぽくて、丸っぽい。

 「っぽい」っていうのは、さっきもいったように認識できないからだ。

 認識できないから「たぶん、こうじゃないか」っていうしかない。

 正面からはっきりと見たときに「認識できて」「断言できる」。

 でも、そいつはいつも視界の端っこにいて、俺の「目の前」に出てこようとしないんだ。


 もちろん、俺は「何か」を見ようと何度も努力した。中学生並みの頭で考えつく方法といったら、単純なものしかないが、それでも俺にとっちゃ努力なんだ。

 鏡を合わせて見ようとしたし、デジカメの動画モードで「何か」がいるあたりを撮影した。


 でも、鏡や映像には何もいなかった。


 俺は、常に存在する「何か」に対してストレスを感じ始めた。

 見たくても見られないもどかしさ。

 目をこすっても視界の端っこにいる。

 朝から晩まで、「何か」は常に視界のギリギリの場所にいる。

 その「何か」がはっきりと確認できないだけで、俺は気が狂いそうになった。


 当然、友人にも話した。

 説明は難しかった。あんたに説明するよりも何倍も苦労した。なぜなら、友人は俺と似たような頭の持ち主だからだ。

 それでも理解してくれた友人はひとつのことを提案してくれて、俺は少しだけ嫉妬し(こいつは俺と同じクソみたいな頭じゃなかったか?)、見直しもした。こいつがいてくれてよかった、とさえ思った。

 俺ひとりじゃ、できないことだったからだ。


 俺の視界の端っこにいる奴が何なのか、まず調べることにしたんだ。

 もしかしたら、目の病気じゃないかっていう話にもなったからだ。

 まず、俺のすぐ横に友人が立つ。それも、顔が触れるくらい、近くだ。

 それからゆっくりと友人が離れていく。俺は正面を見たまま、だ。

 もし友人と俺の間に「何か」がいれば、俺の体のどこかがイカれてるってことだ。つまりは、目の病気。頭の病気。

 もし、病気じゃなかったら?


 ・・・。


 ちくしょう、俺の不吉な疑問のほうが正解だったんだ。


 友人が隣に立つと「何か」は消えた。不気味な「何か」の代わりに、気色悪い友人のにやにやした顔が見えて、鼻息が顔に当たったんだ。

 俺は戦慄した。

 そりゃあそうだろう? 正体不明の「何か」は、俺のちっぽけで下らない頭に棲んでいるんじゃなくて、現実の世界にいるってことだったんだから。

 俺はその事実に震えたが、友人にはばれないように振る舞った。

 たぶん、まだ信じたくなかったんだ。

 頭がイカれてるほうがマシだったって、本気で思った。


 人がいない時間帯を狙ったとはいえ、実験は外でやっていたから(俺の6畳の部屋でやる意味はないんだ)、通りすがりの奴にホモに間違えられるのは勘弁だ。これからの人生にも絶対に関わりがないだろうっていうような他人でも、勘違いされるのは気分が悪い。

 俺はとっとと離れるよう友人に言った。

 友人は少しずつ俺から離れていった。

 そして、友人の姿がどう意識しても見えなくなったとき、「何か」は現れた。


 しかも、さっきよりも少し大きくなっていた。


 ちくしょう、どうなってるんだ?


 俺とはそんなに大差ない脳味噌を持っている友人は、病院を勧めてきた。

 勧められたのは精神病院だった。


 「何か」が見えない友人には至極まっとうな提案だ。

 俺の頭がイカれてるって思うのも、仕方が無い。

 でも、俺の頭はイカれてなんかいない。


 絶対に。


 俺はそれ以来、友人と連絡を取らなくなった。


 それが、2週間前の話だ。



※   ※



 俺の1週間は、3つのアルバイトと1日の休日でできている。

 そして、その1週間をくり返す生活を、3年近くもやっている。

 アルバイトを掛け持ちする理由は簡単で、稼いだ金の3分の1、つまりアルバイトのひとつは、お気に入りの風俗の女に会いにいくためだけの仕事だ。

 残りの2つは、生活のためだっていう理由しかない。


 風俗の女に会いにいくためのアルバイトは、深夜のコンビニだ。

 俺に会いたければ、深夜のコンビニに来るのが手っ取り早い。俺は1週間の半分は誰も来ないコンビニのレジで、漫画雑誌を読んでいる。

 そして、ときどき商品の入れ替えをしたり、いたずら心で人気漫画雑誌を雑誌棚の一番下、それもエロ本の下に置いてみたりしている。


 この頃、俺の視界の端っこにいた「何か」は少しずつ大きくなっていたが、最初にもいった通り、視界っていうのは集中していると狭くなるんだ。

 200度が60度だとか46度だとかに変化する。

 俺が意識して見ないと、「何か」は俺の日常から閉め出しをくらっていた。

 俺も集中しているときは「何か」のことを忘れているから、俺が「何か」を頭の中で考える時間はあまりなかった。

 ふとした瞬間に思い出して、正面を見たまま視界の端っこを意識する。

 「何か」は消えていない。


 黒っぽい「何か」は相変わらず黒っぽくて、大きくなるだけで実害がなく、もしかしたら病気なんじゃないかって疑った。病院へ行けば(もちろん精神病院じゃないところだ)「何か」が消えるかもしれないっていう淡い期待を持ち始めた。

 俺は次第に「何か」がいる生活に慣れていったんだ。


 そして、深夜のコンビニのアルバイトに勤しんでいた。

 その日も客は誰も来なくて、退屈していた。

 

 雑誌もあらかた読み尽くして、袋とじを開けようかどうしようか迷うのにも飽きた時間帯が、一番「何か」を意識する。

 慣れってのは恐ろしいもので、得体の知れないものが俺の視界の端っこで、徐々に大きくなっているにもかかわらず、観察するのが面白くもあったんだ。あまりの退屈さに「何か」に名前までつけようとしたくらいだ。


 俺は何とはなしに、レジの中から一番奥のドリンクの冷蔵庫を正面に見据えたまま、視界の端っこに意識をやって「何か」の成長具合を気にした。

 「何か」は今、ピンポン球より少し大きいくらいの大きさだ。



 「何か」は、笑っていた。



 俺は驚いて首を回したが、視界の端っこにいる「何か」も一緒に移動したので、その行動は無意味だった。

 

 笑っている。

 笑っている。

 笑っている。

 笑っている。

 笑っている。

 笑っている。


 視界の端っこにあって、「何か」の形ははっきりとしないし何であるか断言もできない。それなのに、わかったんだ。


 笑っている。

 俺を見ている。


 俺は首を回す。

 「何か」は俺の正面に出てこない。


 笑っている。



 俺は叫んでいた。

 叫びながら、コンビニを飛び出していた。

 「何か」を振り切ろうとして。

 でも、そんなことができるわけもなく、暗い夜の町の中でも黒い「何か」は俺の視界の中で笑っていた。


 俺は知らないうちに自分の部屋の、テレビとタンスの間で丸まってた。

 目が覚めたのは、携帯電話の着信音のせいだった。


 電話に出たとたん、鈍った頭にコンビニの店長の怒鳴り声が響いた。

 ほとんど頭の中に入ってこなかったが、ひとつだけ理解したことがある。


 俺はコンビニのアルバイトをクビになった。


 それが、先週の話。



※   ※



 静かに、ゆっくりと「何か」は大きくなっていた。

 普通の生活をしていても、視界の端っこに黒い「何か」がいることがわかる。人の頭と同じくらいの大きさだ。

 それくらい大きくなれば、正体がわかるんじゃないかって思うだろ?

 だが、そんな簡単にはいかなかった。

 やっぱり視界の端っこのギリギリの場所にいて、俺の正面には出てこない。

 そのうえ、200度の視界なんて必要のない日常生活を送っているときも、その大きさから「何か」が常に視界の端っこに映っていた。


 慣れなんてものは、どこかにふっとんでいた。

 起きていれば、笑っている「何か」を常に感じていた。

 俺は目を閉じる生活を送るようになっていた。そうすれば、「何か」を見ずにすんだからだ。


 当然、「何か」に対抗しているとコンビニ以外のアルバイトにも行けなくなって、風俗の女にも会えなくなった。

 1日に何回も鏡を見て、頬を引っ掻いて、瞼から血が出るまで目をこすった。どこかの怪しい宗教のサイトをうろつきながら変な物を買ったりした。

 効果があろうとなかろうと、思いつく限りのことをした。

 俺は「何か」を消そうと必死だった。



 必死だったんだ。



 状況は悪くなるばかりで、ついに「何か」は俺に遠慮することをしなくなった。目をつぶっても「何か」は俺の視界の端っこに現れるようになった。


 ちくしょう、いったい何だっていうんだ?



※   ※



 正体不明の「何か」は俺の視界の端っこにいる。

 また大きくなったみたいだ。


 鏡を見た。


 俺の横には何もいない。


 黒っぽい「何か」は笑っている。


 頬を掻いたら想像以上の激痛が走った。

 手を見ると、血がべっとりついていた。


 鏡を見た。


 俺の頬の肉がえぐれていた。




 ついさっき、ようやくわかった。

 大きくなっているんじゃない、「何か」は俺に近づいていたんだ。


 俺の真横にあるのは、満面の笑みってやつだ。

 それも、不気味な笑顔だ。

 何かを狙っているみたいに、口の端を持ち上げて、含んだ笑い方なんだ。


 何が目的で俺の視界の端っこにいるんだ?

 何が目的で笑っているんだ?



 ちくしょう、笑ってやがる。



 「何か」は俺をずっと見ている。


 俺は「何か」を確認することができない。



※   ※



 「何か」が動き始めた。

 のろまな動きで、俺の視界の中心に移動しようとしている。


 俺は「何か」に視界を覆い尽くされる前に、こうして記録している。

 できるだけ状況を残そうと、急いで指を動かしている。

 おい、あんた、間違っても視界の端っこを見ようなんて思わないことだ。そこに何かがあるかもしれないが、知らない方が幸せだってこともある。

 俺は最後に忠告しておく。


 最後? 「最期」って書くほうが、状況としては合っている。



 ちくしょう、俺は最期なのか?


 笑うな。

 笑うんじゃない。


 ちくしょう


 まだすき間から俺が過ごして来たせかい、部屋とかパソコンとかが見える間にl俺の視界の中で笑っている奴の洲が戸ぁお記録してのこしておくってことしtか、思いつかなかった。

 俺は全力を尽くしてキーボdー度を打っていて、誤字やら脱字やらが多くて修正したいし、とても読みにくい文になていうrのはわかってうる。


 でも、時間がないからゆるしてほしい。

 き^—ぼ^d−0もうちづらくなってきて、これが正しく返還されているのか、、、。よく見えnあいが目のn前のやつはくろいあgわらいn



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