第1話 俺はテコでも“外”に出ない
「ちょっとレディウス、また『お誘い』来てるけど、どうするの?」
自室のベッドにうつ伏せになって寝転んで本を読んでいた俺に、そんな声がかけられた。
見ると、部屋の入口にメイド服を着た女の子が 彼女は一見すると主に仕えるメイドらしからぬ態度で、「また寝転んで本なんて読んで」と呆れたようにため息を吐いている。
年は、たしか今年で十五歳。
俺がこの地・オーランドに来て初めて迎えた従者であり、俺が拾った貴族の娘でもある身だ。
貴族の名残である縦ロールの片鱗はポニーテールの毛足に残っているが、こうして見るとぱっと見では、まさか貴族令嬢だとは思われないだろう。
それでも所作に育ちの良さが出ているので、よくよく見ていれば分かるのだが……そんな彼女が何故俺のメイドなんてしているのか。
その理由は単純でありながら、些かややこしい理由がある。
まぁ結果的に、紆余曲折あって今は俺の身の回りの世話をしてもらっている。
年齢的には若い方だが、仕事はきちんとしてくれる。
というか、先日八歳になったばかりの俺に、年齢の事は言われたくないか。
いけない、いけない。
どうしてもつい前世の癖で、年下認定しちゃうんだよなぁ。
「ねぇちょっと聞いてる?」
「え、あぁ。それ、どうせまた社交場へのお誘いでしょ? 言っとくけど、俺が行くならリアティも同伴として連れて行くからね。三十五番目とはいえど、一応これでも王子なわけだし、手のひらを返して執拗に『娘を嫁に』って勧めてくるクズどもに対する防波堤になってもらわなきゃ」
彼女はこれで公爵令嬢だ。
家格としては充分だし、何よりも物事をスパッと言ってのける率直な気質的にも、周りからの嫌味や持ち掛けをバッサリ切ってくれる心強い味方になってくれるだろう。
期待している。
それに、だ。
「リアティも知ってるでしょ? 俺は極力引きこもっていたいの! だから『鎖国』してるのに、外野は勝手に盛り上がってさ。煩いし煩わしいったらないよ。テコでもそんなところになんて出てやるもんか。それでも引っ張り出したいいっていうんなら、その時は」
せめて道連れにしないとね。
そう言ってニヤリと笑った俺に、リアティは「それじゃあ、なしで」とスパンと切り捨てる。
「断りの返信、『手紙書き係』のルナに書かせる?」
「いいよそんなの、放っておけば。再三『こういう手紙は送ってくるな』って言っているのに送ってくるような奴に返事なんて、ルナの綺麗な字が勿体ない」
うちの子に、そんな無駄働きさせるつもりはありません。
リアティがちょうど紅茶を淹れてくれたので、ベッドからよいしょと起き上がる。
当たり前のように、ベッド横ではなくティーテーブルにセッティングされたアフタヌーンティーを飲みにトテトテと向かって椅子に座れば、俺の好みなんてとうに熟知している彼女が、何も言わずに軽食とお菓子の盛られた三段のスタンドから、ヒョイヒョイと、適量を皿に取り分けてくれた。
手始めに卵サンドに手を付けたところで、リアティがまた口を開く。
「とはいえこれ、王城からの誘いだから、きっとまた噂に拍車がかかるわね。『引きこもり王子は、テコでも出てこない』って」
「『ごく潰し王子は』の間違いじゃないの?」
「貴方がそう言われてたのなんて、三年も前の事じゃない」
「別にそのままでよかったのに、何で引きこもり王子に格上げされたのやら」
ぼやいた俺に、リアティから苦笑交じりの「格上げって、別に『引きこもり』は褒め言葉じゃないわよ」というツッコミが入った。
それなら猶の事、毎日のように各所から届く社交の誘いや縁談の手紙が来る道理はないと思うのだが、そんな俺の思いとは裏腹に、《《手紙を始めとするあらゆる接触》》は、留まる事を知らないのが現状である。
「まったくもう。三十五番目なんていう権力闘争とは縁遠い俺の事なんて、皆気にせずよろしくやってればいいのにね」
「……貴方は、自分の稀有さに対する自覚が足りないのが玉に瑕よね」
「自覚はあるよ」
なんせ俺は転生者なんだし。
とは言えないので、途中で言葉を飲み込むようにして、紅茶で喉の奥に流し込んだ。
因みに俺は、前世は日本在住の、三十五歳の平凡な中間管理職サラリーマンだった。
だから精神的にはそれなりに成熟している自覚があるし、知識だって理解力だって、普通の八歳児よりは余程ある自覚がある。
「私が言っている『自覚』っていうのは、貴方の発案や普及させたものが周りに与える社会的影響についてよ。辺境の町……とも言えない村レベルの土地を、この三年でまさかの快適で強固な要塞に作り替えちゃうなんて、どう考えても規格外でしょう」
それこそその辺の王子とは、やっている事の格が違う。
そんなふうに指摘されて、俺はツンと口を尖らせた。
「それも分かってるって。だからちゃんと『鎖国』して、オーランドの外には技術も情報も漏れないように厳戒態勢敷いてるじゃん」
「だからこそ、周りが一層躍起になって放っておかないっていう今の事態に発展してるとも言えますけどね」
「それでも嫌だよ。だって、色々諸々知られてみなよ。使い潰されるか、いいように利用されるか。たかが三十五番目の王子が持つ小さな統治区なんて、権力か武力にすり潰されて抵抗も許されないでしょ」
だから、強固に守っているのだ。
権力や武力の入る余地がないように、徹底的に。
幸いにも、それができるだけの環境が俺にはあったし、実際今のところはそれでうまく行っている。
今後もこの『鎖国』政策を、俺は崩すつもりはない。
俺は俺の楽園の中で、ずっと引きこもり生活を送るんだ!
ドカァァァァァァアアアンッ!!
「……」
「……」
少し遠くで起きた爆発に、俺たちはどちらともなく無言になった。
ただこれは、驚いた結果などではない。
「リスティ、そっちのイチゴタルトも取って」
「いいわよ」
いつもと変わらぬ日常に、わざわざ驚く必要もないだろう。
それに、どうせ。
優雅にティータイムをしていると、部屋の外からトットットットッという走る足音が聞こえてきた。
大きくなる足音、バンッと開く扉。
その先にいたのは、精悍な顔つきの騎士・セズで。
「また来たので捕まえて、『とりあえず牢』の方に入れておきました! 侵入を試みたアホは三名です!」
「どうせなら、施策の失敗の爆発報告の方がまだよかったなぁ」
今日はそっちかぁ、と思いながら、俺はソーサーにティーカップを置いた。
どれだけ「うちは『鎖国』中だから」と言っても、情報や現品を盗もうと忍び込んでくるバカな実行犯と、その裏にいる雇い主のクズな貴族。
さて今日はどの貴族や王族の差し金か。
たとえいつもの事であっても、情報が多いに越した事はない。
という事で。
「『聞き出し役』のテンとシータに、また作業をお願いしておいて」
「分かりました! 防御の方は?」
「あの分じゃあ、うちの魔法結界はビクともしないよ。魔力探知的にも問題なさそうだけど、爆発によって周りに環境被害があったみたいだから、『庭師』のアーサーに頼んでおいてくれれば」
「分かりました!」
そう言ってニカッと笑ったセズは、再び部屋を出て行った。
この短い時間で今日も元気に尻尾が見えるような犬系の人懐っこさを発揮していった彼の健やかさに、思わずまた外見年齢不相応な親心を抱きながら俺は「うんうん」と頷く。
しかしそれにしても。
この物騒な騒がしさが日常茶飯事になっている事に対しては、心から「何故」と言いたい。
転生時、俺は神に『食うに困らず権力闘争にも縁のない王族らへんにでも生まれて、自由に生きたい』と言った。
神はそれが叶えられる先に転生させてくれると言っていたというのに。
「三年前は、別の意味で『こんな筈じゃなかったのに』っていう感じだったのになぁ」
いつから、こんな外野が俺の優雅な引きこもり生活を邪魔するようになったのか。
転換点は幾つかあったような気がするが、一番最初は間違いなく、俺がこのオーランドの統治権を渡されたあの時だろう、とは思う。
お読みいただき、ありがとうございます!
本作は「領地開発に武力にと、大忙しのジェットコースターストーリー」「毎話何かが起きる更新」を目指して執筆を頑張っています。
もし少しでも「続きを読みたい」と思ってくださったら、気軽に評価(☆)を入れて行ってください。
応援よろしくお願いします!!




