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第九章

 朝の市場はとても賑やかだった。取れた手の魚類や野菜、はたまた肉類の売上げに大忙しだ。客の足も半端なかった。昼日中なんて目ではない。まるで毎日が祭りのように賑わっている。

「レシピは別の区間から買ったから、次は材料だな。この通りは新鮮は魚類や肉類、野菜を扱っている区間だ」

「へぇ~。でも、魚類ってどう取るのさ? ここは大陸の中心にあるんじゃなかったっけ?」

「そうだ。ここの河は北にある人狼族が支配している山から流れている。だが、この河は底が深くてな。船が何隻入っても余裕があるんだ」

「でも、ここの河が水源だろ? 船が出入りしてもいいのか?」

「いいや。水源は人狼族の山とエルフ族の湖だけだ。ここの河は海水だから、飲み水には出来ない」

 僕は河がある方角へと目を向けた。近くで見たあの河。海ではないかと思うほど広い大河。確かにあそこなら船が何隻でも入りそうだ。けれど、まさか本当に海の河だとは思わなかった。

「そう言えばさ、あの河って名前あるの?」

「あるぜ。あの河の名は、アクアライン」

「アクア、ライン……」

「そう。この河が広いおかげで、この街の漁業は成り立っている。そうでなきゃ、こんなに新鮮な魚は手に入らない」

「なら、川沿いで釣りをすれば釣れるかも」

「どうだかな。河って言っても、かなり深い。それに利口な奴らばかりだから、そんじょそこらの餌じゃ食いつかないぜ」

「キラ、詳しいね。もしかしてやったことあるの?」

「あぁ。三人ともやって結果は惨敗。食糧確保出来なかった」

 あっさりと負けを認め、耳を下げた。会話しながあらも、僕らは店を周り、どの食材を買うか考えていた。口を動かしながらも手を動かす。たまにそれが出来ないと聞くが、こんな簡単なことが出来ないなんて分からない。

「これ、は……」

 ふと目に止まった異様な魚。どっぷりと太った丸形で、目が異常なほど大きい。どう調理して不味そうだ。

「へぇ~、珍しいのも上がったらしいな」

「え? 珍しいのか? これ……」

 キラが肩越しから感嘆の声を上げるので、僕は目を丸くした。どこからどう見ても不味そうにしか見えない。それに鯛のように赤色だが、どちらかというと紅色のようで、見るだけで気持悪くなってくる。

「うぇ……」

 堪えきれずに声が漏れた。そんな僕を見て、キラは喉の奥で笑う。

「こいつはアカシチって言って、滅多に上がらない魚だ。見た目のわりに脂が乗っていて、どの魚料理にも合う」

「へー、これが……ね」

「疑うなら食ってみろよ。おっちゃん。こいつくれよ」

「お、坊主。この魚は高ぇぜ?」

「いくら?」

 いかにも漁師といった体格の男が指を五本立ててきた。

「五イルズ」

 値段を聞いてアカシチを見るキラの目には狩猟本能が現れていた。狙った獲物は逃さない、といった風貌だ。

「高いな。これぐらいの大きさなら一イルズだろ」

「四イルズ」

「二イルズ」

「……しゃあねぇ! 三イルズにしといてやるよ!」

「サンキュ、おっちゃん」

 懐から小袋取り出し、金らしきものを三枚渡す。漁師のような男は顔をしかめながらそれを受け取った。

「ったく……坊主のわりに上手い掛け合いだな」

「ついでにこっちも買うよ。これ、三十センズでいいんだろ?」

「あぁ、毎度あり!」

 いきなり目の前で始まった掛け合いを唖然として見ていた僕は、開いた口が塞がらない思いだった。金額こそ分からなかったが、それでも持っていたお金を無駄なく値切っていた。それに店の人の反応を見ながら値切り、それでいて堂々とした態度での交渉。掛け合いに勝ち、二イルズも下げてしまった。その上で、安いおまけを買うという配慮までしている。その手馴れた行動に、年齢不相応なものを感じずにはいられなかった。僕のいた現代っ子ではまず無理な話だ。

「凄いな、キラ」

「あの二人と一緒に居れば、これぐらい普通になる。ま、俺が財布の紐役ってところだ」

「なるほど。あの二人にさっきの真似は出来ないね」

 家に残してきた二人を思い浮べて苦笑した。先ほど買った魚とアサリのような貝を入れた袋を持ち、僕らは漸く帰途へと着いた。

「それにいても……どんな料理を作ればいいんだ?」

「……そこはお前に任せる」

「任せるって……考えずに買ったのか?」

「何を作るか言わなかったろ」

「それを言う前に、掛け合いを始めたのはキラだって」

「……」

 魚とキラを見比べて言うと、彼は無言で足を速めた。そんな行動をとる彼に、やはり猫みたいだ、と思ってしまう。口の両端が吊り上るのを感じながら、本屋で買ったレシピの内容を思い返していた。頭の中でページを捲り、魚料理の分野を開く。キラが呼んでいた魚の名前を探そうとしたが、さすがに材料までは覚えていなかった。

 家に着くと、キラは電池が切れたように眠りだしてしまった。どうやら眠たいのを我慢して付いて来てくれたようだ。僕はキラを椅子に座らせ、毛布をかけた。それからレシピを捲っていく。料理なんて久しぶりだから上手く出来るとは限らない。それでも、ある程度の知識は持っている。幸い調理器具は地球での形状は近いから何とか使えそうだった。

「……これにするか」

 目に留まったページに印をつけた。買ってきた魚を存分に使える物みたいだ。早速キッチンに立つと、僕はアカシチをきり始めた。


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