第3話 能ある鷹は爪を隠してふて寝
……いやまぁ分かるよ?
こいつも俺に負けず劣らず、どうやら寂しい奴らしい。
メイドたちの噂によれば、この兄の母親は妃としてそれなりの地位にいる女ではあるらしいが、第二王子の母親ってのもあって、今は後継ぎ争いに執心しているんだとか。
この兄に、まるで興味がないらしい。
だから寂しいんだろう。
誰にも構ってもらえなくて。
でも、それにしたって八つ当たりはよくないと思うなぁ。
っていうか俺、まったく関係ないじゃんね。
こんなに綺麗な俺に非のない八つ当たりもないよ。
まぁ、騎士もだけど、こんな理不尽な状況にありながら一切兄から俺をガードもしなければ、慰めの言葉一つかけてこないメイドも、十分どうにかしてるけどね。
本当の五歳児だったら、分からなかっただろう。
が、俺には前世があるから分かる。
これは間違いなく虐待だ。
教える事を教えず、守るべきを守らず、子どもの精神状態などまるで気にした様子はない。
最低限の衣食住さえ保証すればいいという考えの下で行われる、『放任』という言葉をいいように使った、一種のネグレクト。
だから俺は早々に悟ったよ。
――ここに、俺の味方はいない。
まったく神様も、もっと他にいい転生先は幾らでもあっただろ。
希望が叶えばそれでいいっていう訳でもないだろ、普通はさぁ!
しかも、どんな世界に転生するかの事前説明も、一つもなかったし。
まぁでもそっちに関しては、メイドたちの噂話の中で透けて見えるものくらいはあった。
まず、『魔道具』なるものが存在し、それを動かすために『魔石』がある事。
それらは魔物がその身に宿すものと、人間が体内の魔力を練り出して作る物の二種類ある事。
一部の人間は魔石を作るだけでなく、所謂魔法も使える事。
しかしその才能は一部の人間に限られており、魔法が扱える人間には貴族が多く、平民の中でも特に強い魔力を持ち強大な魔法が使える者は、位の高い家のお抱え魔法使いになったり、何かしらの功を立て貴族――男爵位などの低い地位を国王から貰い、一代限りの貴族になる事もあるという事。
国は貴族たちが管理する領地の集合体からなるが、その領地群を幾つもの区域に分けて、王族たちが統括し、その上に国王がいるという組織図であるという事。
次期国王の権力争いには、この統括区の税収や発展度などが影響する事。
ザッといえば、こんな感じか。
あとはまぁ、使用人の誰誰が誰誰と恋仲だとか、不倫だとか貴族たちの中の良し悪しだとか、そういう事も聞きはするが、正直に言って割とどうでもいい。
前世の営業職という職種がここでもそのまま役割として存在したのなら使いどころのある話だったのかもしれないが、今の俺はただの五歳児だ。
誰かのご機嫌を取る事も、間を取り持つ必要もない幼い身である。
聞かなかったふりをする方が、余程賢い。
それと同じで、俺は異世界転生したのなら普通はやってみたいだろう魔法の練習や、知識チートやざまぁなども、まったくしていない。
だって変に悪目立ちするだろ?
そんな事をしたら。
うっかり魔法を使ってみちゃって何か結構な事ができちゃったり、知識チートで誰かを助けたり、この煩い兄を口プでぎゃふんと言わせたりなんてしてみろ。
下手をすれば上の兄たちに目を付けられて、政治闘争の真っただ中に召喚される。
まだ子どもで、後ろ盾もない俺が、そんな中で生きていけるとでも?
よくて使い勝手のいい道具代わり、下手をすれば揉みくちゃにされた挙句に何かしらの濡れ衣を着せられるか悪事に加担させられるかして、尻尾切り要員として処刑台行きだ。
好んで立つような場所じゃない。
能ある鷹は爪を隠す、なんていう諺があるけど、俺の場合は少し違う。
――能ある鷹かもしれないから、爪がうっかり出ちゃわないようにふて寝する。
それを、今世の俺のモットーにしよう。
そう決めたから、この最低限が保障されただけの日々に甘んじている。
……本当は、もうちょっと生活環境、整えたいけどなっ!
本当は、もうちょっと緩い服を着てダラーッとしたり、食後のコーヒーを嗜んだりしたい。
必要以上に誰にも会わずに済むようにしたいし、暇つぶしのための道具だってもっと欲しい。
たまには外にピクニックにだって行きたいし、食事だってもっとカレーとか出来立てのジューシーハンバーグとか、チーズ入りのシチューとかアイスクリームとか、色々食べたい。
この世界には――いや、もしかしたら俺の周り限定なのかもしれないが――あまりにも嗜好品が少なすぎる。
人ってのは、たまのご褒美や仕事の合間の息抜きに、自分へのご褒美が必要なのだ。
俺の周りには、そういうものが一切ない。
「ごく潰しは、今日もだんまりか! 俺の話し相手もできないなんて、本当にごく潰し以外の役割のない奴だな!!」
目の前で、国王の三十三人目の子どもが喚いた。
あぁまだ居たんだった、と思い出す。
思考の海を漂っていたら、すっかり考えの外だった。
俺としては相手にする価値もない相手だ。
だから黙っているだけなのだけど、どうやらそれでこいつの優越感は満たされるらしい。
実に生き生きとした性悪さで、俺を言い負かしたと誤認して今日も去っていく。
後ろについていたメイド諸共軽い足取りで帰って行く小さな背中を今日も適当に見送ってから、俺は再び視線を手元へと戻した。
目の前にあるその辺で拾ってきた石を適当に積み上げて、積み木代わりにして遊ぶ……ふりをする。
全然楽しくないのだが、俺が見かけは子ども、頭脳はオッサンだと知れたら面倒な事になる。
それに、精神も頭脳も大人とはいえ、体は子どもだ。
いざという時に体が頭に追いつかないのでは、不便だろう。
俺には、身を挺して守ってくれる騎士はいなさそうだ。
だからいざという時は、自分でどうにかせねばならない。
本当は体を鍛えたい。
が、五歳の子どもが誰に教わるでもなくいきなり筋トレでもし始めたら、かなり怪しい奴だろう。
だから、この積み木的な積み石だ。
重いと感じる大きさの石をゆっくりと持ち上げ、腕力を強化。
その際に、密かに足に力を入れたり力を抜いたりして、脚力も強化。
地道な事だけど、これが地味に効く。
お陰でこの前、ついに部屋に置かれていた箪笥を押して少し動かせた。
勿論こっそりとやってみて、動いた箪笥はきちんと元の位置の戻しておいたので、証拠隠滅は完璧だ。
これがこの世界において、この年齢でどれ程すごい事なのかは分からないが、俺の最大のライバルは昨日の自分自身である。
昨日できなかった事が今日できるようになれば、それは即ち俺の勝ちなのだ。
そうやって、日々少しずつ地味に自分を更新していく。
気付かれずに、しかし確実に成長を重ねて、いつかは『無事に周りに埋没し誰にも目を付けられる事ない立場でありながら、もうちょっと水準の上がった“最低限の生活には困らない放置子ライフ”』を――。
「王子、国王陛下がお呼びです」
そう俺に声をかけてきたのは、俺なんかより余程いい服を着た壮年の男だった。
もしまだブックマーク・評価(☆)を付けていない方がいらっしゃったら、ご協力お願いします!
応援よろしくお願いします!!




