三流悪役令嬢の災難 9
クライス様の言葉に、私は静かに目を伏せる。
「何故、あなたが謝るのですか?」
「……君を助けたかったから」
自嘲するような笑みを浮かべる、クライス様。
「君に何とかするから安心して……なんて言っておきながら、このざまだ……」
痛々しい彼の表情に、こちらの方が苦しくなってしまう。
「何とかしたかった……必死に何とかしようとした……足掻いて足掻いて足掻きまくった……でも、どうにも出来なかった……」
「……クライス様」
会えなかった二日間、彼はずっとどうにかしようと動いてくれていたんだと胸が痛くなる。
「……ありがとうございます、クライス様。私のために……そのお気持ちだけで十分……」
「だから、これ」
クライス様が言葉の途中で、ジャケットの内ポケットから繊細な作りの美しい小瓶を取り出す。
「……それは?」
「毒だよ」
「へぇ、毒……ど、毒!? なっ、なぜ、そんな物を!?」
「俺も死のうと思って」
「…………は?」
なに言ってるの、この人? し、死ぬ? 何のために!?
「な、なにをバカなことを言って……!?」
「俺は本気だけど?」
「ふざけないでください!!」
小瓶を奪おうとして手を伸ばすが、するりと躱される。前のめりになったせいで、バランスを崩して転びそうになったところを、クライス様に支えられてしまう。
「――前にも言ったけど、君が死ぬなら俺も死ぬよ。君のいない世界は、俺には必要ないんだ」
クライス様の言葉に、彼を睨み付ける。
「バカなことを言わないでください!! あなたには、未来があるんです! 生きられるんです!! 私と違って、この世界に必要とされている……そんな人が、簡単に死ぬなんて言わないで!!」
私は小さく息を吐いてから、声を振り絞る。
「……お願いだから、あなたは生きてください。私が死ぬからといって、何故あなたまで……? 意味が分からない……」
二人の間に沈黙が流れるが、クライス様がそれを破った。
「――何度も言ってるよ。君のいない世界なんて俺には必要ないって」
「……だから、なぜ……」
顔を上げるとクライス様が笑っていた。
月明かりが照らす彼の美しさに、ぞくりと肌が粟立つ。
「――校外学習のときに、溺れている君を見て思ったんだ……君となら死んでもいいって。君のいない世界にいても、仕方がないって」
「……クライス、様……」
「……どうでもいいんだ。君以外、全部どうでもいい。君がいれば生きる理由になるし、いなければ生きていても仕方がない。ただ、それだけだよ」
クライス様の言い分に、唖然とする。
「言っていることが、めちゃくちゃです……」
「うん。めちゃくちゃだね」
そう言って彼が笑う。
「君に、めちゃくちゃにされてる」
クライス様が私の手を取り、互いの指が絡み合う。
「――君と会って一緒に過ごしていくうちに、俺の全てが、君でいっぱいになったんだ……アルメリア。君の何もかもが、俺をおかしくさせる」
目を三日月に細めて笑うクライス様。
「あははっ、こんな気持ち初めてなんだ。君のことを考えるだけで、狂いそうになる。嬉しくて凪いてて、穏やかで面白くて。苦しくて痛くて……思い通りに行かなくて。愛しくて大切で、ずっと側にいたくて。俺の知らなかった感情を、君は与えてくれる」
夜風が強く吹き、髪の毛が舞い踊る。
クライス様の艶めく琥珀色の髪が風に流れ、どくりと胸が跳ねた。
「(……なに、それ。それでは、まるで……)」
「アルメリア」
絡んだ指に僅かに力が込められる。
私の目を真っ直ぐに射抜くクライス様の形の良い唇が開く。
「君が好きだよ」
彼の言葉に、ひゅっと喉が鳴る。
「だから君と死ぬことにした」




