第47話 刺客
凜々花の方を見た。
彼女の身体に力はなく、ただ地面に伏していた。
「――っっっ凜々花ッ!!!」
凜々花の口に手を当てた。
そこからは空気の流れを感じる。それも一定間隔の吐きと吸いになっているから、身体に異常があるわけでもなさそうだ。
「寝ているのか?」
「コン?」
ゴン太が近付き、幾度も俺の身体を癒してきた優しい光を凜々花に当てる。しかしそもそも外傷はなく、ただ眠っているだけだから、凜々花が目覚めることはなかった。
「ゴン太、凜々花の傍で回復させ続けてくれ」
「コン!」
「たぬ吉とタマは俺と一緒に警戒を頼む」
「ポン!」
「ニャン!」
凜々花が無力化された以上、素の力で索敵を行わなければならない。
人間の俺よりも、魔物であるたぬ吉とタマの方が索敵能力が高い可能性があるため、二人を頼った。
「……」
精神が擦り減る。
相手は自分のタイミングで攻撃を仕掛けられるのに対し、こちらは相手の位置を探ることができないから、攻撃を待ち続けることしかできない。相手が居なくなっていたとしても、俺たちは待つしかできない。
「――」
頭が痛い。ストレスでどうにかなってしまいそうだ。
そんな思考が頭を廻り続ける。そもそも相手の隠密性能が高く、接近に気付けるかどうかすら分からない。であれば最初から諦めたら楽なのでは?
ダメだ。生きることを捨てたら、終わりだ。こんなの屁でもない。社畜時代のデスマーチに比べたら、まだまだ楽なはずだ。
自分を鼓舞し、心が折れないように保つ。そうしなければ、今にでも心が折れてしまいそうで仕方ない。
「――っっっ!!!」
今回も受け止められた。
斜め下から振り上げられた短剣を、ギリギリのところで剣で防げた。しかし一度目は奇跡だとしても、二度目は実力なのかもしれない。
「また止めるか」
「何故襲ってくるんだ!!」
「優しくないと言っただろ」
目的は相手のリソースを会話に割かせること。
たぬ吉とタマの攻撃から意識を反らし、命中率を高めさせるためのことだ。だから端から返事をくれるとは思っていない。
「――っ!」
男は飛び退いた。
遅れて湧沸が眼前を通り過ぎる。うねる熱湯は、男の背中を追って森の中へと消えた。
「タマ、頼む」
「ニャン」
タマが三味線をかき鳴らすと、不可視の斬撃が暗き森の中へと放たれた。
木々を切断し、森に隠れた男を露わにしようとするが、幾ら木々が倒れようと、その姿は見えない。
空から注ぎ込む木漏れ日が多くなり、本来隠れる場所なんてないはずなんだが、それでも見つけられないのは、あいつが隠密系のスキルを所有しているからだろう。
「たぬ吉」
「ポン?」
たぬ吉は首を傾げている。
可愛いな。いつもであればそんな考えが頭に浮かぶだろうが、今はどう戦闘に勝利するかしかない。
「“幸福茶”を頼む」
「ポン!」
たぬ吉が何処からともなく取り出したカップに、背中に背負った急須からお茶が注がれる。
渡されたお茶を一気に飲み干す。漲る力。それでもあの男に勝ってるとは思わない。
「……“狐火”」
掌を森の方へと向ける。
前方に生まれる火の玉。それは進化前のゴン太が生み出していた程度には大きく、優しい温かみも感じられる。
「やっぱり“幸福茶”のバフは、【シンクロ】による攻撃にも乗るのか」
そのまま力を籠めていく。段々と“狐火”は大きくなっていき、俺の視界を埋め尽くす程度の大きさにはなった。
「はぁはぁ……行け」
“狐火”が俺の支配から外れた。
後は力がなくなるまで、前へと進み続ける。木々を焼き尽くし、広がっていた闇は完全に消える。
「だよな大技の後を狙ってくると思っていた――」
「疲労している以上、狙わない訳ないだろ」
横。俺の脇腹へと短剣が突き立てられた。ドクドクと血が流れ出るのを感じる。血が頭に巡らず、思考が止まりそうになるが、気力のみで身体を動かして、男の腕を掴む。
「武器を掴んだところで、お前は終わりだ」
「たぬ吉……タマ……」
男へと“湧沸”と音の斬撃が襲う。
当然、男は逃げようとしたが、掴んだ俺の手を振り払えず、心臓への“湧沸”と首への斬撃が直撃した。
「っ――!!」
掴んでいる腕から力が消えた。
戦いに勝利したことで、アドレナリンも切れる。全身に走る激痛で、意識は途切れそうになった。しかし聞こえてきた声に、無理矢理にでも覚醒させる。
「ひぃぃ、黒夜さんがやられるなんて!!」
声を上げた男。彼はこちらに背中を向けて、二階層へと繋がる階段へと走っていく。良かった。もし男が戦いを挑んできた場合、こちらの敗戦が濃厚だった。
「にげんな……きのした」
黒夜と呼ばれた男の遺言。
それは俺らにとって得する言葉だった。逃げた男は“きのした”というらしい。漢字は分からないが、適当に木下とでもしておこう。
そろそろ俺の意識も途切れそうだ……そういえば、どうして凛々花は眠ってしまったんだろう……。
黒夜さんと木下(仮)さんでした。
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