第八章
夜更かしをしたにも関わらず、僕は早朝に目が覚めた。窓から外に目をやると朝日がゆっくりと天へと昇っていく。ベッドから体を引き剥がし、洗面所を探した。
まだ夜明けというのに、室内は日の光によく照らされている。日当たり良い場所らしい。おかげで電気を付けずに洗面所を発見出来た。水を出し、手で掬ったそれを顔につける。冷たい水のおかげで頭がすっきりした。ぬらした顔をタオルで拭き、鏡から自分の顔を覗く。真っ黒な髪と、茶色が濃い瞳。これといった特徴があるわけでもない平凡は作りをしている自分の顔を見つめた。その頬を両手で叩く。
「よし……」
すっきりと開いた目を見て、僕は小さく呟いた。
キッチンへと移り、冷蔵庫を開いた。しかし、その中身は空っぽと言っていいほど何もなかった。僕は肩を竦めると、冷蔵庫の扉を閉めた。
「何もないだろ」
声をかけられ、僕は後ろを振り返った。そこには壁にもたれかけたキラが居る。ファッと欠伸をした口から、小さな牙が垣間見えた。
「おはよ、キラ」
「はよ」
「早起きだね」
「お前ほどじゃないさ。それに、普段はもっと寝ている」
「もしかして起こしちゃった、とか?」
「いや。今日は目が冴えただけだ」
キラの台詞に、僕は胸を撫で下ろした。せっかく早起きしたのだから、三人に朝食ぐらい作ろうと思っていたのだ。
「ねぇ、何で何もないの?」
「外食ばかりだったからな。料理する奴が誰もいないから、何も置いてないんだ」
「そうなんだ……」
「何か作るのか?」
「ちょっとね。でも、思えばこの世界の料理と僕の世界の料理は全く別物だから、何も作れないか」
宿屋の食堂でリラに選んでもらったことを思い出し、僕は苦笑した。眠たそうな目を僕に向けながら、キラは体を壁から離れた。
「買い出しに行くなら付き合うぜ」
「ありがと。でも、いいよ。僕の知る材料があるとは思えないし」
「ついでに料理のレシピを買えばいい」
「……何か作って欲しいの?」
あまりにも食い下がってくるキラに、僕は眉間に皺を寄せながら聞いてみた。キラはハッと我に返ったような表情をすると、顔を背けてしまった。どうやら図星だったらしい。その意外な一面を見た僕はプッと、小さく噴出した。抑えようとしたが、次には腹を抱えて笑い出してしまった。
「ご、ごめん。でも……うん……作れるか分からないけど、やってみるよ。買い物、付き合ってくれる?」
笑われたことを気にしているのか、キラはムッとした顔で睨んでいた。しかし、僕の誘いを聞くや否や、耳をピンッと立てらせ、尻尾を揺らした。
「あぁ、付き合うぜ」
言葉は普段と同じクールなのに、耳と尻尾の反応に、僕は再び笑い出しそうになるのを必死に抑え込んだ。
いまだ眠っているであろう二人に書置きを残し、僕とキラは朝の市場へと出かけて行った。