三流悪役令嬢の流儀 4
「アルメリア嬢、何だかご機嫌だね」
「あら、お分かりになりまして?」
放課後、帰寮途中でクライス様に声を掛けられると、彼はそのまま私の横に並ぶ。
「何かいいことでもあった?」
「そうなんです! 私、お友達ができましたの!」
お隣の席のオルパさん。今まで一度もお話をしたことがなかったのだけれど、優しくて温厚なとても気の合う方で……一緒に過ごす内に凄く仲良くなれたのだ。
「へぇ~。良かったね」
「ええ、ええ! お友達っていいですわね! 近頃は毎日が楽しくて仕方ありません」
「……ふぅん」
話しを聞いてくれていたクライス様の目が細くなる。
「けど、なんで〝今〟なんだろうね?」
「……え?」
「そのお友達って、クラスメイトなの?」
「……ええ、お隣の席の方ですが……」
「おかしくない? 二年生になって一ヶ月以上が経っているのに、今になって仲良くって……違和感があるなぁ」
クライス様の言葉に眉を顰める。
「……私のお友達に、何か思うところでもありまして?」
「どうだろうね。……アルメリア嬢は何も感じないの?」
「確かに同じクラスになって、先日初めて言葉を交わしましたが……」
オルパさんとは、これまで挨拶すらまともに交わしたことがなかった。
そもそも朝、私が教室に入ってご挨拶をしても数人の方がぽつりと返してくれるだけだったりする。
「ですが仮に何かあったとしても、私と仲良くするメリットなんて何もありませんわ」
私は三流悪役令嬢なので、家柄はそれなりではあるが成績や運動神経は平凡そのもの。どこまでも残念な存在でしかないのだ。
あれ、家柄がそれなりならメリットがあったりするのかな? でもオルパさんとうちとでは、大差ないはず……。
「メリットなんて、人それぞれだからねぇ」
「――そうかもしれませんが……。貴方は何を疑っているのですか?」
「別に何も。ただ、アルメリア嬢が心配なだけだよ」
「心配されるようなことなど、なにも……」
そもそも、なぜ私の心配なんかするのだろうか? この方にとって私はおもしろ悪役令嬢でしかないはず。私に何かが起こって困っている様子を見て喜んでいる厄介なヒロイン大好き執着キャラ……あれ? でも、主人公のセレステちゃんと一緒に居るところを見たことないかも?
「それよりも明日の土曜日だけど、ランチの予約をしておいたから、お昼前に待ち合わせでいいかな?」
「え!? は、はい……」
「うん。じゃあ、十一時くらいに女子寮の前で待ってるね」
「は、はあ……」
「また明日ね」
クライス様は、ひらりと手を振ると男子寮へと帰って行った。
私も寮の自室へと戻ると、ふと考える。
「……え、待って。今更だけど、明日って二人で出掛けるのよね? ……これって……よ、世にいうデートというものなのでは!?」
いやいやいやいや、違う違う。落ち着け、私。新しいハンカチを買いに行くだけ、それだけよ! 決してデートなどというものではない!
「……でも、ランチの予約を取ってくれているって……」
私はベッドの上に仰向けで倒れ込むと、うぐぅ……と謎のうめき声を漏らしたあと、すぐさま起き上がりクローゼットを開ける。
「……とりあえず、明日着ていく服を選ぼう……」
結局、服を選ぶのに五時間近くもかけてしまうのだった。
◇
翌日、待ち合わせの五分前に寮の門に行くと人集りができていた。
恐る恐る覗いて見ると、女子生徒に囲まれているクライス様が目に入る。黒のジャケットに同色のパンツ、白のインナー……シンプルだからこそ際立つ素材の良さ。
うわ、脚長っ! 股下五メートルあるでしょ……そんなことを考えていると、クライス様がこちらに気付いて駆け寄ってくる。
「やあ、アルメリア嬢。今日はよろしく」
そう言ったあと、私の格好を見て目を細めて笑う。
「そのワンピース似合ってるね。かわいい」
クライス様の言葉に思わず頬が赤くなるのを感じていると、周りがざわつき始める。
「クライス様の約束のお相手って、アルメリアさんでしたの?」
「見た目だけの残念美人とご評判のアルメリアさん?」
「いつもセレステさんに叩きのめされて、ダサい捨て台詞を吐いて去って行くアルメリアさん?」
「ついにお供のお二方にまで見限られてしまったアルメリアさん?」
「よりによって、なぜアルメリアさんなんかと……?」
おいおいおい……本人を目の前にして、散々な言い分だこと。さすがに恥ずかしいし、悲しくなるでしょうが……。
「じゃあ、行こうか」
そんな女子生徒たちのことなど一切気にかける様子のないクライス様は、私の手を掴むと歩き出す。
週末になると街に行くための馬車が出ているので、それに乗る。
「……誰もいませんね?」
「うん。貸切にしておいたから、俺たちしかいないよ」
「か、貸切!?」
「そう。誰にも邪魔されたくないでしょ? まあ、すぐに着いちゃうんだけど」
「はあ……」
わざわざ貸切って……そんな手間とお金を掛けなくても……。
「もしかして、わざわざ手間とお金かけて何してるんだって思ってる?」
「え!? ええ、まあ……そうですわね……」
「君だって今日の服、時間を掛けて選んでくれたんじゃないの? それと同じだよ」
さらっと言われて、思わず目を丸くする。
はあ〜これは、モテますわ……。とはいえ、なぜ彼がこちらに絡んでくるのかが分からない。面白いから? 私のことを気に入ったかもとは言ってたけれど、そんなのは一時的なものでしかないはずだ。お供の二人にすら見捨てられた私に何の価値もないことくらい自分が一番よく分かっている。
「――なんか、難しいこと考えてる?」
「え?」
「眉間に皺が寄ってるよ」
クライス様は小さく笑うと、外へと視線を向ける。
「ああ、もう着いたみたいだね」
街に着くと、最初に予約してくれていたお店へと入る。
お店の内装もお料理も何もかも素晴らしく、素敵なお店に連れてきてもらったことのお礼として、ご馳走させてもらおうとしたら、いつの間にか代金が支払われていて……。
何度も代金を渡そうとしても受け取ってもらえず、終いには「じゃあ、次はアルメリア嬢が払うってことで今回は俺に奢らせて?」なんてことを言われて、思わず引き下がってしまいましたが……次? 次もあるの?
そんな疑問を抱えながら、目的のハンカチを買うためのお店にやって来ました。
確か、あの時使っていたのは白色に青のラインの入ったものだったはず。同じような物を選ぼうとしたら、ふと青に琥珀色の刺繍の入ったハンカチが目に入る。
私がそれをじっと見つめているとクライス様が後ろから覗き込んできた。
「――それを選んでくれるの?」
私は距離の近さに驚きながらも、何度か頷く。
「色の組み合わせがクライス様みたいだと思いまして……どうでしょうか?」
「へぇ……うん、いいね。気に入ったよ」
「で、では、こちらを購入してきますわね!」
買い物が終わり店を出ようとすると、クライス様に先に外で待っていてと言われたので、そうすることにした。
すると、通路の奥の方から聞き慣れた声が聞こえて来たの振り返る。
「……えっ!?」
そこに居たのは、元お供の二人とセレステちゃんだった。
「な、なんで!? いや、そんなことより、ここに居たら三人と鉢合ってしまう!」
彼らに見つからないように反対側の表通りに出て来ると、正面の噴水の前で遊んでいた子供の一人が体勢を崩して落ちそうになっているのが見えて、咄嗟に手を伸ばす。
「――危ない!!」