あわてんぼうの初日の出
「おっきろーおきろおきろおきろおきろおきろおきろおきろ、カズ兄! おっきろ!」
冬休みの朝早くから、妹のヤヨイの声が自分の耳に響く。せっかくの冬休みで、部活もない日なんだから、ちょっとは眠らせてほしいのだが。
「おきろおきろおきろおきろ! 実はカズ兄、しっかり起きてるでしょー? カズ兄、そういうのは狸の空寝って言うんだぞー!」
「……狸寝入り、もしくは空寝な。わざわざ混ぜて言うな」
「お? カズ兄、やっと起きたねー。おっそよー!」
……『おはよー』と『おそい』、を混ぜたのか? ふと時計を見てみると、まだ長針は6時を指していた。これで遅いなんていわれたらたまったもんじゃない。この時間だったら、太陽だってまだ昇ってないだろう。
「……別にまだ朝6時なんだ。遅くもないし、もう少し寝させてくれ」
「カズ兄カズ兄、今日は何月何日でしょー?」
俺の言葉なんてまったく無視して、わかりきったことを聞いてくる妹。少しだけむっとしながらも、返事する。
「……12月31日」
「ピーンポーンパーンポーン! 大正解!」
「呼び出しを受けているような音だな……そこは普通『ピンポンピンポン』だろ」
「それでは第2問! 今日は何をする日でしょー?」
「……寝る」
「ブッブー。ギブミーアチャンス!」
「それ俺が言うセリフ……大掃除」
「ブッブー! 残念でした! 正解は初詣です!」
「それ明日だろ」
どう考えても1月1日に行うことをする事を言い切る妹に対し、間をまったく空けずに突っ込みを入れてしまった。
「何言ってるのカズ兄!? 一年の計は大晦日にあり、だよ!」
「元旦にあり、だよ。1年の最後の日に計画立てだしてどうするんだよ」
「さて、それでは第3問!」
何でヤヨイは俺に問題を出し続けるんだ……。
「私は今何がしたいでしょー!?」
「添い寝」
「ブッブー、それはカズ兄がしたいことでしょ!?」
勝手に人を変態にするな。俺はただ寝たいだけだ……けど、枕元で大声出され続けるから、目が覚めてきてしまった。
「というかヤヨイ、さっきから何で問題形式になってんだ?」
「え? そりゃあカズ兄、コトワザにもあるでしょ? 『早起きは3問の得』!」
それを言うなら3文の得だよ。今俺めっちゃ損した気分だよ。
「ぶっぶー! カズ兄、時間切れだよ。正解はあ……………カズ兄! 初日の出を見に行こう!」
「今日は大晦日だ。それじゃ初日の出じゃなくて末日の出だろ」
「そうそう、だからカズ兄、日の出があがるのを待ちにいこうよ」
ヤヨイ、字が変わってるよ。
「……いってらっしゃい」
「ほらさ、やっぱり日の出を見るっていうのは一番縁起がいいって言うし、そういうところで恵方巻きを食べながらぱちぱちと神様にお願い事したらきっといいことが……って、ええ!? 何で何で!? 今なら間に合うよ! 富士山のてっぺんから御降臨を拝もうよ!」
「俺たち福島県在住なんだけどな。というか、御来光な。日の出が降臨してきたら怖いよ」
ほかにもなんか突っ込みどころはたくさんある気がするが、これ以上はめんどくさい。
「カズ兄は毎度毎度細かいところを気にしすぎだよ! もっと大まかな心を持たないと!」
「それを言うならおおらかだ」
「そう、そうやってすぐに指摘を入れるところが駄目なんだよ! もっと心を余らせないと」
心に余裕をだろ……って突っ込みを入れたくなったけれども、さらに何か言われる気がしたので止めた。まだ寒いし、布団に入ってたいけどこのままヤヨイを放っておいても、いつまでもここに付きまとわれる気がする…………。
「仕方ない。んじゃ今日の日の出を見に行くか?」
「さっすが、しぶしぶ快諾するカズ兄!」
「承諾はしたけど、快諾はしてねえよ」
「いよっ、カズ兄の太ももー!」
「それを言うなら太っ腹な。ってお前はクレヨンしんちゃんか」
今日のヤヨイは明らかにハイテンションなんだが……。なんかいいことでもあったんかね?
「細かい事は気にしない! さあ、レッツラゴー!」
まだ俺が着替えはじめてもいないのに、ものすごいスピードで部屋を出ていってしまった。そのままドタドタと階段を降り、バッタンと玄関から出ていく音が聞こえる。……ちょっとヤヨイ。ほんとにちょっとでいいから待ってくれよ……。
「やっほー!!」
「それ山だから。目の前にあるのは海だから」
もうすぐ日の出の時間。自分達は家から徒歩5分程度で来れる海岸に立っている。明日の正月には初日の出を見るために何人か来ているけれど、大晦日のこの寒い中立っているのは俺とヤヨイの2人だけだ。
俺はポケットに手を突っ込んで、体を縮こまらせて寒さをこらえている。
「さあ太陽、早く私たちの前に姿を現せ!!」
「後2、3分したら見えるから。ちったあ待てや」
自分が寒くて震えてるなか、ヤヨイは子犬のようにはしゃいでいる。うー、さぶ……はよ家に帰ってココアでも飲みたいよ。
「あ、カズ兄! 見えてきた見えてきた! 朝日だ朝日だー! さー、朝日に向かって競争だー!」
「それちがうだろ!? それを言うなら夕日だ! ってか目的が変わりすぎだろ」
ヤヨイが叫び始めたときと同じぐらいに、だんだんと朝日が昇ってきた。薄暗い空が、少しずつ明るく、きれいになっていく。
「あ、そーだったそーだった。太陽にほえている場合じゃないよ。早く願い事を3回しないと!」
「それは流れ星だろ? ……ってもう手を合わせて何かぶつぶつ言ってるし」
くそっ……しょうがないな……。自分もヤヨイに合わせて何かしら願い事でもするか。
そろそろとポケットから手を出しながら、顔の前で手を合わせ、目をつぶってじっと願い事をする。
「…………」
「…………」
「…………ふぅ」
願い事が終わったと同時にさっさと手をポケットに引っ込める。ほんの少しだけ手を出していただけなのに、もうかじかんでいる。
くっそ、手袋してくればよかったなー。
「…………よおし、願い事終了っと! ねえねえカズ兄、何願い事したっ!?」
「……家内安全」
「おおっ!? それは私の心配をしてたってことだね!?」
「それだけじゃないけど」
ったくヤヨイってやつは、ものすごいポジティブシンキングだな。
「それだけじゃないって事は9割9分は私の心配って事なんだねー! やったー!」
や、俺の家族お前だけじゃないぞ。9割9分もお前の心配とか、どんなんだよ。
「ねーねー、カズ兄は私がどんなお願い事したか知りたい?」
ヤヨイが俺の腕を引っ張って、質問をしてくる。危うくポケットから手が出そうになるが、体を揺らして、ヤヨイを振り切る。
くそう、ヤヨイだって手袋してないのに、ヤヨイは何でこんなに元気なんだよ。
「……別に」
本当は『知りたい』って言ってほしいんだろうけど、そんな事言ったら調子づかせるに決まってるしな。
「全くもう、ほんとは聞きたいくせにー。しょうがないなあ。特別に教えたげるよ」
いや、お願いしてないし、別に聞きたくないし。ヤヨイが言いたいだけだろ。
「あのね、私がお願いしたことは2つあってね」
欲張りだな、1つにしとけよ。
「1つは来年もカズ兄とずっと仲良くできますよーにってお願いしたんだ!」
「……ふうん」
「あ、照れてるー」
「照れてないよ」
「嘘だー、だってカズ兄、耳まで真っ赤っかだよ!」
……これはここがめちゃくちゃ寒いから赤くなっただけだ。断じて照れたからとかそんな理由じゃない。
「それより、もう1個の願い事ってなんだったんだ?」
これ以上この話を続けられるのも、うっとうしいので、話をそらすために、さっさと別の話題に移す。
「え? えへっ、えへへへへへー」
なんだよ、ニヤニヤして、気持ち悪いな。
「聞きたい? 聞きたい?」
「や、別に」
「そっかー、聞きたいんだー」
ヤヨイはどんな耳してんだよ。どう聞いたってそんな事言ってないよ。
「あのね、私のもう1つの願い事は…………」
「溜めなくていいから」
「ひ・み・つ! えへへへー」
「なんだよ、言う気ないんじゃん」
ったく、ヤヨイは何のためにわざわざ俺にふったんだか。
どうでもいいことを話しているうちに、朝日は全て姿を表した。もうあたりもすっかり明るくなっている。
「ほらヤヨイ、日の出も見たし、そろそろ帰るぞ。今日は大掃除にお節料理作りとやることたくさんあるんだからな」
「はーい! お正月にはきんとうんー、コブクロ食べて、こづくりだー。楽しみ楽しみー」
「栗きんとん、昆布巻き、田作りな。……うぅ、さぶっ」
どれだけ空が明るくなろうと、朝は寒い……お正月に向けての準備は置いといて、ひとまずあったかい部屋の中に戻りたい。
「ねえねえ、カズ兄カズ兄、手、すっごい寒いよねー?」
「うん、さぶいなー……」
何をわかりきったことを。
「私もすっごく寒いんだー。だから、てーつなご!」
「や、はずかしい」
何が悲しくて、この年になって妹と手をつながにゃならんのだ。
「いいじゃんいいじゃん! 別に誰も見てないしさー! ほら、私の手すっごく冷たいんだからー!」
そう言って、ヤヨイは俺の顔に自分の手を当ててきた。
「うわ冷たっ! 何すんだヤヨイ!?」
まるで氷を当てられたかのように冷たかった。もう眠気なんて一瞬で飛んでしまいそうな冷たさだ。
「ほら、こんな冷たいんだよー! ねえ、手、つなごーよー」
両手を俺の方に差し出して、じっと見つめてくるヤヨイ…………。
自分のぽっけに手を突っ込めばいいのに、何でわざわざ手なんかつなぎたがるんだか……ふぅ、まったく。
「……家帰るまでだけだからな」
そう答えて俺はポケットから手を出した。すぐにヤヨイが差し出した手に自分の手をつないでくる。
つないだサツキの手は、ものすごく冷たかった。
「えへへー、カズ兄の手、すっごいあったかー」
「恥ずかしい事言うなって」
「いいじゃんいいじゃん。ほら、こういうの何て言うんだっけ? 『おしどり兄妹』?」
「おしどり夫婦な。ってか夫婦じゃねえし」
「気にしない気にしない。えへへー」
ったくもう、ヤヨイってやつは……。
たわいない話をしているうちに、だんだんとヤヨイの手もあったかくなっていった。こうしてると、ポケットにいれてるよりもちょっとあったかい感じもする。
まあ、ヤヨイもうれしそうにしてるし、1年の最後の日くらい、こんな日があってもいいかな……。
俺は、そうちょっとだけ思って、ヤヨイと手をつなぎながら、家へと帰っていった。
そして大晦日が過ぎ、正月の朝。
「おっきろー、カズ兄! おっきろ! 初日の出見にいこー!」
…………ヤヨイ、昨日のはなんだったんだ。
『旅に出ます』の2人です。よろしければそちらもm(_ _)m