第十章
鼻をヒクヒクと動かしながら、ネオたちは起きてきた。湯気に乗った匂いが三人を眠りから覚ましたようだ。健康体であるネオの目がサッと光った。
「すげー! トリッドにミスラだ!」
料理の名前を言い当て、ネオは口から涎を垂らした。
トリッドという料理は魚の刺身のことだ。けれど単なる刺身ではなく、漬物みたいな物にその身を漬けて味を染み込ませるものだった。醤油のようなあ少し辛味のある漬物で、一口味見してみると、それが脂とよく合っていた。そして、身すらというのは魚をダシにしたスープのことだ。頭と尻尾、それと骨でダシを取り、そこに茸や肉、野菜を入れて煮込む。そして出来たスープにバコと言われる感想した物を漬けながら食べるらしい。
「どうしたんだ? リュウヤ」
自分の席に座りながら、ネオは僕にそう言った。
「今までのお礼、て言えばいいのかな……少しでも恩返ししたくて」
今更照れくさくなってきた僕は明後日の方向に目を泳がせながら喋る。そんな僕を不思議そうな顔を向けれくるネオは首を傾げた。
「朝早くから用意してくれたんだぜ、ネオ」
「キラは知ってたのか?」
「あぁ。朝の市場について行った」
言葉の足りない僕をフォローするように、キラは言葉を紡いだ。その言葉を受け、ネオは僕からキラに視線を変える。
「いーなー! リュウヤ、今度は俺も連れて行ってくれよな!」
「そんな早起き出来ないだろ、ネオは」
「いーじゃんか! 行きたいんだから」
「ま、まぁまぁ。それより料理が冷めないよううちに食べよう?」
「そうだな」
「ほら、リラ。ちゃんと起きないとネオに全部食べられるぞ」
「ふぁ~い」
やはり眠たいのか、リラはウトウトしたまま席に着いた。しかし、匂いが鼻をくすぐると半目だった瞳が開かれていく。
「わぁ、すごーい! どうしたの? この料理」
「リュウヤが作ってくれたんだぜ!?」
「へえ~! 凄いね、リュウヤ」
嬉しそうな三人の顔が、堪らなく嬉しかった。でも、素直になれずに挙げていた顔を再び俯かせてしまう。
「あれ? これ何?」
しかし、リラの声に僕は顔を上げた。三人の視線の先には大きな皿がある。
「あ、それは僕の世界で刺身って言われている料理だよ。魚の身を切って生で食べるんだ。脂のノリがいいから、多分刺身にしても良いと思って」
「さしみ……これがリュウヤの世界の料理かぁ~」
「魚自体違うけどね」
ネオの感嘆した声に、小さく突っ込んだ。三人は早く食べたいらしく、キラキラと目を輝かせている。
「それじゃ、いただきます」
「「「いただきまーす!」」」
三人の声が笠名ッリ、料理にかぶり付いた。ネオ以外は箸のような物を使ってトリッドを食べていた。僕もトリッドを一口食べてみる。魚の脂と漬けていた辛味が下に広がる。辛いと感じるが、火を噴くような辛さではなく、ピリッとくる辛さだ。お次はバコを千切ってスープに絡める。スープが染み込み、それをパクリと食べた。口の中でスープの味が広がっていく。辛味はなく、先ほど食べたトリッドの味をほんのり包み込むような深い味わい。魚のダシと野菜がぶつかり、それらを抑えているような茸の味。小さく切った肉は柔らかく、トロッとしたスープが喉を通った。
「すっげーよ、リュウヤ!」
「うん。初めて作る料理なのに、ちゃんと美味しいよ」
「あぁ。トリッドもミスラも、両方ともいい味してる」
三人から誉められ、顔が熱くなっていくのを感じた。
「ありがとう、三人とも」
「お礼を言うのは私たちの方よ、リュウヤ。こんなに美味しい料理をありがあとう」
「そうだぜ、リュウヤ」
「あぁ。料理を作ったのはリュウヤだ。美味しい朝食、ありがとな」
誉められたことが嬉しいけれど照れくさい。けれど、今度は三人に笑顔を向けることが出来た。
「どういたしまして」
そう言うと、僕らは食事を再会した。刺身と言えば醤油なのだが、あいにくそんな調味がなくても、何にも浸けず食べることが出来た。何にでも合うというキラの言葉は間違っていなかった。