三流悪役令嬢の災難 10
ぐらりと視界が揺れる。
――好き? 好きって言った? クライス様が私のことを……?
え、待って。そんなことある?
聞き間違いかもしれないと、クライス様と視線を合わせると、とろけるような笑みを向けてきた。
――あ……ほんとなんだ。
この方、ほんとうに私のことが好きなんだ。
……こ、これって、りょっ、両想いって……こと!?
こんな、あと数時間で死ぬかもってときに好きな人と思いが通じあうの!?
――なによ、それ……。さすがに酷すぎない? こんなのってある? 私が何をしたっていうのよ……悪役令嬢だっただけじゃない。しかも三流のザコ悪役令嬢だよ? そんな私に、こんな仕打ちってある?
――いや。
今は、そんなこと考えている場合じゃないと息を吐く。
私は絡められていた指を解くと、クライス様を真っ直ぐに見つめる。
「……ありがとう……ございます」
例え両想いだったとしても、この方は私の運命の相手ではないんだ。しっかりしろと自分に言い聞かす。
「……お気持ちは嬉しいですが、あなたが死ぬことを受け入れるわけにはいきません。死ぬのは私一人だけで十分です。あなたは、生きてください……それに……クライス様には、もっと相応しい相手がいらっしゃいます」
こんな悪役令嬢ではなく、と自嘲するように笑った次の瞬間。
――ぞくり。
肌が粟立ち、肩がびくりと揺れる。顔を上げるとクライス様が目を細めて笑っていた。
いや、口元は笑みの形を作っているけれど、目の奥が一切笑っていない。
「……へぇ。君が、それを言うの? 君のことが好きだと言った相手に対して、よくそんなことが言えるね? ……ねぇ、相応しいってなに? 教えてよ、アルメリア」
あ、まずい……。
余計なことを言ってしまったと、口を押さえる。
「俺に相応しいって、どんな奴?」
戸惑う私をフェンスまで追い込むクライス様。
クライス様の怒気に気圧されながらも、私は何とか口を開く。
「……っ……せ、セレステさん……とか?」
彼女の名前に、クライス様が眉を顰める。
「セレステ嬢? 君は、妙に彼女を引き合いに出すね。何か理由でもあるの……?」
「そ、それは……」
セレステちゃんが主人公で、あなたは攻略キャラでしたなんて言えるわけがない……。
「そもそも、何で君は事あるごとに彼女に絡んでいたの? 今では避けているようだし。何か理由があるんじゃないの?」
「……そ、それに関しては、複雑な事情があったといいますか……」
「事情? 事情があって、彼女によく分からない対決を挑んでいたわけ?」
「あ、あはは……」
セレステちゃんのパラメーターを上げるため……なんて言ったら頭がおかしいって思われるだろうなぁ……。
「ねぇ。ちゃんと話してよ、アルメリア。俺は君のことが知りたい。君の全てを受け入れたい。――君のことが好きなんだ。何もかもが愛しくて仕方がない」
クライス様が私の髪の一房を手に取ると、口付けをする。
――ドッ。
思いっきり心臓が跳ねた。
やばい、危うく死ぬとこだった。まだタイムリットまで数時間ほど残っているのに、と胸を押さえる。
「ち、近いですわ……」
「うん。そうだね、近いね」
にんまりと笑うクライス様。
いやいやいや、離れてって意味なんですけど!?
「教えてよ、アルメリアのこと。俺にも分けてよ……君の抱えてるもの」
解かれた指がまた絡め取られ、両手を顔の側まで持ち上げるとフェンスに押し付けられる。完全に逃げられない体勢だ。
「……クライス、さま……」
「教えてくれないなら、このまま君に何をするか分からないよ?」
「……っ……」
あと数センチで互いの唇が触れる近さで、こんなことを言われてしまっては、もう無理だ。
絶対に、おかしくなったって思われるだろうけど、どうでもいい。
耐えかねた私は、口を開いた。
「じっ、実は私、前世の記憶があるんです!!」
――しん……。
まあ、こんな空気になるよね……。
私も突然、親しくしていた相手からこんなこと言われたら何て返していいか分かんないもんなぁ……。そんなことを考えながら、恐る恐るクライス様の様子を窺うと彼の目が輝いていて驚く。
「――何それ。君、どこまで面白いの?」
「……え?」
ひ、引いてないの? 普通引くよね、こんなこと言われたら……。
「詳しく聞かせてよ」
「く、詳しく……」
戸惑いながらも、私は前世の話をした。正確には前世でプレイした、この世界の話をした。
ゲームでの主人公はセレステちゃんであること、クライス様が攻略キャラであったこと、私は三流悪役令嬢であったこと……謎の対決はパラメーターを上げるためだったことなど。
そして、何故かゲーム内でのイベントがセレステちゃんではなく、私に降りかかっていること。
しかも、それが改悪されていて本来のものとは真逆の仕様となっていることを伝えた。
私が口を開く度にクライス様は、感心したり驚いたり笑ったりと忙しそうにしている。
「――アルメリアが寄生生物に襲われたのも、ヌメ太との出会いも、今回のその呪いの指輪も、本当はセレステ嬢に起こるイベントだったってこと……?」
「……はい」
「……ふぅん」
顎に指を当てて、何かを考えている様子のクライス様。
「――そのゲームの中だと、指輪のイベントはどんな感じだったの?」
クライス様の問いかけに、私は左手の薬指に嵌っている指輪に触れながら答える。
「ゲームの中では呪いの指輪ではなく〝運命の指輪〟と呼ばれていました。指輪の中に精霊が閉じ込められていて、助けてくれた主人公を運命の相手へと導いてくれるというイベントでしたわ」
「なるほど。――それで、君の呪いを解く条件は、それとは真逆のものなの?」
その言葉に、ぱっと顔を上げる。
「い、いえ。呪いや条件を満たさないと死んでしまうというのが大きく違うだけで、運命の相手へと導いてくれるというのは非常に近いです!」
「――てことは、運命の相手を見付けるっていうのが条件……とか?」
クライス様の発言に、私は何度も頷く。
「……そういうことか」
はっと息を吐くクライス様が、私の輪郭を指でなぞると緩く顎を持ち上げる。
「ねぇ、アルメリア。君は運命の相手に俺を選んではくれないの?」




