三流悪役令嬢の流儀 6
「……ねぇ」
――怒気を含んだクライス様の声。
「そのワンピース、俺がアルメリア嬢に送ったものなんだけど?」
口元は笑みの形を作っているが、目が全く笑っていない。
「どんな感想を持とうが個人の自由だけど、俺の前で彼女のことを貶めるのは、やめてもらえるかなぁ?」
クライス様の言葉に、二人は視線を落とす。
「く、クライス様……」
「……っ、申し訳ございません……以後、気を付けますので……」
「うん、そうして? じゃないと俺、君たちに何するか分からないよ?」
「き、肝に銘じておきます……行こう」
「ああ。……セレステ嬢、先に出ておりますので」
そう言うと二人は店から出て行く。
「アルメリアさん、クライス様。不快な思いをさせてしまって申し訳ございませんでした。あの二人には私からも強く言っておきますので……」
セレステちゃんはお辞儀をすると、二人を追いかけるように出て行ってしまった。
「支払いは済ませてあるし、俺たちも行こう。あと、その服ちゃんと君に似合っているよ」
「……ありがとうございます。その、庇ってくれたくれたことも含めて」
私はクライス様に小さく微笑むと、店を出る。すると、と小さな子供が駆け寄って来たので不思議に思い首を傾ける。
「お姉さん! さっきは助けてくれてたのに、逃げちゃってごめんなさい……ありがとうございました!」
ああ、先ほど噴水に落ちそうになっていた子供。わざわざ謝りに来てくれたのだと驚いてしまう。
「気にしていませんよ。貴方が無事で良かったです」
「……うん! わっ、お姉さんのお洋服かわいいね、すごく似合ってる!」
「そ、そうですか?」
「うん! じゃあ、またねお姉さん!」
大きく手を振りながら去って行く少年に、私も手を振り返す。
「似合ってる、かぁ……」
「だから言ったでしょ?」
クライス様の言葉に、口に出していたことに気付き慌てて手で押さえる。
「あ、そ、そうでした。ワンピースありがとうございます……すみません、買っていただいて」
「いいよ、別に。――それと、これ」
そう言って、可愛らしくラッピングされた小さな箱を渡される。
「……開けてみても?」
「もちろん」
箱を開けると、繊細な作りの美しい髪飾りが入っていた。
「今日のお礼。良かったら貰って?」
「お礼って……昼食のお支払いもしていただきましたし、ワンピースも買ってもらって、こんな美しい髪飾りまで……元々は汚れたハンカチのお詫びに、新しい物を購入させてもらうというものでしたのに……」
貰っていいのだろうかと困惑していると、クライス様が目を細めて微笑む。
「君のために買った物なんだから、受け取ってよ」
私は眉尻を下げて息を吐くと、手に持っていた髪飾りを丁寧に仕舞う。
「……ありがとうございます。大切にいたしますわね」
「うん。俺もこれ大事にするよ」
そういって、私のお渡ししたハンカチの包みを見せてくる。
「また、何かお礼をさせてくださいな」
「その時は、また一緒に出掛けてくれる?」
また一緒に……。その言葉に、今日一日を振り返ってみる。面倒なこともあったけど、結局は良い一日だったなぁ。
ランチはとびきり美味しくて場所も雰囲気も最高だったし、ハンカチを選ぶのも楽しかった。噴水に落ちたことは想定外だったけど、子供は無事だったし、こんな可愛らしいワンピースを着ることも出来た。
素敵な髪飾りまでいただいてしまって、これでつまらなかったなんて言ったら罰が当たってしまう。
私はきゅっと口角を上げると、クライス様と目を合わせる。
「ええ、今度は私がお店を選んで予約の連絡をしておきましてよ。もちろん、支払いも私です! 最高のおもてなしをいたしますので、覚悟なさいませ! おーほほほっ!」
私が高笑いをすると、クライス様は意外そうな顔をするが、すぐに笑う。
「ははっ、楽しみにしてる」
あれ? 私、自分でハードル上げてない? 大丈夫かな……。
そんな小さな不安を抱えながら、帰路に着くのであった。
◇
――月曜日、学園へ行くといつもと空気が違っていた。
なぜだか、みんな私を見てヒソヒソしている。わけが分からず困惑していたが、教室に入って自分の席まで行くと原因が分かる。
私の机にでかでかと『ブス』という文字が書かれてあったのだ。他にもいろいろと書かれていたが、ど真ん中に一番大きく書かれていたのがその言葉である。
……ブス? は? ブス?
確かに私は三流悪役令嬢だ。誰がどう見ても雑魚キャラでしかない。
――しかし。
「見た目は一流じゃろがいっ!!!!」
好みの問題は置いておいて、アルメリア・スピネルは最上級の美人だ。百人いれば百二十人が美しいと言うだろう。この美貌に対して何たる言いざまだ。このような言葉で貶められる謂れなど一切ない。
「この顔がブスって、どんな基準で生きてんのよ!?」
私はブスと書かれた文字を掌で叩きつける。
「どこの誰でして! こんな失礼なことをお書きになったのは!?」
――しーん。
クラス中が静まり返る中、隣からクスクスと笑い声が聞こえる。
振り向くとオルパさんが笑っていた。
「……オルパ、さん?」
「それ、わたしが書きましたのよ。お気に召されなかったようで残念ですわ」
「……は?」
……オルパさんが、これを書いた? なぜ? なんのために?
私が混乱しているのを気にすることなく、彼女は話しを続ける。
「正確には〝私たち〟が書きましたの」
そういうと、周りにいた数人の女子生徒がオルパさんの側に集まる。
「放課後、空けておいてくださいな。話し合いましょう? たっぷりとね」
――その言葉に、呆然としていた私は静かに口を開く。
「は? 嫌ですけど」
今度は、彼女たちが唖然とした表情になるのだった。