第四章
三人と別れた後、僕は果てしなく広い街を歩いていた。時々道を尋ねては進み、自分が歩いている方角すら分からない。けれど、漸く見つけた出入り口。そこから一歩先は見回しても、砂だらけの地面だった。
「砂漠?」
くらくらとする頭でも、砂一面の地面を見て砂漠だという判断は出来た。しかし、それ以上考えられない。頭痛が酷く、頭を動かすことが億劫だった。頭痛とは別に、危険の警報音が頭に響く。
うるさい。
奥歯をギリッと噛み締める。嫌な思い出が次々と浮かんでは消えていく。それが、どうしようもなく歯痒くて痛い。じんわりと目の縁に涙が溜まるのが分かるが、涙は落ちなかった。思いを振り切るように、砂漠へと足を踏み出す。
クッションのような感触が足の裏から伝わる。街や草原とは、また違う感触。
「……うるさい……」
ヘッドフォンのボリュームを上げる。耳が痛いほど曲を流しているのに、頭痛は痛みを増すばかりだった。最大まであげているのに警報音と頭痛は止まない。
「……ネオ……リラ……キラ……」
耳に届かないけれど、口が動いたことが分かった。無意識に呼んだ名前は、自分から離れてしまった三人。一人一人の顔が頭に浮かび、笑顔を向けてくれている。
「なんで……」
答えを求めていない疑問が口を突く。返してくれる声は、もういないのに。
「……」
それでも口は動く。けれど、今度は音量にかき消されて解らなかった。
三人のことが頭を過ぎってから少し時間が経ち、頭痛が治まっていたことに気付いた。ヘッドフォンの音量を下げ、曲を切る。耳からそれを取ると、風が耳に届いた。辺りを見回せば、入り口までは覚えていた光景が思い浮かんだ。しかし、砂漠に入ってからの記憶がおかしい。上手く思い出せなかった。
「……てか、それより……ここどこだよ……」
周囲を見回しても、頼れる人影は一つもない。砂漠に必要なはずの水や駱駝の準備もしていない。それが最悪の状況ということは、嫌でも理解できた。来た道を引き返そうと振り向くが、先ほどの風のせいか、足跡が消えている。
「はぁ……」
しかし、意外と冷静だった。ため息が出ただけで、変にパニクッていない。それは救いだと思っていいのか。
とにかく、この状況を打破しなければ大変なことになる。
「ん?」
ノイズのような音が聞えた気がして振り返った。しかし、何もいない。気のせいかと思った矢先、前方に黒い玉のようなものが浮かんでいた。その玉が幾つも地面から沸き上がり、それらが一つに集まっていく。
「はあ!?」
軽く自分の背丈を越えたその形は巨大な蟷螂へと変わった。
「うぅわぁっ!」
片方の大きな鎌を振り下ろしてきた。僕は慌てて後ろに向かっては走った。足元ぎりぎりの所に鎌が刺さる。
「……っ……何だよ、この音……」
キーンという音が耳に響く。耳を塞いでも、その音は脳内で反響した。
「うっ……」
腹の底から叫びたい。
しかし、喉に蓋をしたように、声はくぐもった音にしかならなかった。再び鎌で狙ってくる物体を睨みつける。力はないし、武器もない。逃げても、すぐさま疲れて逃げられなくなる。
「だったら……」
死ぬことなんて怖くない。
両手をバッと左右に広げた。その僕に向かって振り下ろされる鎌から目を逸らしてギュッと瞑った。
「リュウヤァァァァァァ――――ッ!!!」
「え?」
ビックリして目を開いた。鎌はすぐ目の前に近づいてきている。けれど、僕の隣から影が素早い動きで蟷螂に向かっていった。その後姿は見覚えがある。
「ネオ!?」
僕に優しくしてくれた三人のうちの一人、ネオだった。
「うおおぉぉぉぉ――――!」
唸るような言葉と共に、彼は蟷螂に飛び込んでいく。
「ネオ!」
口を大きく開き、彼を呼んだ。彼は振り返ることなく、蟷螂を貫いた。
「浄化の産声!」
凛とした声が聞こえ、再び視線を後ろに向けた。杖を掲げたリラと、その隣にキラがいる。
リラの掲げた杖から、優しい音色が流れた。歌のないメロディー。鈴でも鳴っているような響きを持っている。その音色が鳴り終わるころ、先程の黒い蟷螂は消え、頭に反響していた音も消えていた。
「皆……」
あんな別れ方をしたせいもあり、喜びと罪悪感が同時に胸を締め付ける。近づいてくる三人に顔を合わせれず、思わず俯いてしまった。
「リュウヤ」
名前を呼ばれ、ピクリと手が動いた。でも、顔は俯いたままだ。
「……何で……」
小さな声が口を突いた。三人は僕の言葉を待っているのか、何も喋らない。
「何で追って来たの?」
自分が悪いのに、こんな風にしか聞き返せない自分が嫌だった。どうして謝れないのか。どうして感謝出来ないのか。そう思うのに、いつも不器用にしか接することしか出来ない。
「俺たち、友達だろ?」
「っ!」
それなのに、ネオは事も無げにそう言ってくれた。泣きそうになった顔で三人を見つめる。
「泣かないで、リュウヤ。私たちと友達なのは、嫌?」
悲しそうな顔をして問うてくるリラ。
「いい加減、素直になれ。お前は一人じゃないだろ」
励ましてくれるキラ。三人の言葉が嬉しくて、涙が溢れてきた。器に入った水が溢れるように、目に溜め切れなくなった涙が一粒ずつ流れていく。
「リュウヤ、どこか痛いの?治そうか?」
情けなく泣き崩れた僕を心配そうな表情をしてくれる。それでも。僕は声を抑えて泣いた。数年ぶりの涙は、やはり塩辛かった。