第十一章
食事を終えた僕は、自分の椅子をテーブルの下にしまった。客陣容にあった椅子を使っていたのだが、やはり自分の椅子が欲しい。ネオたちの椅子を見ていると、そんなことを思ってしまう。ネオの椅子は真っ赤に塗られた円形の椅子だった。リラの椅子は優しいグリーンの色を、キラは空のような真っ青な色だ。それらは彼ら自身のイメージカラーのようで、それぞれ愛着があるようだった。大切に使っている様子を見て、僕もそんな椅子が欲しくなったのだ。
「客人用の椅子を塗ればいいのに」
用意してもらった木の板を切っていると、リラが話しかけてきた。キラとネオは店の買出しに行ったので、今は僕とリラが留守番中だ。どうやらまた何かを作って欲しいらしく、二人とも上機嫌で出かけて行った。最初はリラも行く予定だったらしいのだが、一緒に残ってくれた。一人は寂しいだろうから、と言って。
「客人用は客人用。僕だけの椅子が欲しくなったんだ」
三人と同じ円形の椅子を目指し、型を切っていく。円形の座席部分に、脚が三本。それを組み合わせれば椅子の出来上がり。後は好きな色を塗って乾かせば完成だ。
「自分だけの椅子、か。うん、欲しいよね? そういうのって」
「だろ?それに、苦労して作れば愛着も沸く」
「色を塗るだけでも、愛着は沸くわ」
「そうかもね。でも、やりたいんだ。向こうじゃ、こんな気持にならなかった。何かを作るのは苦手だった」
「でも、今は色々作っているわ。朝食に、その椅子も」
喋りながらも手を動かしているため、形だけなら完成しそうだった。一旦作業を止めてリラを見た。彼女は椅子に座った状態で足の上に肘を乗せている。そして、興味深そうに僕の手元を見つめていた。
「そうだな。自分でも不思議だ」
目を少し見開き、自分の両手を見つめた。ずっと手に馴染んでいたのはゲームのコントローラ。ゲームするしか動かさなくなった両手で、今は慣れない料理や椅子を作っている。
両手を作業に戻し、頭の中で思考を動かす。組み立てが終わり、色を塗る作業だけとなった。僕が自分に選んだ色、それは濃い紫色だ。刷毛に色を染み込ませて椅子に塗っていく。
「綺麗ね……」
リラが呟くようにそう言った。濃い紫色は淡い紫より味が出る。斑のないよう丁寧に塗れば、三人と変わらない椅子の完成だ。
「出来た」
「うん。本当に、リュウヤは器用だね!」
「そんなことないって。後は日の当る場所に置いて乾かすだけだ」
「そだね。乾いたらリュウヤも私たちと同じ、自分専用の椅子に座れるね」
まるで自分のことのように喜んでくれるリラに、僕もニッコリと笑う。笑顔が引きつっていたあの頃が嘘のように、自然と笑顔が出てくる。
そんな団欒とした空気に相応しくないほどの足音が響いてきた。ドアが勢いよく開かれ、ネオが飛び込んでくる。そして、持っていた荷物を僕に突き出した。
「また何か作ってくれよ、リュウヤ!」
肩で息をしながら、ネオはそう言ってきた。先ほど椅子作りが終わったというのに。けれど、不思議と苛つきはせず、ただ苦笑が漏れた。突き出された荷物を受け取り、中身を確認していく。
「まだ昼には早いよ?」
「う~」
「デザートならいいんじゃないか?」
突っ込んだ言葉に唸るネオの後ろからキラが出てきた。わざわざ助け舟を出すということは、キラも何か作って欲しいのだろうか。しかし、前に見せた反応を見ないところを見ると、そういうわけでもなさそうだ。リラに目を向けても、食い意地の張ったネオのように欲しい、ということでもないみたいだった。作れば食べる、そんなところだろう。
「果物ばかりだから、確かにデザート系統なら出来そうだけど……食べるのは昼食の後だよ」
「えぇ!!」
「三時のおやつって言うだろ?」
「さんじ?」
「あ、ごめん。僕の世界では昼食後に時間を空けておやつを食べることがあるんだ。其の頃が一番消化し易いらしい」
「何だっていいよ! それより腹減った」
お腹を押さえて言う彼に目を向けると、盛大な腹の虫が鳴いた。
「ネオは食いしん坊だなぁ。果物食べる?」
「ダメだよ、リュウヤ。果物は主に調味料なんだから。そのままでは食べれないわ」
「え? そうなの?」
果物を一つ取り出してネオに渡そうとしたが、リラの台詞に手が止まる。
「果物は調理すれば美味しいけれど、生で食べると味が濃いから食べられないの。だから、普通はジャムにしたり、色々と手を施すのよ」
「そうだったんだ。なら、ジャムにしておこう。そしたら好きなときに食べれるし。バコもまだ残ってるしな」
「そうね。それでいいよね、ネオ」
「えぇ~! もっと他のがいい! なぁ、リュウヤ。アカシチみたいにさ、リュウヤの世界の料理で何か出来ないか?」
「ネオ……君ってグルメなんだね」
「ぐるめ?」
「いや、うん、まぁ気にしないで。けど、困ったなぁ」
後頭部を指で掻きながら、僕は果物を一瞥した。どれもこれも見知らぬ果物ばかり。形だけを見れば向こうと似ている物はあるけど、味がどうか分からない。それに果物を生で食べられない、というものも頭を悩ます原因だ。
「無理そうか?」
眉間に皺を寄せて悩んでいる僕に、ネオは心配そうに声をかけてきた。シュンとがっかりした様を見て、胸に苦い思いが広がった。ネオの期待には応えたい。せめて味さえ分かれば良いのだけれど。
「よし」
意をくくった言葉に、三人は息を飲む。僕は持っていた果物を副で擦り、勢いよく齧った。