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傷ついた天使を救うには

◆◆◆レイン視点


 意識を失ってぐったりしたアイリスを抱きしめ、俺は愕然とした。

 灰色だったはずのアイリスの髪は、何故か真っ白に変わっていた。眠るように目を閉じたその顔は、よく見ると十年前の面影があった。俺が一目惚れした、あの日の男の子。


 俺があの日森で出会ったのは、アイリスだ。ずっとクラリスだと勘違いしていた。

 ずっと会いたかった。もう一度会って今度はちゃんと名前を聞こうと思っていた。

 あの子は貴族だったから、俺は子爵に養子にならないかと言われたとき迷わず頷いた。貴族社会に入ったら、あの子にまた会えると思った。ずっと探していたんだ。


 クラリスを初めて見たとき、顔立ちがあの子に似ていると思った。だから声をかけた。

「ずっと昔に森で会わなかった?」

 そう聞くと、クラリスは首を傾げて、「うん、久しぶり」と笑って答えた。俺はあの子を見つけたんだと嬉しくなったが、俺の記憶にあるあの子とクラリスはずいぶん違っていたから正直少しがっかりした。

 控えめに俺を見つめて、じっと周りの様子をうかがっていたあの子は、目がくりっとしていてリスみたいに可愛かった。自信がなさそうで、黙って俺の手をぎゅっと握る姿がいつまでも心に残っていた。

 あのときはどこか不安そうな目をしていたのに、クラリスははつらつとしていて明るい。十年も経つから、性格も変わったのかもしれない。それに俺のことなんて、もう忘れていたんだろう。俺はそう思って、十年前のことは淡い思い出としてしまっておこうと思っていた。


 それなのに、どうして気づかなかったんだろう。

 あのとき会ったのは黒い髪の男の子だったから、俺は見た目が似ている生徒ばかりを見ていて、話したことだってあったのにアイリスに気づかなかった。

 見れば見るほど、アイリスはあのときのあの子だ。

 あんなに会いたかったのに、俺はアイリスの話を聞こうとせず、傷つけた。


 後悔に押し潰されそうになりながら、アイリスを毛布で包んでクローゼットの中に隠した。アイリスの事情はわからないけど、ここにいると知られたら多分まずい。アイリスがあのときの子なら、子爵家を嵌めようとしたというクラリスの話は誤解だ。アイリスがそんなことをするはずがない。


 使用人を呼んで、不審な者達に襲われたと訴えた。ベランダを見て動転した使用人達が屋敷の安全を確認している間に、俺はアイリスを連れて抜け出した。

 屋敷の近くにある小さな教会に、アイリスを担ぎ込んだ。そこには平民時代の友人が神父として住み込んでいる。

「アイリス、死なないで。ごめんな、俺がもっと早く気づいていたら」

 このまま死んでしまったらどうしようと不安になり、半分泣きながら友人に助けを求めた。

 ユタという神父の友人は、すぐに教会の奥にある私室にアイリスを運び込んで手当してくれたが、顔を顰めて俺を見た。

「傷よりも、生気と魔力が枯渇してるよ」

「どうしたらいいんだ」

「とりあえず、君が魔力を注げ。手のひらでもいいけど、供給量が多いのは口移し」

 そう言われて、俺は躊躇わずにアイリスの唇を塞いだ。口移しで魔力を注ぎ、今にも消えてしまいそうな命を繋ぐ。

 アイリスはなんとか持ち堪えた。何度か口移しで魔力を注ぐと、少しずつ顔色はよくなったが、それだけじゃダメだとユタが言った。

「生気を回復させるにはリリンの実と聖水がいる」

 生気を補給しなければこのまま植物状態になるかもしれないと言われ、俺はその夜のうちに魔物が出るという北の森に向かった。


 魔物達との壮絶な戦いの末、森にある聖なる池の妖精を助けて聖水を手に入れることができた。ついでに池の脇にあったリリンの木を根もとから引っこ抜いて、妖精と共に教会に持ち帰って庭に埋めた。

「え?! 木ごと?! その握りしめてるの何? えっ妖精? なんで?!」

 俺の目はイっていたと後からユタに言われたが、そのとき俺はアイリスを助けることで頭がいっぱいだったから、よく考えずに木と妖精を持ち帰っていた。

「こいつがいれば聖水はジャブジャブ作れるだろう」

「ええ……そうなのかな。妖精はそれでいいのか?」

 ユタの問いに、俺の手の中で妖精が答えた。

『ワタシ、イノチスクワレタ。光ノ子モタスケル。ワタシノ主』

 俺が見つけた妖精は子供のような見た目をしていて、金色の髪がキラキラ光っている。人間の言葉は不自由なのか、カタコトで話す妖精はアイリスの元に飛んでいき、直接生気を分けてくれた。

「アイリス、ごめんな。目を覚まして。ずっと君に会いたかったんだ」

 妖精が生気を与える傍らで、俺はアイリスにキスしながら謝った。どうか目を覚ましてほしい。そう願いながらアイリスの手を握った。

「今私の主って言ったよな……?」

 俺達を眺めているユタが、小さな声で呟いていた。


 その後、アイリスは順調に回復し、剣で切られた傷も癒えた。

 しかし目は覚さないので、俺は毎日キスをして話しかけた。妖精はアイリスにずっとくっついていて、時々「オマエ、モット魔力ソソゲ」と俺に指示出ししてくる。魔物達から助けたのは俺のはずだけど、妖精はアイリスを気に入ったようだった。

 ユタには、アイリスがこうなった事情を説明した。

 ユタは気の毒そうな顔でアイリスを見つめ、俺に向かって顔をしかめた。

「君は昔から思い込みが激しい性格だったけど、どうしてアイリス君を見てわからなかったんだ? 助けようとした相手に斬られるなんて、きっとアイリス君はもうレインのことは嫌いだよ」

 ばっさりと言い放たれたので、俺は打ちひしがれる。それはそうかもしれない。きっと、アイリスはもう俺のことを信頼してくれないだろう。アイリスは俺に気づいていたのに、俺はアイリスを見つけてあげられなかった。


 これからアイリスにどう接するべきなんだろう。心から謝れば許してもらえるのか。

 俺は思い悩み、今度は自警団所属の友人を呼んだ。

 マックスという名前のそいつも、平民時代からの付き合いで、昔から剣術に長けていたから叩き上げの騎士として王都の自警団に所属している。近々ナイトの称号を得て王立騎士団に入団する予定の、言うなれば根っからの脳筋だ。脳筋は考えることが明快だ。だから助言を請うことにした。

「――へぇ、あの日の坊ちゃんがこんな天使みたいな子になってたとはなぁ。レインはなんで勘違いしたんだ? 馬鹿じゃね?」

「……俺はきっと自惚れてたんだ。貴族になって、いつかあの子を見つけて告白するなんて夢を抱いていた。あの子が家で辛い目に遭っているなんて思ってなかった」

 寝ているアイリスには、いつも眉間に寄っていた皺がない。わざと鋭くしていた目も力が抜けているので柔らかい。天使のように愛らしかった。

 刺客の死体を証拠にして俺が命を狙われたと告発すると、アイリスの両親はアイリスが首謀者だと説明した。自分達は知らないと言ってアイリスを切り捨てたので、俺はアイリスが伯爵家でないがしろにされていたことを知った。

 それなのに、俺はアイリスに酷いことを言った。後悔していると、マックスが俺の胸ぐらを掴んだ。

「言い訳すんじゃねぇ! 天使ちゃんの話も聞かず一方的に詰って追い詰めたんだろ! 反省しろや!」

 がくがくされて俺は素直に謝る。

「ごめん、俺が悪かったんだ」

「もっと大きな声で!! 天使ちゃんに聞こえるように!!」

「俺が悪かった!!!アイリス!!ごめんな!! 今度は俺が守るから目を覚ましてくれ!!」

 絶叫すると、横から妖精が「ハラカラコエダセ」と合いの手を入れてくる。

 ユタは「いま夜中なんだよな」と呟きながら、独自のネットワークで調べた伯爵家の資料をパラパラやっていた。



 数日後、アイリスはとうとう目を覚ました。

「アイリス! 大丈夫か?!」

 俺はユタから知らせを受けて教会に駆け込んだ。

 俺は卒業直前で、もう取るべき授業も残っていない。通学をやめて、人目を避けながら屋敷とユタの家を往復していた。

「レイン君……?」

 アイリスは見知らぬ家で目を覚ましたので困惑したらしい。俺が現れたら驚いてベッドの上で丸まるように座り込んだ。そして目に怯えを浮かべた。

「両親を止められなくてごめんなさい。危険な目に合わせてごめんなさい」

「アイリス、大丈夫だよ」

「こんな迷惑までかけて。すぐに出ていくから」

「そんな必要ない。回復するまでしっかり休まないと」

「でも」

「その方がいいよ。生きているとわかったら、伯爵家から狙われるから」

 ユタが妖精と一緒に部屋に入ってきて言った。

「アイリス君は今、謹慎中に抜け出してレインを襲撃したってことになってるよ。レインに返り討ちにあって逃亡したってさ」

「アイリスは俺を守ろうとしたってちゃんと証言したのに、伯爵が事実を捻じ曲げたんだ。でもアイリスはどこかに消えたって伝えたから、ここに隠れていることはバレてない」

 俺とユタが説明すると、アイリスは戸惑った顔で俯いた。

「でも、僕なんかがここにいたら……」

 俯いて震えているアイリスに歩み寄り、俺はベッドの下に膝をついてアイリスの小さな手を握った。

「アイリス、今までごめん。俺はこれまで君の話をちゃんと聞いたことがなかった。君が本当はどう思っていたのか、知らないまま責めるようなことを言ってごめんな」

 銀色の星が散ったような、アイリスの綺麗な瞳を見つめる。

「君の本当の気持ちを教えて」

 俺がそう言うと、アイリスは目を見開いた。


◇◇◇アイリス視点


「僕は……」

 レインに言われ、僕は自分の手を見下ろした。誰かに握ってもらうなんて、これが二度目だ。初めても、二度目も、僕の手を握ってくれたのはレインだった。

 本当は、友達がほしかった。

 みんなの輪に入りたかった。

「みんなと、ちゃんと仲良くしたかった。人を傷つけることは言いたくなかった。誰かと競ったり、戦ったりするのも本当は苦手なんだ……」

 両親から見放されて、自分にあったものは全てなくなった。

 失ってから、初めて自分の本心を言えた。

「アイリス……」

「クラリスが両親に優しくされるのが羨ましかった。僕も家族に愛されたかった」

 ぽろぽろ涙が出てくる。

 俯いたら、レインに抱きしめられた。びっくりして固まったけど、優しく頭を撫でられたら、しくしく泣いてしまった。

「君がそんなに苦しんでいたのに、俺は何も気づかなかった。ごめんな。もう無理しなくていい。俺が側にいるよ」

 レインが突然優しくなった。両親に見捨てられた僕を可哀想に思ったのかもしれない。

 だけど、レインに睨まれるたびに胸が痛かったから、優しくされて嬉しかった。ぎゅっと抱きしめられてドキドキした。

「争イ嫌ウ、光ノ子、当然。人間何故キヅカナイ」

 高い声が聞こえて、見ると金色の髪の妖精がぷんぷんしながら飛んできた。耳がとんがっていて、子供のような見た目をしている。

「これは、妖精……?」

「ワタシノ主、ズット待ッテタ。待チクタビレテフテ寝。ウッカリ魔物ニ森トラレタ」

 妖精が頭にこつっと拳を当ててぺろっと舌を出す。

「つまりアイリス君は、世にも珍しい光の魔法使いだっていうことだよ」

 後ろに立っていた神父の服を着た青年が話し出した。レインの友人だという彼は、ようやく僕の出番だね、と僕にウインクする。

「今のアイリス君の見た目と、レインのアミュレットを見てわかったよ。君は光の魔法使いだ。伯爵家では闇魔法を使えずに冷遇されたみたいだけど、無理もない。アイリス君は癒しと守護を司る貴重な光の子なんだよ」

「え?」

「アイリスは、子供のときに魔力特性をテストしなかったのか?」

 ぽかんとしたら、レインに聞かれたから昔の記憶を思い起こしてみた。

「えっと、僕の家は闇魔法の使い手しか生まれないから…闇の特性だけテストして、他は調べなかった」

 クラリスと一緒にテストを受けたから、両親は闇魔法の特性が強く出た弟に夢中で、闇の特性がほとんどなかった僕は放っておかれた。

 レインの友人はふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。

「伯爵家の様子を調べたけど、アイリス君に対する扱いは酷いもんだった。普通光魔法を発現するなら10歳の頃には覚醒するはずなのに、伯爵達はアイリス君の特性を押さえ込んで無理矢理闇魔法を使わせたんだろう。むしろ20歳で覚醒するなんて、それまでよく心を壊さなかったね。君はすごいよ」

「僕が、光魔法の保持者?」

「ソウヨ、百年ニヒトリ、大事ナ子」

「そうだったの……?」

「アイリスがそんな辛い目にあっていたのに、俺は…俺は…」

 突然レインが震え始め、ベッドに突っ伏して項垂れている。どうしたんだろうと思ったら、レインががばっと顔を上げた。

「いや、後悔してたって仕方ない。俺よりもアイリスの方が大変だったんだ。アイリス、これからどうしたい?伯爵に復讐したいなら手伝う」

 真剣な顔のレインに聞かれて、僕はおそるおそる口を開いた。

「僕は家に帰らなくていいの…?」

「いいよ。ずっとここにいればいい。見つからないように、別のところに行ってもいい。大丈夫、実は子爵からは卒業したら好きにしていいって言われてるんだ」

 その説明に驚いて瞬きした。

「どうして?レイン君は子爵家を継ぐんじゃ…」

「レインでいいよ。俺もアイリスって呼ぶから。あのね、子爵には子爵を溺愛するマッスルな騎士の恋人がいるんだ。最近そいつは俺にまで嫉妬の目を向けてきて、なんなら子爵に邪な思いを抱いているんじゃないかと、俺を排除しようとして虎視眈々としている」

「え?」

「そいつが俺を暗殺しようとするから、早く恋人を作るか、十年くらいどっか行っててほしいと言われてるんだ」

「レイン、君って家の中でも命狙われてるの?」

「そうだ、俺は命を狙われることに慣れている。よくあることだ。でも今はアイリスからもらったアミュレットがあるから無敵だし、大抵のことは難なくできる。アイリスと一緒にどこでも行けるよ」

「レインってすごいんだね」

 命を狙われることになれてるなんて。それにレインは剣の腕もいいし、不器用な僕と違って周りとも上手くやれる。そう思って口に出したら、レインの友人は横から「そういう感想?」と呟いていた。

「僕はもう家に帰らなくていいんだ…」

 そう思ったら安心して、また涙が出てきた。

 もう苦手だと思っていた闇魔法も使わなくていい。ほっとして肩の力が抜ける。

「でも、クラリスのことはいいの?」

 レインはクラリスを大事にしていたのに…

 少し不安になって聞くと、レインは頷いた。

「クラリスは平民出身の俺に気さくに接してくれた大事な友達だよ。最初は10年前に会った子だと勘違いしていたけど、雰囲気が全然違うから最近はやっぱり違ったのかなと思ってた。でも、友達であることに変わりはないから、そのうちしっかり話し合うよ」

「うん…」

 レインがクラリスのことを友達だと言ったので、僕は安心した。

 もし好きだと言われてしまったら、やっぱりここから去ろうと思った。どうしてかわからないけど、レインがクラリスを好きだとしたら、とても辛いような気がしたのだ。

「アイリスは、今はあいつのことは気にせず休んでほしい。アイリスが話したくなったら呼んでくるからさ」

「……ありがとう」

 優しく微笑んでくれるレインが、もう一度ベッドに戻るように促してくる。安心したら眠くなってしまい、僕はすぐに目を閉じた。

「ゆっくり休んで。ここにいるよ」

「うん」

 レインに手を握ってもらい、生まれて初めて安らかな気持ちで眠りについた。


◆おまけ


「オマエ、ワタシノ主守ル。加護与エル」

 アイリスの寝顔を眺めているレインに、妖精が言った。

「えっいいの?ありがとう」

「ワタシノ加護、金運上昇、商売繁盛、一攫千金」

「…カネの力かぁ」

「悪イ奴カラ金と運吸イ取ル。スルト人間ハ再起不能」

「えげつねぇ。ありがとう、カネの妖精。これでアイリスにいっぱい贈り物ができるよ」

「苦シュウナイ」

 レインが妖精から無敵の金運を授けられている横で、アイリスは天使の寝顔ですやすや眠った。



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