第4話 クソな文官に、三歳児の意趣返し
いや、厳密に言えば俺に声をかけた訳ではない。
俺の傍についている、見張りの如き一人のメイド。
朝晩二交代制で必ずついているメイドの片割れに言ったのだ。
その証拠に、その言葉を聞いたメイドはすぐに動き出した。
俺に何の説明もなく勝手に着替えさせられて、その男に引き渡される。
俺は初対面の男に、どこか嘲ったような顔で「きちんとついてきてくださいね」と言われ、従った。
悪目立ちしないために従順な感じを出しつつも、内心では「しかし呼び出し相手が国王とは、一体何の用なのか」と疑い、考える。
俺が王子で相手が国王なのだから、父が子を呼んだという事だ。
しかし俺の中には「父に会えるのが嬉しい」などという感情は、まるでない。
当たり前だ。
生まれてこの方一度たりとも、国王が俺に会いに来たことはないのだから。
俺が寝ている時にでも来たのでなければ、「覚えていない」という事はあり得ない。
なんせ俺は、中身は三十五のオッサンだ。
生まれた時から大人の頭脳だし、人の顔と名前を記憶する事は、平凡な営業マンだった俺の唯一の特技だった。
父親の顔というのなら猶の事、一度でも会ったら忘れない。
そんな父親との対面が、まさか呼びつけられてのものになるなんてな。
なんていうか、こう、人間の温かみを感じない。
普通、初対面くらいは会いに来たりするもんなんじゃないのか?
……いやまぁこれは、核家族的な考えか。
俺の父親は、どうやら子どもが三十五人もいるらしい。
それだけ子どもがいるのなら、初対面も三十五回に嵩む。
流石に三十五回ともなれば、対面も作業になるのかもしれない。
いや、それにしたって「情をどこに置いてきた!」と言いたくはなるが。
このまま一生相見える事はないという可能性は考えていたが、まさか自ら足を運ぶ手間を省いた上で「会いたい」と思われるとは予想外だ。
……もしかして俺、何か目を付けられるような事でもしただろうか。
いや、そんな筈はない。
俺はちゃんと《《いい子》》にしていた。
何の取り柄もなさそうな、物静かで平凡な子どもに擬態して……っていうか!
ゼェゼェと肩で息をする。
この文官、歩くのが早い。
まるでこちらに配慮する気がない。
大人の普通の歩幅では子どもなんて簡単に置き去りにしてしまう事なんて、普通は分かりそうなものなのに、この男、まるで気が使えな――男が振り返った。
俺を見た。
そしてわざとらしくため息を吐いた。
その顔に嬉しさが覗いていた。
はぁ?! この男……!
マジかよ、あり得ねぇ。
わざとだこいつ。
わざとこうして俺を疲れさせて、遅れている子どもに「こんな速度にも付いて来れないのか」とあからさまなため息を吐きながら「これだから三十五番目の王子は」とレッテルを張る。
この男、たかが子ども相手にそんな事してる!
大人げないし、意地が悪い!
見た目は真面目な文官風なのに、騙された。
こいつ、クソじゃねえか!!
……こんなクソ相手なら、ちょっとくらいやり返してもいいよな?
そんな黒い考えが浮かんだ。
なに、ほんの些細な意趣返しだ。
この年の子どもがこういう仕打ちを受けたなら本来起こり得る、ただ単にここまでは、本来は持ち得ない、前世があったからこそ持っていた忍耐力を手放すだけ。
俺が普通の五歳児ならこうなっていた、という未来を敢えて再現してやる。
つまり……こうだ!
――パタリ。
倒れてやった。
何もない場所で。
そこは《《たまたま》》、多くの文官や騎士などが出入りしている廊下だ。
俺の事をどこの誰だとか、周りがそんな事を知っているかは分からない。
が、たとえ俺が王子だと分からなくとも、流石に『王城内で子どもが一人で行き倒れている』という状況は異常だろう。
そんな状況下で子どもを助けようとしない案内役が、どう見えるか。
少なくとも悪目立ちはする筈だ。
その間、どんな人間が歩いたか分からない床に頬ずりする羽目になったのは地味に嫌だけど、これは必要な犠牲である。
ちょっとだけだし、我慢して……来たぁ!!
文官が、再びため息を吐いてやろうとして振り返った。
俺の姿が見当たらないのか少しの間辺りを見回し、やっと倒れている俺に気が付いたようで、少し慌ててやってくる。
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