第三章
全力で街の中を走り、三人の姿が見えない所まで来ると、僕は漸く立ち止まった。いつもなら走って数分で息が上がり、立っていられないほど全身から力が抜ける。けれど、今は息を乱しただけで倒れることはなかった。
「ハァ……ハッ……」
両膝に手を置き、息を整える。ふと眉間に中指を当てた。
「?」
そこにあるはずの金属の感触がなかった。癖になってしまった眼鏡の上げ方。愛用の眼鏡がないことに今気付いた。
いつからなかった?
さっき走ったときか?
でも、それなら視界が悪くなって……そもそも起きたとき、ちゃんとあっただろうか?
ぐるぐると頭が回る。肩に乗ってたヘッドフォンは、ちゃんとある。しかし、眼鏡の存在は覚えがない。もしかしたら、空から降ってきた、というときになくしたのかもしれない。
「あ、れ?」
眼鏡の状態で、辺りを見回した。やっぱりよく見える。裸眼のときは少し前の文字すら歪んで見えなかったというのに。今では視力が戻ったように、遠くまで見えるのだ。
目の周りに手を当てるが、やはり眼鏡はない。肩のヘッドフォンを手にやり、耳にかける。スイッチを押すと、ちゃんと音楽が流れた。どんなアーティストにも興味が沸かず、結局パソコンから落としたのはゲームのBGM。ちゃんと、あのとき止めていたとこをからかかった。それにホッと息を吐き出す。そのまま局を聞きながら、僕は方角を気にせずに歩き始めた。
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龍也が去った後、三人は呆然としていた。
「俺……何か悪いことしたか?」
両耳をシュンと下げ、ネオは項垂れた。リラも困った表情をしている。
「リュウヤは……俺たちと遊びたくなかったのか?」
「ネオ……」
じわりと目が潤む。しかし涙を流す寸前で我慢した。
「泣かないで、ネオ。きっと、きっとリュウヤは素直じゃないのよ。キラだって、最初はそうだったでしょう?」
「余計なお世話だ。まぁ、目を合わせなかったってことは、少しは悲しんでいたんじゃないか?」
「え?」
下を向いていた顔を、キラに向けた。潤んでいた目に、サッと光が宿る。
「嫌だったりすれば、もっと他人には冷たい。それこそ顔を背けずにすっぱり言い切ったはずだ。だが、アイツは顔を背けて言っていた。多少未練があったと考える方が妥当じゃないか?」
「そっか……そうだよな! なら、リュウヤを追いかけようぜ! んで、今度こそ一緒に遊ぶんだ!」
いつもの元気さが戻り、三人は笑い合った。そして、龍也が走り去った方向、北東へと向かう。
「なぁ、さっき変な格好の男の子見なかった?」
「男の子? もしかして俯いて歩いていたあの子かな? 耳丸かったし」
「その子、どこに行ったか知りませんか?」
「街の外側に行こうとしてたみたいだぞ? ほら向こう側の出入り口に向かって行ったし」
店を開いている商人が指した方角は更に北東だった。三人は心配そうに顔を見合わせる。
「更に北東は……」
「あぁ」
「リュウヤ……リュウヤ!」
「待ってネオ!」
「行くぞ、リラ!」
「うん!」
走り出したネオの後を、二人は慌てて追った。三人は息を切らしながら街を北東に進んでいく。龍也の足が速いのか、街の出入り口に着いても彼には追い付けなかった。