第十七章
準備が整い、僕らは地図を片手に持った。
「まずはリラを助けに行くぞ」
家を出ると、キラはそう言った。
「人狼族に侵入するにはリラの力も必要だ。人狼族が最も苦手とする攻撃魔法が、な」
「そういえばさ、前にリラが『魔法は本来日常的に使うことしか使わない』って言ってたけど、それってどういう意味?」
「まんまの意味だよ。エルフたちの魔法は本来、生活を手助けしてくれるもの。だが、稀にリラのような攻撃できる力に変わるらしい。それはごく一部だけの可能性。しかも、言い伝えもあるらしいからな」
「言い伝え?」
足を進ませながら、僕はキラを見た。しかし、彼は肩を竦める。
「俺も知らない。たぶん、エルフ族に伝わっている話だろう」
「そっか」
僕はキラから目を離し、地図にあるエルフの里を見つめる。そこで暮らしたリラはどんなことを思っていたのだろうか。どんな家庭で育ち、どんな成長をしていったのだろうか。そして、リラが抱える過去の柵。どんな過去が、彼女を苦しめているのだろうか。
「リュウヤ、皺」
「え?」
突然キラの声が聞え、僕はハッとして顔を上げた。隣を見ると、キラが眉間に指を当てている。
「これから助けに行こうってのに、そんな顔をすんなよ」
「あ、ごめん……リラは、どんな過去を抱えていたのかな、て思ってさ。前に、キラ言ってたよな? ネオもリラも過去に黒いものを持ってるって」
「あぁ」
「それが過去の柵。なら、リラやネオは、一体どんな過去を持ってるんだろ? 下手に手を出せば、二人を傷つけてしまわないかな?」
再び考え込みそうになる僕の後頭部が小さく叩かれた。そこに手を当て、隣を見る。キラは軽く肩をすくませた。
「お前が離れて行ったとき、俺たちはお前を追った。その時、お前は傷ついたか?」
「いや、嬉しかった。でも、三人を突き放したことに後悔した」
胸に広がる苦しみに顔を顰める。けど、いくら消そうとも消えない。今でも罪悪感がないわけでっはなかった。それでも、一緒に居れることが何より嬉しくて、罪悪感以上のものが、苦しみを紛らわせてくれた。
「でも、そんな感情よりも、何よりも一緒に居ていいことが嬉しくて楽しかった」
「そう思うならいんだよ。特別な理由がなきゃいけないわけじゃないだろ。助けたい、それ以上も以下もない。助けたいから助けに行く。それだけで十分だ」
「そっか。何か、すっごい持論だな。キラもそんなこと言うんだ?」
驚いた顔をキラに向けると、彼は遠くを見つめるように目を細めた。
「あいつらの居場所は俺たち(ここ)で間違いないだろうからな。どうだ? 少しは吹っ切れたか?」
「……うん、ありがと」
胸に手を当てると、先ほどまで感じていた戸惑いがなくなっていた。例え迷惑だと思われても、突き放されたとしても、三人が追いかけてきてくれたように、僕も追いかけていく。もう過去(あの時)のような過ちを犯したくない。
「行こう。エルフの里に」
広げていた地図を丸め、袋にしまった。目指すはカバドから西にあるエルフの里。まずはアクアラインを跨いだ向こう側のカバドに渡らないといけない。
トコトコと歩いて、ようやく目前にアクアライン跨ぐ橋が見えてきた。
「ここを渡れば西カバドだ」
僕は足元にある橋を見た。見た目は頑丈な煉瓦造りのようだ。
「この橋はアクアブリッジって言って、水の架け橋って意味だ。アクアラインを跨ぐこの橋は、唯一向こうとこちら側を結ぶ大事な橋。だから、bridge(架け橋)って名前をつけたらしい」
「水の架け橋……アクアブリッジ」
足から伝わる橋の感触。柔らかいわけではなかった。むしろ、地球の石橋みたいに頑丈で硬い。ちょっとやそっとの衝撃なら耐え抜ける強度だろう。
「いつまで、立っているつもりだ? 行かないのか?」
「行くよ」
橋を踏みしめていた足を、ようやく動かす。向こう側へは、まだ遠い道のり。微かに見える西カバドを目指して、僕らは前に進んだ。