第二十七章
谷の淵へと辿り着いた僕たちが目にしたのは、谷を飲み込もうと蠢くバグの姿だった。
「何で……」
その光景に僕たちは絶句した。しかし、そんな僕たちを余所に、バグは辺りを侵食していく。
「いったい、どうして……」
「リュウヤ、詮索は後だ。とりあえず逃げるぞ!」
僕の腕を掴むと、キラは走り出した。僕も慌てて足を動かす。
「うわっ!」
しかし、徐々に迫り来るバグに足を取られた。そのまま一瞬にして体を飲み込まれ、僕は域を詰めて目を瞑った。全身に広がる気持ち悪い感触。うっすらと目を開ければ、やはり視界は良好だ。辺りを見渡すと、リラとキラも同様に飲み込まれたらしい。しかし、リラは目を覚ましているのに、キラは眠ったように動かない。
「大丈夫。喋れるし、呼吸の出来るよ」
口元を押さえているリラに、僕は声をかけた。息が出来る事に、リラは驚いている。だけど、いつまでも驚いている場合ではない。僕はキラの腕を掴み、彼を引きずりながら歩いていく。
「まるで水の中ね」
「うん。おかげで、キラを運ぶのにあまり苦労しないけど」
キラの重さはほとんおない。水中のようなバグの体内で、僕たちは泳ぐように進んでいた。
「……ネオ!」
前方にネオの姿が見えた。彼は地面に突き立てられた木の柱に縛り付けられていた。
「っ!」
縛られた縄は、小さな体に食い込むほどきつく結ばれている。体には真新しい傷が見られ、痛々しいほどだ。
「こんな、仕打ちって……」
いくらでも笑顔を向けてくれた。いつも元気に走り回っていたのに。今では、彼から生気すら感じなかった。
『アイツらは、おれのことキライだから……』
振り向くと、リラ同様に小さなネオがいた。顔を俯かせ、いつも元気な彼からは想像出来ないほどだ。キッと顔を上げたかと思えば、憎しみに満ちた顔がそこにある。
『アイツらは……父さんと母さんを……!』
言葉が続かないのか、そこでネオは再び俯いた。耳も尻尾も垂れ下がっているが、両手だけは握り締めている。
「ネオ……」
彼の記憶が頭を過ぎる。僕はネオの記憶へと意識を集中させた。




