第二十三章
里を抜け出してからは、ネオと会い、キラと会い、そして僕と出会った。しかし、彼女は毎日怯えていたのだ。僕たちの前では楽しげに笑っていたのに、その心は一族に対する恐怖心で一杯だった。だがらこそ、捕まったときに覚悟をしていたらしい。何の抵抗もせず、この牢屋へと入れられた。
「リラ……」
いまだ泣きじゃくる少女の頭を撫でながら、その先にいる当人を見つめる。リラに反応はない。ずっと同じ姿勢のまま、眠っているように動かなかった。
「……ねぇ、リラ」
そんな彼女に、僕は話しかける。何の反応もしなくても、それでも口を閉ざさない。
「リラの魔法、僕は好きだよ。バグに襲われたとき、助けてくれたよね? リラの魔法は誰かを救えるんだ。誰かを救える魔法が、醜いはずない。魔法だって使い方次第だろ。正しいことに使うなら、どんな魔法だって悪いものなんてない。リラ、少なくとも僕は、君の魔法が好きだよ」
「『わたし、は……きらわれ……もの……こころが、みにくい』」
「違う!」
二人同時に喋る声を遮った。僕は少女のリラの肩と、牢屋の柱を掴んだ。
「リラ、違う! 君の心は綺麗だよ! 純粋すぎるくらい綺麗なんだ! だから……皆の言葉に傷ついてしまう。無垢な心だからこそ、君は苦しんでいたんだ。きっと……ううん。魔法は君を守るために変わったんだ。だって、魔法が変わっても、君は誰かを傷つけるためには使わなかった。誰かを助ける術として使っていた。そんな君の心が醜いなんて有り得ない! リラ、思い出して……僕は君たちに救われたんだ。ネオやキラや、君に」
「『……』」
ゆっくりと、リラの瞳が開いていく。泣きじゃくっていた幼い少女の声も段々と小さくなっていった。
「ありがとう、リラ。君が居てくれた良かった」
「リュウ……ヤァ……」
漸く反応を見せた彼女は、少女と同様に大粒の涙を流していく。僕は出来る限り牢屋の中へ腕を伸ばした。僕の腕へと飛び込んできたリラを抱きしめると、彼女は声を上げて泣き出してしまった。けれど、その声は悲痛の音色だけではなかった。心の中に溜まっていた感情が溢れ、涙を流した分だけ楽になっていく。そんな風に思え、僕は泣き終わるまで彼女の頭を撫でていた。
リラが泣き終える頃、気付けばバグの姿はなく、あの少女も居なくなっていた。騒動が終わりを迎え、僕たちは不法侵入ということで捕らえられてしまった。しかし、里の一大事を救った功績を認められ、どうにか話は聞いてもらえるようだ。夜半ばということもあり、急遽用意された宿に一泊することとなった。
宿屋のベッドにもぐっても、眠気は襲ってこない。今日の出来事を振り返ってばかりだ。バグの事や、その中で起きた事は分からないが、あそこに居た看守たちの記憶もあってエルフ族に伝わる言い伝えとやらは分かった。もしかしたら、リラを戻すことだって可能かもしれない。けれど、もいリラと一族の和解に成功し、彼女が残りたいと言ったら?
僕たちは止められない。だけど、和解させたくないわけじゃない。リラ自身が選んだ結果なら、それは彼女の幸せだ。余計な横槍を入れるべきではない。
「はぁ……」
何度目かのため息が口をつついた。少し間があるとはいえ、隣に眠っているキラは聡い。案の定、起こしてしまったようだ。
「眠れないみたいだな」
「やっぱり、起こした?」
「いや。俺も今日のこと、頭が一杯で寝付けないとこだ。眠ったふりをしても眠れない」
キラは体を起こして肩を竦めた。暗さのせいか、彼の目が光って見える。
「ねぇ、キラ」
「何だ?」
「もし、リラを一族と和解させれたら……もし、リラが一族と居ることを選んだら、どうする?」
「……リラが自分自身で決めたのなら、その道を認めるだけだ。誰に左右されることなく、リラ自身が選んだのなら、それはもう口出し出来ることじゃない。ここに残りたいなら残ればいいさ。それを決めるのはリラだ。俺たちは、ただアイツの進む道を応援してやればいい」
「……そうだね。ごめん、らしくないこと聞いた」
「いや」
納得したらしい僕を見て、キラはベッドへと潜った。見えていた目が暗闇に溶け込み、僕も目を閉じる。いまだに納得したくない自分を押し込め、夜が明けるのを待った。