三流悪役令嬢の流儀 5
噴水に落ちそうになっている子供の背中を支えるために無理な体勢を取ってしまったせいで、代わりに私が噴水の中へと落ちてしまう。
ざばん、という大きな音にビックリした子供たちは呆然としたあと、一斉に逃げて行ってしまった。
その様子を見て、私は噴水の中で水浸しになりながら苦笑する。
「お礼くらい言ってくれても良いと思うんだけどなぁ〜。……いや、まあ、あの子が落ちなかったから良しとしよう……すごい惨状だけれども……」
はぁ……と小さく溜め息を吐いた次の瞬間、砂糖菓子のような甘く愛らしい声が耳に届く。
「アルメリアさん!? そ、そんなところで、いったい何を……?」
――やばい、セレステちやんたちに見つかった!
どうにか誤魔化そうと目を閉じたあと、私は水を掬って匂いを確かめる素振りを見せる。
「な、……なにって、水質調査をしておりましてよ! 子供たちが遊んでいるところをお見かけしたので、危険はないかと個人的に調べていましたの!!」
「……え、ええ……? で、ですが、まだ暖かくはありませんし、わざわざ水の中に入る必要はなかったのでは?」
くっ……! またもや、正論をくらってしまった!
「と、とにかく私は水質を調べるのに忙しいので邪魔をしないでいただけますかしら!?」
「でも、そのままだとお風邪を召されて……」
「……もう行きましょう、セレステ嬢」
「前にもお伝えしましたが、アルメリア様は非常に残念な方なので、気にされるだけ無駄かと」
「そう、アルメリア様のことなど気に掛けるだけ時間の無駄ですよ」
「は、はあ……」
相変わらず酷い言われようだが、三人の去って行く姿を見てほっと息を吐いた時――。
「ふっ……ははっ……あっはは!」
「!?」
突然の、笑い声にびくりと肩を揺らすとお腹を抱えて爆笑しているクライス様が目に入る。
「君ってば、ほんと最高っ……あははっ!」
水浸しの私が、そんなにも面白いのだろうか? 私はそっぽを向くと立ち上がり、ワンピースの裾を緩く絞って噴水の中から出て行く。
足元に落ちている先ほど購入したハンカチを拾い上げると、軽く手で埃を払う。包装は少し汚れてしまったが中身は問題ないはずだ。
噴水の中に落ちてしまう前に手から溢れ落ちてしまったのだが、濡れずに済んで良かったと息を吐いたあと、それをクライス様に押し付ける。
「こちら、お詫びのハンカチです。落としてしまいましたが、中は綺麗だと思いますのでご安心ください。――では、私は先に帰らせていただきますわ」
そう言って立ち去ろうとしたら、肩に何かが掛けられる。
「……え?」
黒いそれは、クライス様の着ていたジャケットだった。
「ちょっ、濡れてしまいます!」
急いで脱ごうとする私の手を取るクライス様。
「いいから、着てて。笑ってごめん。お詫びに新しいワンピースを買いに行こう? 俺にプレゼントさせてよ」
「……は? け、結構です!」
「どちらにしろ、そのままじゃ帰れないでしょ? こっち、来て」
そのまま引っ張られて行った先は、街で人気のお店だった。
中に入るとクライス様がお店の人と何かを話したあと、私は別室へと連れて行かれる。
そこでタオルと新しい下着を渡されたことに恐縮していると、お店の商品である新しいワンピースを何着か持って来てくれた。
「うわぁ……かわいい……」
どのワンピースも、とびきり可愛いくて思わず顔が綻んでしまう。
柔らかな素材に、ふわりとしたフェミニンなデザイン。パステルカラーの優しい色……こんな可愛いワンピースを私が着てもいいのだろうかと少し気恥ずかしくなる。
「(こんなにも甘くて可愛いワンピース、悪役令嬢の私には到底似合わないなぁ……)」
とはいえ、せっかく用意してくれたのだからと一番落ち着いたデザインのワンピースを選んで袖を通す。
お店の方にお礼を言い、自分の着ていたものとクライス様の上着を別々の袋に入れてから、別室の扉を開けて一歩踏み出した時――。
「(……あ)」
仲睦まじげなクライス様とセレステちゃんが目に入る。
彼女もこのお店に来ていたんだと、少し戸惑いながらセレステちゃんに視線を向ける。
瑠璃色のサラサラの髪に柔和で愛らしい顔立ち。砂糖菓子のような甘くて優しい声。誰もが守ってあげたくなるような可憐な美少女……クライス様と並ぶと、なんて絵になるのだろう……美男美女すぎて目に痛い。
何だかいい雰囲気だし、もう少しだけ別室に戻っておくのもいいかもしれないと扉を閉めようとしたのだが――。
「――アルメリア嬢」
私に気付いたクライス様が、ぱっと顔を輝かせながら駆け寄って来る。
私のことはいいからセレステちゃんと仲良くしていてほしい、なんてことを考えていると彼女に声を掛けられる。
「わぁ。アルメリアさん、そのワンピース凄く似合っています!」
「……え!? そ、そうでしょうか……?」
いやぁ……貴方なら最高に似合っていたでしょうけども……ていうか、さっきの奇行を見ておいて何もなかったかのように振る舞えるの凄いな……。
「うん。最初に着ていたワンピースも似合っていたけど、今着ているのも凄く似合っているよ」
セレステちゃんの言葉に同意するクライス様。彼の方を見ると、とろりと目を細めて笑っていて何だか急に恥ずかしくなってしまう。
「ま、まあ、この私にかかれば、どんなお洋服でも着こなせて当然でしてよ!」
恥ずかしさを誤魔化すようにふんぞり返えっていると、店内に元お供の二人が入ってくる。
「セレステ嬢、お買い物は終わりましたか?」
「荷物をお持ちしますよ……あれ、アルメリア様?」
「……あ、え、えっと……」
どういう対応をすればいいのか分からず、視線を彷徨わせているとアレン君が私を見て眉根を寄せる。
「……似合いませんね、その服」
「そういった服装は、セレステ嬢のような可憐で柔らかな女性にこそ相応しいかと」
「アルメリア様は、通りの向こうにあるお店の方が合っているのでは?」
「派手で奇抜な極彩色の品がたくさんありましたよ」
二人の言葉に恥ずかしくて涙目になってしまう。顔が燃えるように熱い。
知ってた、分かってた。私にこんなふわふわで甘くて柔らかな服が似合わないなんてこと、誰よりも自分が一番よく分かっていた。
「お二人共、失礼ですよ! 私はアルメリアさんに、とても良く似合っていると思います!」
「さすがは、セレステ嬢。お優しい……」
「そんなふうに、庇われなくてもいいんですよ」
「あの服も、あなたのような方に着てもらいたかったでしょうね」
「お二人共、いい加減に……」
「……ねぇ」
三人の会話に耐えていると、突然この場の空気が変わってビクリと肩が揺れる。