影の隣人
影の隣人
夜の住宅街はしんと静まり返り、遠くの踏切の音だけが響いていた。
大学から帰る途中、僕はアパートの前で立ち止まった。二階の自室のカーテンが、確かに「今、閉じられる」瞬間を見たからだ。
けれど、部屋には僕しか住んでいない。
恐る恐る階段を上がり、鍵を差し込む。部屋の中は暗く、誰の気配もしない。心臓が早鐘を打つ中、僕は部屋の隅々まで確認した。結局、何も見つからなかった。
安心しかけたその時、窓ガラスに「僕の姿」が映った。
……いや、それは僕ではなかった。
鏡のように映る影は、笑っていた。
僕は笑っていないのに。
思わず後ずさると、影は窓の内側にまわり込み、僕をじっと見つめる。
唇が動いた。声は出ていないが、確かに読み取れた。
「おかえり」
その瞬間、照明がパッとついた。目の前の影はもういない。代わりにテーブルの上に、知らないマグカップが置かれていた。湯気の立つ、僕の好きなコーヒーの匂いがした。
僕は結局、その夜カップに口をつけてしまった。
そして今朝から、窓に映る「僕の隣」に、もう一人分の影が増えている。