三流悪役令嬢の災難 11
とくりと弾む胸を押さえて、私は静かに目を伏せる。
「……選ぶ……とか、選ばないとかの、話ではありませんわ……。それに先ほどお伝えした通り、クライス様は攻略対象キャラだったのです。そして私は、三流とはいえ悪役令嬢でした」
一呼吸置いてから、もう一度口を開く。
「……そんな私たちが、そのような関係なわけがないのです」
攻略キャラと悪役令嬢が運命の相手だなんて……。そんなことは、ありえないのだと唇をきゅっと結ぶ。
「――なんで、勝手にそんなこと決めるの?」
私の顎を持ち上げていた手を、今度は頬へと添わせるクライス様。
「ゲームの世界って、君の前世での話なんでしょう?」
「……それは……そうかもしれませんが……」
「君の言っていたゲームの世界では、こんな風に君に触れることは出来ないんだよね?」
その言葉に小さく頷くと、クライス様が私の手を掴み、彼の胸へと導かれる。
――掌から伝わる、クライス様の心臓の音。
「……動いてるでしょ。生きてるんだよ、俺たち」
クライス様が、穏やかに微笑む。
「君の言っていたゲームの中の俺は、無機質で触れ合うことも出来ないような存在だったんでしょ? でも、今の俺たちは互いに触れ合うことができる。君に届ける言葉も、君に送る視線も、全て俺自身の思いであり、考えだ」
真っ直ぐに私の目を見ながら、言葉を伝えてくれるクライス様。
「例えそのゲームの世界だったとしても、俺は自分の意思で動いているし、君を好きなった」
「……っ……」
あまりにもストレートに好きだと言われて、頬が熱くなる。
「そして、これからも君を好きでいたいし、愛していきたいと思ってる」
重ねられた手から、彼の温かさを感じる。
頬を撫でる風も、落ち着かない心臓の音も、生きているからこそ感じられるものだ。
生きてるからこそ……悩んで、落ち込んで、振り回されて、恥もかく……。
私は、この世界で生きている……頭では分かっていても、前世でプレイした記憶のせいで何処か置いてきぼりなっていた感覚だ。
「――アルメリア」
名前を呼ばれて、視線を合わせる。
「俺を、君の運命の相手にしてよ」
「…………っ」
答えられずにいると、クライス様が僅かに眉尻を下げて首を傾ける。
「いや?」
「……い、いや……とか、ではなく……」
「俺のことが嫌い?」
「嫌いなわけ……!」
「じゃあ、好き?」
「……っ」
好きだなんて、言えるわけ……。
「聞かせてよ、君の気持ち。君の想い、君の考え……全部、受け止めるから」
そう言って美しく笑うクライス様に、胸が締め付けられそうになる。
――今日が終わるまで、あと何時間ほど残っているのだろうか。
じゃあ、もういいのかな。どうせ死んじゃうのなら、口にしても許されるよね。
悪役令嬢が、攻略キャラを好きになって。しかも、それが両想いだったなんて……。
死ぬ間際で、こんな夢みたいなことが起こるなんて、最後のご褒美……? 奇跡かな? に感謝して、潔くアルメリア・スピネルとしての生涯を終えようじゃないの。
何だかんだ、楽しかったと思う。うん……悪くない人生だった。
「――クライス様」
すっと深呼吸をしたあと、私は満面の笑みを浮かべて口を開く。
「私も、あなたが大好きですわ!」
言葉にした次の瞬間、クライスの美しい瞳が大きく見開いた。
彼の形の良い唇が笑みの形を作ると、顎を掬い上げられる。
「……くらっ……」
整った顔が眼前に迫ると、そのまま口付けられる。
優しく触れる唇の、想像以上の柔らかさに驚く。僅かに混乱したあと、私はゆっくりと目を閉じて静かに受け入れた。
ちゅっと音を立てて唇が離れると、クライス様の端正な顔がほんのりと赤く染まっていた。
瞳をとろりと細めるクライス様が、穏やかに微笑む。
「――ありがとう。俺も君が好きだよ、アルメリア。どんなことより、どんなものより……君が一番、愛おしい」
その瞬間、真っ暗な夜の世界が色付いて見えた。
――ああ、幸せだな。
好きな人に好きって言ってもらえて。
最後の最後に、こんな良い思い出をもらえるなんて。なんて幸福なのだろうと、クライス様の胸に頭を預けると、ぎゅっと抱きしめてくれる。
どうにもならなかったけど、こんな穏やかな気持ちで最後を迎えられるなんて夢のようだ……思い残すことなんて、もう何もないと浸っていたとき――。
パチパチと光が飛んでいることに気付く。
……なんだろう、これ?
――クライス様? いや……確かに彼はいつも発光しているけれど、こんなふうにパチパチと光ってはいない。
「アルメリア。それ……」
驚いているクライス様の視線を追うと、左手の薬指に嵌っている呪いの指輪へと辿り着く。
「……な、に?」
指輪が光ってる? ――なんで?
「ど、どういう……」
ことなのかと言いかけたとき――。指輪が大きく光り輝くと、パキンと音を立ててひびが入る。
「ちょっ……!?」
「アルメリア!」
私の左手を取るクライス様。
だが、指輪は止まることなくピキパキと音を立てて割れて行く。
――パキィン。
最後に一際大きな音がしたあと、指輪が粉々に砕けて地面に落ちてゆく。
『――痛ぇっ!!』
粉々になった指輪から抜け出てきたのは、サルファーくんと見知らぬ大きな影だった――。




