三流悪役令嬢の流儀 9
ヌメ太を迎えに行くと、他の生徒たちに見つからないように、ひっそりと森へと向かう。
薄暗いこの森は、以前私が謎の生物に寄生された場所だ。
『わぁ〜ひろいねぇ〜!』
ぴょんぴょんと跳ねながら、はしゃぐヌメ太。
「ところで、遊ぶって何をするんだい?」
「確か、高い高いとか追いかけごっことか……あと、宝探しがしたいと言ってましたわね」
「ははっ、可愛いねぇ。小さな子供みたいだ」
確かに喋り方も幼い感じだし、もしかしたら子供なのかな?
「それで、追いかけごっこと宝探しはともかくとして、高い高いはどうやるんですの? 私たちでは貴方を抱えられませんわよ?」
『えっとねぇ〜こうするんだよぉ〜!』
ヌメ太は私の身体に触手を巻き付けたあと、そのまま空へと思いっきり放り投げた。
背の高い木々を抜け遥か大空へと舞う私の身体。
――わぁ。学園があんなに小さいやぁ。
「…………っ、あっぎゃあああああああ!!!!」
上空から戻ってきた私をヌメ太の触手がキャッチする。
「……ひぃ……ぜぇっ……はっ……あっ、なっ、なっ、なにすっ……」
身体はガクガク心臓はバクバクで、上手く喋ることができない。産まれたての仔鹿状態だ。
「凄いね、俺にもやってよ!」
『いいよぉ~!』
今度は私とクライス様を同時に空中へと放つ。
「いぎゃあぁぁぁぁぁ!!!!」
「あっはははは!!」
これを、このあと数回繰り返されてしまう。
「……ぅっ、うぇぇ……」
近くの木に手を付き、吐きそうになるのを何とか耐える。
「アルメリア嬢、吐いたほうが楽になるんじゃない?」
私の背中を優しく擦りながらクライス様は言うが、吐けるわけないだろう! 絶対に嫌だとハンカチで口を押さえながら必死に首を振る。
「……いえ、少し休めば問題ありません」
「強情だなぁ。俺が口の中を搔き回して、吐かせてあげようか?」
なにその提案、怖っ!!
『おねえちゃん……だいじょうぶ? ごめんねぇ……ボクうれしくて……はしゃぎすぎちゃった……』
しょんぼりするヌメ太。私は触手の一本を掴むと、小さく微笑む。
「大丈夫でしてよ。だから、そんなに落ち込まないの」
そこでクライス様が何かを思い出したように、声を上げる。
「そうだ、二人ともこっちに来て」
私が戻さないように気を使いながら、手を引っ張ってくれるクライス様。
たどり着いたのは精霊の湖と呼ばれる場所であった。美しく清らかな精霊たちの憩いの場。
「ここの水、癒しの効果があるらしいよ。――少し貰ってもいいかな?」
クライス様が近くにいた小さな妖精に声をかけると、妖精は頬を染めて何度も頷く。
すごいな、この人……妖精まで魅了しちゃうんだ……。
乾いた笑いを漏らすと、クライス様が両手で水を掬って私に差し出してくる。
こ、これを飲めということなのだろうか……?
「……あの、自分で飲めま……」
「どうぞ、アルメリア嬢。早くしないと零れてしまうよ?」
「……えぇ…」
私は笑顔の圧に負けると、邪魔になる髪の毛を耳に掛け、掌の中の水にそっと口を付ける。
水はひんやりとしていて、口当たりが良く大変美味だった。
「……っ、ん、ぷはっ!」
飲み切ると、先ほどの吐き気が嘘のようになくなっていることに驚く。
「――凄いですわね、このお水。とても楽になりましたわ」
「美味しかった?」
「ええ、お味も素晴らしかったです」
「じゃあ、俺も飲んでみようかな。アルメリア嬢、飲ませてくれる?」
「……ご自分でどうぞ」
「そう、残念」
小さく笑うと水を飲むクライス様。飲み終わると、へぇと声を漏らす。
「……ほんとうに凄いね、この水。何だか身体がスッキリしたよ」
その時、ふと視線を感じたので振り向くと先ほどクライス様に見惚れていた妖精が、こちらを見ていた。
妖精は、私と目が合うと怒りを露わにする。あー……これは、嫉妬されているのだろう……。妖精の嫉妬は厄介なので、八つ当たりされる前にこの場を離れようと提案する。
その後、ヌメ太の希望通りに追いかけごっこと宝探しをしていたら、途中でいろんな生き物たちが参加して来て不思議で有意義な時間を過ごすこととなった。
『ボクみんなとココにいる〜!』
「ここで暮らす、ということですの?」
『うん!』
「へぇ。ヌメ太はこの森に住むんだ? あんな狭い場所にいるより、いいんじゃないかな」
「ええ。ヌメ太がそうしたいのでしたら、そうなさいな」
『わ〜い! そうする〜!』
「じゃあ、私たちはもう行きますわね。みんなと仲良くなさいね。元気に過ごすのですよ」
『わかった〜またいっしょにあそびぼうね〜!』
私たちは手を振って森を去って行く。
◇
「……ふっ、ははっ……」
帰りの道中で突然クライス様が笑い出したので驚く。
「いや、なんか凄かったなって……ははっ」
「……確かに……凄かったですわね……ふふっ」
私もつられて笑ってしまう。
空き教室で触手に出会って一緒に遊ぶだなんて経験、そうそう出来ないだろう。何とも奇妙で不可思議な出来事だ。
「君と一緒に居ると、奇想天外なことばかりで本当に楽しいよ」
「私も驚いていますわ。まさか、こんなことが起こるだなんて……」
互いに笑い合っていると、クライス様の目がすっと三日月のように細くなる。
「ねぇ、アルメリア嬢」
「はい?」
「来週の校外学習、俺とペアにならない?」
「……構いませんが……いいのですか、私が相手で?」
校外学習は面倒な課題を出されることが多いので、ペアの相手は優秀な者であればあるほど良い。なので、ペアになってほしいなんてことを言われたのは生まれて初めてであった。
けれど、本当に私でいいのだろうかと困惑する。
「クライス様なら、お相手など選び放題でしょう? 私ではなく、もっと優秀な……」
「君がいいんだ、アルメリア嬢」
「……っ……」
「君がいい」
真剣な眼差しで、もう一度言われてしまい言葉に詰まる。
私と組んでも何の利点もないだろうに。それとも、また何か面白いことが起こるかもしれないと期待しているのだろうか?
まあそれでもいいかと、私は小さく息を吐く。
「そんなに言うのでしたら組んでさしあげましてよ。あとから後悔することになっても、私は知りませんからね!」
「ははっ、後悔なんてしないよ。よろしくね、アルメリア嬢」
そう言って手を差し出すクライス様。その手を取ると、そのまま引っ張られてしまう。
「遅くなったからね、急いで帰ろう」
「え、ええ!」
私たちは急いで森を抜けると、帰寮するのであった。